第37話 人が不幸にした力

 ごきげんよう、大地の感謝を忘れた傲慢で怠惰な諸君。

 私が誰かって? それは今ど~でもいい。

 現はもう大変よ。

 魔女一つでバカみたいなバカ大騒ぎ。

 魔女なんて昔は当たり前に沢山いたのに、一人出たぐらいで大げさすぎ。

 魔女のせい、魔女が悪い、魔女は魔女だ。はいはい、おつかれ~。

 魔女が出る度に、毎回殺しに走るパターンにはもううんざり。

 災害起こすから殺す? 戦争おっぱじめるから殺す?

 本当に起こしているのは誰なんだか、うける~。

 け・れ・ど・も~今回はちょっと違うわね。

 逃げてる。逃げてる。なんだかんだで男女揃って生き残ってる。

 でも残念~行き止まりのデッドエンド~!

 どうせ死ぬ未来しかないけど、面白いから塩ぐらい贈ってやるわ。


「あ、あれ……また生きてる?」

 けたたましい銃声が鼓膜を貫き、身体が貫かれた。

 そのはずが、太一は無傷であった。

 未那もまた無傷であった。

 外したとの疑念は周辺に散らばる空薬莢と硝煙の臭いが晴らしている。

 なにより眼前に落ちるひしゃげた金属が銃弾であると物語っていた。

 ちぃ、との舌打ちがOSGからするなりハンマーで殴りかかってきた。

 狙いもなにもない力任せの乱打。

 人間を殺すのに過剰すぎるハンマーの乱打は、眼前で瞬く青白い光のカーテンにより弾かれ続ける。

「こ、これは……」

 太一はただ息を呑む。

 青白いカーテンにより太一と未那はその身を潰されることはなかった。

『魔女の、魔女の防おおおおおおおお壁かああああああああああっ!』

 OSGから怒声が爆発すれば銃口を向けてはフルオートで放ってきた。

 けたたましい銃声に晒され聴覚が麻痺する。

 吐き出され続ける銃弾が青白い壁に弾かれ四方八方に飛び散り、重機に銃創を刻む。

 一発たりとも太一と未那に当たることはなかった。

「未那、がしているのか?」

 漠然と言葉を発する太一だが、そうとしか状況的に考えられない。

 肝心な未那の呼吸は荒く、額には玉の汗が浮かんでいる。

「あんなのに勝てるか!」

 未那を抱き抱えて逃げる。

 生きるために逃げ続ける。

 OSGを操る先輩は明確な殺意をもって未那を殺さんとしている。

 理由は魔女だからだ。

 魔女は殺すべきなのだ。

 殺さねば殺されるからだ。

 ふざけるなと太一は奥歯を噛みしめた。

『逃がすと思ったの!』

 OSGが跳躍し太一の頭上を軽々と飛び越えて着地する。

 着地の際に生じた振動が太一の歩行を危うくさせ、次いで命さえ危うくする。

「があ!」

 身を翻すようにして放たれた銃弾が青白き防壁を砕き、その衝撃が太一と未那の身体を枝葉のように吹き飛ばした。

 銃弾は直撃することなくかすめようと寿命が伸びただけで助かったわけではなかった。

「た、太一……」

 未那は太一より少し離れた位置に倒れていた。

 吹き飛ばされた際、身体を打ち付けたことで全身に痛みが暴れ回っている。

 男なら堪えろと太一は己を叱咤する。

 誰よりも痛いのは誰か。

 未那だ。

 太一は伸ばされた手を掴もうとするも横から放たれた銃弾に引き離された。

「未那!」

 青白い壁が銃弾を防ごうと衝撃までは殺せず、少女の華奢な身体が宙を舞う。

 ただ太一は見ているだけだ。

 未那が、幼なじみが、家族が地に落ちる瞬間を、無様に見ているだけであった。

『死ねええええええええええええええええええ!』

 意識を失い倒れ込んだ未那に銃口が突きつけられる。

 映画の小道具とは訳が違う。

 あの銃は口径も、炸薬の量も人の命を過剰のまま容易く奪う力がある。

「やめろおおおおおおおおお!」

 銃弾が放たれる寸前、太一は鎖を引きちぎるように飛び起きれば、渾身の体当たりを銃火器に敢行していた。

 目の前で銃声と閃光が瞬き、発砲の衝撃が太一の身体を弾き飛ばす。

 立て続けに銃弾を放っていた銃身は銃弾との摩擦で熱を帯びている。

 太一は銃声と熱に身体を蝕まれながら地に倒れ伏し、銃弾は狙いを逸れて地面にめり込んでいた。

『邪魔をするな、魔女の男が!』

 OSGから優衣の怒声がする。

 かすむ意識を奮い立たせる太一は自分の身がかろうじて無事であることを知る。

 体当たりの切っ先となった右肩が無性に熱い。

 全身の骨が悲鳴を上げる。

 熱い程度で、痛い程度で、と起き上がる太一はOSGの前に立ち塞がった。

「殺させて……たまるかよ!」

 一寸も引かぬ気概をもってして武器持たぬ少年は少女を守らんとする。

『あはははは、くひひひひ、あげゃげゃげゃげゃ!』

 OSGの外部スピーカーから想像できぬ優衣の笑い声が響く。

 滑稽だと、愚かだと、間抜けだと笑っている。

『殺せない? 殺さない? くひひひひ、ひひひひひ、ひゃははははは、い、妹と弟と惨たらしく焼き殺しておいて、自分が殺される番になったら、ダメだなんて、あげゃげゃげゃげゃ!』

「い、妹、弟……っ!」

 親しい間柄だとしても、家族関係を深く聞くことはなかった。

 灯京に住む者の多くが一〇年前の被災者だ。

 自身も被災者であり辛い当時を思い出すからこそ不干渉だった。

『魔女は奪うことしか知らないから、奪われる苦しみが理解できないのよ!』

 優衣の声が震えている。

『熱かったでしょう? 痛かったでしょう? でも、もう安心して眠っていいのよ。今からお姉ちゃんが悪い~魔女とその男を叩き潰して、叩き潰して、あげゃげゃげゃげゃ!』

 既に優衣の心は壊れているように思えた。

 優しく面倒見の良い先輩はもういない。

 目の前にいるのは魔女を敵として殺さんとする復讐鬼だ。

『バカな男よね……魔女はいるだけで世界を壊すの。あらゆるものを破壊するの。一〇年前、この灯京を火の海に変えたのが誰だったのかしらね~』

「知っている――けれども、未那はまだなにもしていない! まだ誰も傷つけていなければ誰も殺していない! ただいるだけで殺そうとするなんてそれがあなたの正義か!」

 銃口を突きつけられようと太一は一歩も引かなかった。

 目を逸らさなかった。

 今背を向ければ太一共々未那は殺される。

 ただ魔女とその男である理由で殺されるのだ。

『魔女を討ち、人々の平和と安寧を守るのが<M.M.>の責務よ! 私の復讐もできて、みんなの平和も守れる。最高じゃないの!』

「なにが、責務だ……」

 責任、使命、仕事、任務――それは善と先導して人を操るだけの都合の良い言葉だ。


 人間は正義と神の後ろ盾さえあれば非人道的な行為でさえ善とする。


 人を人と思うことなく人を殺せる。


 人ではないから罪の意識を持つ必要はない。


 殺すのが魔女であるならなおさらだ。

『うるさいわよ!』

「た、太一!」

 神話に登場する人喰い巨人のようにOSGは太一の身体を片手で掴みあげた。

 意識を取り戻した未那の無事を確認しようと、今度は太一が無事では済まされない状況に陥っている。

『そのまま真っ二つに圧し折ってあげる! 後悔と悔恨に沈みながら、自分たちが奪った命に詫びろ!』

「ぐう!」

 万力にでも締め付けられた痛みが胴体をきしませる。

 OSGの握力は最大で一〇〇トンを越える。

 救助用にて油圧カッター、油圧スプレッダーなる救助資機材がある。

 前者は交通事故時に要救助者を救出する際、邪魔となる部位を切断するために。

 後者は壊れたドア等を解放し重量物を持ち上げる際に使用する。

 OSGにはカッターとスプレッダーの性能が腕に集約されている。

 迅速に災害や事故現場で救助活動を行うために持たされた機能だがそれはあくまでも救助用。

 軍事用であるOSGは太一の知るスペック値を明らかに越えている。

 恐らく戦車砲並の銃火機を携行及び使用するため内部構造に強化が施されているのだろう。

「ぐあああああああああああ!」

 OSGの握力がさらに強まり太一は絶叫する。

 このままむざむざと握り潰されるだけなのか。

「やめてええええええええええ!」

 未那の叫びに呼応するようにOSGの足下より炎が噴出した。

 活火山の噴火のように噴き出す火柱は、太一ごとOSGを容赦なく包み込み、焼き尽くす。

 火の気のない場所に火など魔法としか考えられなかった。

「熱い、熱い、熱い!」

 OSGの装甲より伝わる熱に晒された太一は口と足しか動かせない。

「た、たい、ち……」

 助けるため咄嗟に放ったようだが力加減が効かなかった。

 消耗した状態で放った未那は糸が切れるように倒れ伏してしまった。

『そうよ、これよ、この炎よ! この炎が妹と弟を奪ったのよ!』

「あんたが攻撃するからだろうが! 混同するな!」

 OSGの腕より伝わる熱に苦悶しながら太一は果敢に言い返す。

 誰だって身を守るならば攻撃する。

 非暴力不服従が行えるのは並々ならぬ忍耐と慣用さを持つ者だけだ。

 誰も彼もが傷つけ、奪い合うことを否定しながらも我が身が危うければ力を使わねば殺される。

 反撃すれば危険だと駆除するのは人間を害獣扱いしている証明ではないか。

(ど、どうする!)


「さ~て、どうするのかしらね?」

 前触れもなく世界は灰色に染まる。

 時が凍結したような光景が広がり、赤い衣の少女がOSGの腕に腰を下ろしていた。

「お、お前は!」

 胴体を締め付ける痛みが消える。

 代わりに警戒と嫌悪が現れる。

「大の大大ピンチのようね」

 人を小馬鹿にするような笑みを浮かべながら、握った両手を太一に差し出した。

「状況を覆す力、欲しくない?」

 瞬間、太一は把握する。

 ああ、これは悪魔の囁きだ。代価を伴った契約の誘いだ。

「右手にあるのはあらゆる投射武器を必中の一撃必殺とする魔女の力。左手にあるのは右手で触れたものを無機有機問わず壊死させる魔女の力。どっちがいい?」

 予測通り力への誘いだった。

「あ、でも右を選べば代償として間近の戦闘はダメダメ。刃先一つかすりもしない。左を選べば毒のせいで誰とも手を繋げないし治癒さえできない。さあ、どっちにする? というか、とっとと選べ」

 代償を伝えて任意で選ばせる辺り、良心的のようだ。

「今のあなたじゃ、お人形さんに勝てないわよ。しかも、その中身が大好きな先輩ときた。散々追われて、撃たれてと、今では真っ二つになりかける。大変よね。心中察したくないわ~」

 一字一句が太一の神経を逆なでする。

 選ぶのも断るのも容易い。

 リスクがあろうと、現状を覆せるならば、誰であろうと求めてしまうのは人の性だ。

「なんで、僕にそんなことを!」

「状況的に不利な方を応援したいだけよ。だって、一方的は退屈だもの。無様に泥水すすってでも抗う姿が面白いのに、開始早々、肉塊になったらつまらないでしょ?」

 太一のためではない。

 ただ赤い衣の少女が楽しむだけだけに応援する。

 力の代価に困ろうが、溺れようが今後のことなど知ったことではない。

 相手が現状を打開するためにリスク承知で得ようと、後のことなど自己責任の口調だ。

「そんな、そんな人を不幸にする魔女の力なんていらない!」

 心の奥底で優衣と決別できぬ自分がいる。

 未那と優衣、両方失いたくないと願う自分がいる。

 微々たる欠片でも優しい心が優衣に残っていると信じてしまう自分がいる。

 それは信頼でも優しさでもない。

 甘えだと痛烈に批判する自分がいた。

「人を不幸にする力?」

 赤い衣の少女は腹を抱えて嗤いだす。

 無知で滑稽だと哀れな目を向けてくる。

「魔女は人を不幸にする力じゃないわ」

 無知蒙昧な結果がこの世界だ。

 大地への感謝を忘れた世界の姿だ。

 赤い衣の少女は太一の顔に肉薄しながら告げる。


「人が不幸にした力よ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る