第38話 爆発-カクセイ

 太一の思考は空転する

「人が、不幸、にした力……?」

 吐息がかかるまで赤き衣の少女との距離は縮まり、愉悦に飢えた目尻とは別に瞳は真実であると雄弁に語っている。

「自分自身が発言したことでしょ?」

 ない頭を使ってひねり出せと目は雄弁に語っている。


 ――未那はまだなにもしていない! まだ誰も傷つけていなければ誰も殺していない!


 ほんの先ほど、優衣の前で太一は発言した。

「そうだ、未那はまだ誰も、不幸にはしていない!」

 ただ魔女となった自分に恐れ、困惑し、死にたくないからこそ逃げ続けているだけだ。

 誰かを傷つけたことも、誰かを殺したこともない。

 当然、彼女はそのような意志、一欠けらも持ち合わせていない。

「それなら、なんで世界は未那を殺そうとするんだ!」

「魔女だから、で完結してるわよ」

 素っ気ない返答に太一は反論し損ねる。

「魔女は殺すもんだって概念ができあがってんのよ。魔女災害を魔女殺さずして解決する方法などない。やれやれ、起こさなくていい災害引き起こしているのは誰よ」

 赤き衣の少女は肩をすくめて落胆している。

「まさか、起こしているのは……」

 発言から太一は察してしまう。

 事実であるとしても、原因が壁となる。

 原因が分からぬ限り、魔女は災害を防ぐ名分で殺され続けるだけだ。

「なら、誰が未那を魔女にしたんだ!」

 太一の声高な問いに赤い衣の少女は、一瞬だけ地面に顔を向けるもとぼけた様で言った。

「……さてね、知らな~い」

 声音には答える義理はないとする感情が混じっていた。

「事実とか、原因とか、今はどうでもいいでしょう? ほら、もう一度選ばせてあげる。右? それとも左?」

 返答など決まっていた。

「断る! 人が不幸にした力だとしても、今、目の前の人を不幸にする力なんて得たくはない!」

「決意なんて存外脆いものよ。あれほど、ワガママを通すとか決意しても、親しい人間が殺しに現れたせいで葛藤が生まれてる。殺されたくない、けど、殺したくもない。いがみ合う感情に板挟みとなって思考停止で殺される。救われな~い」

 落胆するため息と共に赤い衣の少女は両手を引っ込めた。

「いらないなら、いらないでいいわ。生きるか死ぬかなんてあなたが決めることだもの」

 仮に悪魔の囁きだとしても、紛れもなく窮地からの救いだったのかもしれない。

「けど、世界は魔女の生を望んではいない」

 世界に少しずつ色彩が戻っていく。

 比例して赤い衣の少女の姿は消えていく。

「まあ、あなたのことはなんだかんだで気に入っているから、死んだら骨ぐらい遺族に届けてあげるわ……あ、そうか、魔女とその男扱いだから火炙りにされて、骨すら残らないわね」

 ダメじゃん、と自嘲した赤い衣の少女の姿は完全に消える。


 そして、世界に色が満ち溢れた。


『そのまま、圧し折って、腕を砕いて、足をもいで、その心臓に鉄槌を!』

 未だOSGの拘束から解放されていない。

 太一は眼球を動かしながら周囲の情報を収集していく。

 特別な能力などない。

 知識もない。

 凡庸を絵に描いた凡人だ。

 だから考えろ。思考しろ。

 頭をフル稼働させろ。

 考えねば太一は凡人以下どころか未満となる。

 ふと着込む防災ベストの中身を思い出した。

『もうちょっとよ、もうちょっとで、お姉ちゃん、仇が討てるの! だから、応援していてね! うん、うん、二人のリクエストに応えるわよ!』

 狂気と歓喜が入り混じった声に太一は首を横に振るう。

「ち、違う……」

 生者が死者の声を聞くことなどできない。

 死者を理由に自分の中で正当化させているだけだ。

 いくら崇高な使命、重大な責務、それを正しさの理由にしようと結局は個人の思惑が絡まってくる。

 蔵色優衣は、ただ、ただ妹と弟の敵を討ちたいだけなのだ。

 だけども、討つべき敵はすでにいない。

 いないからこそ、正義を建前にして今いる魔女で敵を討たんとしている。

『なにが違うの!』

「殺されていい人間なんていない! 自分の不幸を理由に他人を不幸にする権利があると思うな! あんたのしていることは正義の皮をかぶったただの怨念返しだ!」

『黙れええええええええええええええええっ!』

 地が露わとなり太一への握力が増す。

 太一は防災ベストの中より透明なカプセルを取り出せば、振りかぶってOSGの顔面へと投げつけた。

 カプセルは直撃するなり割れ、刺激臭を伴う塗料をOSGの顔面にぶちまける。

『な、なに、こ、これ!』

 視界を塞がれたOSGがたじろぎ、握力を緩ませる。

 いくら機械の鎧だろうと中身は人間。

 虚を衝かれたことで思考の隙は肉体の隙を生んでいた。

 この瞬間を太一は見逃さず、全力をもって手の拘束から脱出する。

「防犯用のカラーボールですよ! 腐ったチーズ臭を堪能して目を覚ましてください!」

 特殊塗料が内包された防犯用ボールである。

 アルバイト先のアンティークショップは0が八つも九つもつく商品を扱っている。

 高価な品々を狙う強盗が現れてもおかしくはないため、店主によりカラーボールが防犯装備として常備されていた。

 だからといって何故、防災ベストの中に収納されていたのか、ビールで酔っぱらった店主しか知らないだろうとも太一は窮地を脱することができた。

『くっ、なんで、落ちないの!』

 OSGの目に当たるバイザー状の部位でワイパーと洗浄ノズルが忙しなく作動している。

 おそらく泥や埃対策だろう。

 本来なら簡単に落とせるだろうが、犯人証拠となる確固たる証明を示すためにカラーボールの塗料はそう簡単には落とせぬようになっていた。

『逃がすか!』

 視界が塞がろうとOSGは正確に太一の居場所を当ててきた。

 再び太一を拘束せんとする手を横に滑り込む形で回避する。

「なんでって――そういうことか!」

 視界だけがセンサーではない。

 機械の鎧だからこそ音や熱、赤外線など様々なセンサーが搭載されているはずだ。

 人間とて視界が塞がれば聴覚や触覚で周辺情報を得ようとする。

 目隠しするスイカ割りが典型的な例ではないか。

「ならば!」

 動け、動け、動け!

 太一の中で<なにか>が爆発する。

 今、機運は太一に傾いている。生き残りたいならばあるべきものを利用しろ。

 逃げきれる相手ではない。

 倒せ、戦う力を奪え。

 未那を失うな。

 殺されるな。

 だが殺すな。

 内に潜む太一が力強く太一に矛盾を両立させよと呼びかける。


 今一度己のわがままを貫け!


「俺も人間、あいつも人間っ! チャンスは――今しかない!」

 枷から放たれたかのように、太一の思考は急激にクリアとなる。

 同時に心の滾りが熱となり全身を循環する。

 身体をどう動かせば良いのか、どこになにがあるのか、滾りの中で存在放つ冷静なる思考が的確に伝えてくる。

 息切れもない。

 手足のもつれもない。

 理由は簡単だ。

 夏杏のストレス解消が太一に動くだけの体力と思考を与えていた。

『ちょこまかと!』

 OSGの開かれた手が太一に肉薄する。

 慕う先輩であろうと仮にも蔵色優衣は戦闘のプロ。

 踏み込みの速さは重き鎧とは思えず、回避が間に合わない。

「うわっ!」

 身を逸らそうとする目の前でOSGの手は宙を切った。

『かわすか!』

 再度、OSGの腕が伸びる。

 伸びるもまたしても太一に触れる寸前で宙を切った。

 地面転がる太一は原因を見抜く。

 あのOSGは距離感が掴めていない。

 だから二度も太一を掴むことに失敗している。

 理由は視界を塞がれているからだ。

「他のセンサーは位置を示そうと正確な距離を測っていない……」

 OSGの遠近感を掴む視覚センサーは人間で言う目。

 人間とて片目だけでは遠近感を掴むのは困難となる。

 人間の持つ性質を拡張した機械の鎧ならば間違っていないはずだ。

 太一は身を隠すために乗り込んだ重機の中で、を発見した。

「……塩を贈るってそういうことか!」

 本来、起動キーを刺す部位には白き塊が刺さっている。

 白き塊の正体が塩だと看破した太一は策を瞬時に閃かせ、エンジンを始動させる。

 始動させれば飛び降り、次なる重機に乗り込めばまたしても塩のキーを回してエンジンを始動。

 どの重機にも塩のキーが刺さっており後四回、この動作を繰り返す。

『さっきからなにを!』

 狂気と復讐に塗れながらも、冷静さを欠けさせることもなかった優衣から焦りが漏れる。

 それは視界を塞がれたことで生じた焦り。

 焦りは動きに精彩を欠かせ、太一に付け入る隙を与えてくる。

 案の定、集音センサーが作動する重機のエンジン音にて乱されているのが動作で分かる。

 熱センサーも熱を帯びていくエンジンのせいで使い物にならぬはずだ。

「センサーで知った気になっているだけなんだよ、あんたは!」

 OSGは動く引きこもりだ。

 ただセンサーで知った気になっているだけで、なんら本質を見極められていない。

 人と人との温もりも、人が背負う痛みも、全て殻に閉じこもることで感じようとしない。

 部屋に閉じこもってネットだけで社会を知った気になっている引きこもりと同じ。

 違うのは引きこもる殻が動いているか、動いていないかの些細な差ときた。

「都合のよい殻に閉じこもって復讐できるなんて大層なご気分だろうよ!」

 最後のキーを始動。

 シートベルトをしめて大型バンの運転席に座る太一は真っ正面からOSGに突撃した。

 車はバイクと比較して運転は簡単だ。

 サイドブレーキを外して、ギアをドライブに、ハンドルをしっかりもってアクセルを踏めばまっすぐ進むもの。

 ギアが自動で切り替わるオートマチック車で助かった。

 マニュアル車なら今頃エンストしていただろう。

 車の持ち主には悪いが運が悪かったと諦めてもらうしかない。

『舐めるな、悪魔め!』

 激突の衝撃がフロントガラスを割り、エアバックを作動させる。

 外へ飛び出そうとする身体をシートベルトが抑え、エアバックが衝撃を和らげる。

 それでも衝撃は完全に殺せず、ベルトが身体に食い込み、痛みが意識を奪いかける。

 軋む金属音が太一の意識を呼び戻し、真っ二つに引き裂かれる大型バンから飛び出していた。

「こんなもので倒せると思っていない!」

 OSG一台の平均重量は軽自動車一台分。

 そう太一は学人から教えられている。

 一方で一〇〇キログラムの質量が加速つきで直撃しようと難なく受け止めるパワーと中の搭乗者を無傷で守る頑丈さがあることもまた。

 だが、無傷で守る頑丈故、緩和できても中和できぬ問題があった。

「動きを止めるだけで充分なんだよ!」

 太一は重機の一つ、クレーン車の運転席へと乗り込んだ。

「基本は……同じ!」

 クレーン車のシートに座る太一は、バイト先にあるクレーンの操作レバーと比較するなり確信する。

 クレーン操作はアルバイト先で仕込まれている。

 ただ今回ばかりは持ち上げる物体が物騒で大きいだけだ。

『な、なにを!』

 優衣のうわずった声がする。

 太一は構わずレバーを操作してクレーンのフックをOSG装甲の凹凸にひっかけて持ち上げる。

 OSGを持ち上げるのはUFOキャッチャーより簡単だった。

 だが落としどころはここではない。

「頭回して目覚ませ、バカ先輩が!」

 フックと繋がったワイヤーを巻き上げ、ハンマー投げの要領でクレーン車を右へと旋回させた。

 一回転するごとにワイヤーがOSGの重量と慣性で張りつめていく。

「うああああああああああああああああああああああ!」

 雄叫び。

 太一は三半規管が狂っていこうとクレーン車の旋回を止めなかった。

 今止めれば未那は殺される。

 今の太一にOSGを破壊する力はない。

 力はないが術がある。知恵がある。閃いた策がある。

 OSGの操縦者は機体を遅滞なく動かすために身体を固定している。

 固定している故、激しい運動を行えば中の操縦士は激しい振動から逃れられない。

 太一はそこを狙った。

 遠心分離機のようにOSGを振り回すことで中の人間の意識を奪わんとした。

『ちょ、調子に、の、乗るなああああああああああっ!』

 旋回の速度を上げ続ける中、OSGが発砲。

 クレーンのアーム部分に直撃した銃弾が跳弾となってフックに当たれば、その衝撃がOSGを解放した。


「あ、ああああああああああああああっ!」

 激しくシェイクされた優衣の意識は朦朧としていた。

 いくら機体に衝撃を緩和するシステムがあろうと、あくまで着地の衝撃を緩和する代物。

 慣性を緩和するシステムは存在しない。

「なんで、なんで、なんで、なんでええええええええええええっ!」

 前後不覚に陥った優衣の中で困惑と疑問が満ち溢れる。

 全身の血が飛散していく感覚に襲われ、意識が急激に白化していく。

「あ~あ~まさかこんな方法で死を覆すなんて――万が一でもと、お人形VS重機の正面からの激突を期待したんだけど、これは大穴すぎるわ~」

 声が、聞こえた。

 妹や弟ではない声だった。

 だが、意識を揺さぶられた優衣は声を声だと認識できなかった。

「あなたとお人形はここで終わり。ちょっと退場してて」

 OSGの加速が不自然に増す。

 夜空を煌めく流れ星のように闇夜を切り裂き、そして落ちていく。


 飛んで行ったOSGの行く末を太一には確かめようがなかった。

「ぐ、ぐ、ぐ、お、おええええええええええええええええええ!」

 旋回が緩んでいく中、太一はシート内で嘔吐の最中だからだ。

 三半規管を揺さぶる自殺行為、吐かぬ道理ではない。

 胃の中の物を残らず吐き出した太一は、意識を糸が切れるように途切れさせた。

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