第44話 魔女を殺せ

 彼女の機嫌は不機嫌にして鎮まりを見せず。

 逆に鎮まっているのは現在進んでいる繁華街だ。

 計四車線ある道路ですら車一台はおろか自転車一台ない。

 都外への避難が完了したからであろうと、まるで船員全員が忽然と喪失したマリーセレスト号のようだ。

「いい加減機嫌なおしてよ」

 四輪の乗り物を操りながら太一は何度呼びかけようと無視され続けていた。

「ふんっ!」

 しまいにはそっぽを向かれる始末。

「僕が悪かったって」

 何度謝ろうと未那は無視し続ける。

 ここでスイーツやデートを出しても幼馴染みだからこそ、未那は無視するだろう。

「やっぱり、右揉んだから、左のおっぱいも揉まないとダ、メ――痛って!」

 振り返った未那から太一は右頬を叩かれた。

「どうしたものかね」

 魔法の使用方法が判明したといえども結果は太一の自業自得である。

 無視を貫く未那の言い分は幼馴染みとして通じている。


『おっぱい揉む以外に方法はなかったのか!』と。


 揉まれた側からすればもっともな言い分である故、太一はただ謝り続けるしかない。

「こんな装いしていたら、欲情するのが男だも……ごめん」

 迂闊に口走った太一は、振り返った未那からきつく睨まれ、怯んでは黙ってしまった。

 沈黙の再臨、ただ響くのはゴロゴロと台車の車輪である。

 現在、太一は運搬用カートに未那を乗せ、その手で押し進んでいた。

(フォークリフトはバッテリー切れ。手頃な移動手段を探しても見つかったのはこの台車……あ~バイト先で空の瓶ビール満載のビールケースを近くの酒屋まで運んだ思い出が浮かんでしまう)

 ビールケースという荷物を運んだ過去があろうと、現在進行形で運ぶ未那をお荷物だとは思っていない。

 たまたまの移動手段が台車であっただけのこと。

(加えて……)

 時折、未那の輪郭から立ち昇る火の粉や冷気を太一は煙を払う要領で消し去っていく。

 感情と魔法が密接に関わっているからこそ、不機嫌な感情が無意識のまま体外に魔法という形で流出しているようだ。

(今のところ未那が使ったのは炎と氷の二つ。七二の方位のどれかが未那に宿った魔女の力なんだろうな……けど、わからん)


 魔女となる定義とはなにか?


 七二のどの方位なのか?


 詳細なる魔女の力は?


 陰陽の境界を修復し終えた後、魔女の力はどうなるのか?


 世界から忘れ去られた未那を思い出す者はいるのか?


 概要は分かろうと詳細は分からなかった。

(一〇年前の灯京大火、決して消えぬ炎は元をたどれば第二三柱アイムの魔法……けど、男を殺された怒りが混沌を暴走させ、大火を引き起こした……)

 復讐か、嘆きか、今となっては分からない。

 ただ確かなのは、災害を起こしたくて起こしたのではない。

 アイムと共にいた男は魔女災害を未然に防ぐ方法を知っていた。

 今回のように陰陽の境界を修復することで混沌による災害を防ごうとした。

 太一同様、太極に辿り着き、混沌による災害を知ったのだろう。

(あれ、なんで太極に行ったのが男なんだ?)

 太一も男だが不可解なことに気づき、足を止めてしまう。

「なに?」

 唐突に停止した太一を未那が不機嫌そうに見上げている。

「なんで僕なんだ?」

 餅は餅屋とある。

 魔女だからこそ、混沌による災害の詳細と修復は魔女に伝えるべきだ。

 先輩が後輩を教え導くような形ではなく、男を挟んで伝えさせるのに不可解な疑問を抱く。

 一言で非効率なのだ。

「ん~でも教えてくれないだろうな」

 太一はバエルの別れ際の言葉を思い出す。


『なんでもかんでも他人に聞こうとしない。自分で行動して見つけ、そして考えなさい。実際、きみはそうして進んできたんでしょう』


『それとね、なくしたものは返らない。でも忘れたものは思い出せる。だから今は進んで』


 進んだ先にこたえはあると。

 目的地である灯京タワーは歩を進めるごとに巨大さを露わとしていく。

 予測だが、灯京タワーに陰陽合わさった混沌があるのだろう。

「もしも~し、また考え事?」

 未那の言葉尻から少々険は減っているが全部ではなかった。

「う、うん、ちょっと……ん?」

 内に溜めた疑問を口に出しかけた時、太一は視界端に走る、に気づく。

 そのなにかは、ビルの陰に消えたことで太一の勘が危険を囁いた。

「そろそろ、かな?」

「なにがよ?」

「<M.M.>の追跡」

 口出すなり未那の肩は跳ねるように震えた。

 OSGに追いかけられるだけでなく、殺されかけた。

 こともあろうに殺そうとしたのは慕う先輩である優衣だ。

「……優衣先輩、また来るのかな」

「大丈夫だって。ベリアルが、演じ終えた役者は楽屋に押し込んだとか言っていたから、優衣先輩が現れることはないと思う」

 未那の震える肩に手を置きながら太一は言う。

「分かったから、手離して」

 セクハラと受け止めたのか、未那は太一の手の甲を抓る。

「もういい加減機嫌なおしてよ」

 何度目の発言か、太一は数えるのを止めた。

「ふんだ。これが終わったらあんたのこと、乳揉み魔って呼んでやるんだから」

「なら、右だけじゃ悪いから左も揉んでおくね」

「そうくる? あんたさ、今回の件で色々とぶっ飛びすぎ」

「ぶっ飛んでないと生き残れなかったからね」

「……そ、それは否定しないけどさ」

 会話をする程度には機嫌がなおったようだ。

 だからこそ太一は台車を再発進させる。

「よし、なら行こう。灯京タワーまであと少しだ」

 かつては灯台であり、電波塔でありシンボルであった塔。

 今は新たに建造された灯京スカイツリーに大半の役目を譲っていようと、今なお都民に親しみを持たれ続けている。

 その理由として一〇年前、灯京大火の際、大火に晒されながらも燃え尽きず、防波堤のように反対側の区域を守ったとされているからだ。

「本当にその灯京タワーに向かえば解決するの?」

「うん、太極とか歪みとかそれは話したよね」

「話は分かったけど、どうして私なの? それがさっぱりわからないし、それに……」

 未那の表情は沈痛に染まり、太一の手を力強く握りしめてくる。

「お母さん、大丈夫かな」

 太一は未那に千草の記憶から娘の存在が抜けていることを話してない。

 ただでさえ、瑠璃や優衣に拒絶され、スマートフォンの写真に己の存在が消えていた。

 これ以上、心労を重ねさせるべきではないと太一の独善的な判断があった。

「今は前に進もう。後のことは終わってから考えればいい」

 新たな決意をするなり商店前にある公衆電話が突然鳴り始めた。

「気味が悪い。先を急ごう」

 店の固定電話ではなく公衆電話が鳴るなど警戒心を奮い立たせることしかない。

 周囲を警戒しながら表通りと裏通りの境界を進めば、またしても別の公衆電話が鳴り響く。

 無視して進むも行き着く先にある公衆電話が鳴るではないか。

「やっぱり、か……」

 予感は悪いものほど的中率が高い。

 ビルの隙間から顔を覗かせる小型の飛行物体を目で捉えた。

 四つのローターは紛れもなくマルチローターヘリコプターだ。

 有人操縦か、自律型かはさておき、搭載されたカメラで高所から太一たちを捕捉していたのだろう。

(そうだよな、相手は軍隊なんだ。その気になればGPSの電波だけじゃなく、軍事衛星とかで直に捕捉できるんだ)

 痛感しようと腑に落ちない部分もある。

 何故、攻撃しない。

 OSG一機にどうにか競り勝とうとあれは偶然と幸運が重なったからだ。

 数で押し寄せられれば太一に勝てる術はなく、未那は殺されるはずだ。


 ――何故、居場所を捕捉していながら手を出さない?


「いや、答えはこれか」

 鳴り響く公衆電話。

 身元が割れたならばスマートフォンの番号など容易く把握できるはずだが、スマートフォンを囮にされた故、公衆電話を接触の糸口としてきた。

 そう考えれば妥当だ。

 公衆電話は電気屋前にあり、ショーウィンドウには液晶テレビが壁のように陳列されている。

「大丈夫だから」

 不安げな未那に一言添えた太一は、鳴り響く公衆電話の受話器を取る。

 次いで店舗の壁に背を預けた。

 背中に預けることで通話時の奇襲リスクを減らすためだ。

「はい、もしもし」

『もしもし、こちら<M.M.>極東支部指揮官、高遠特務大佐です』

「あの時のドア破壊部隊の」

 声と名に覚えがあった。

 その声音には商談に来たエリートサラリーマンのように物腰が柔らかい一方、相手を頷かせる切り札を隠し持っているような恐ろしさが宿っていた。

『その筋は失礼した。当然のこと、こちらには謝罪と賠償の準備が整っている。事が済めば即そちらに訪れるつもりだ』

「それは僕ではなく店主に言うべきことだし、とっとと本題に入ったらどうだい?」

 世話話が連絡事項ではないはずだ。

 太一は周囲に目を配りながら次なる言葉を待つ。

『では本題に入ろう』

 ふと高遠の言葉に連なるようにショーウィンドウ内にある液晶テレビの電源が一斉に入る。

 テレビのネット接続は珍しくないため、なんらかの遠隔操作で電源を入れたのだろう。

 映し出された映像は二つ。

 その二つに太一と未那は両目見開き、身を固まらせてしまう。

「と、父さん、母さん……」

「お、お母さん!」

 一つは太一の両親が飛行機のシートに座っている映像。

 もう一つは避難所の医務室で怪我をした患者の手当する千草の映像であった。

『きみのご両親は今、とある国に商談のため飛行機で向かう途中のようだ』

 出張が多いのも会社で商談を任せられるだけの実務能力を認められているからだ。

 国を跨いで移動することなど珍しくはないが、何故、ここに来て両親が出てくる理由が見えてこない。

『きみの親代わりである涼木女史には、こちらからお願いして避難所に併設された医務室で看護師として動いてもらっている』

 千草は看護師だ。

 職務上、負傷者を放っておけないはず。

 断る理由がない。

「……なにがしたい?」

 理由が見えてこない。

 ここに来て魔女災害とは無縁の三人を出す。

 自然と太一は目尻を強張らせ、次なる言葉を待つ。

『こうしたいのだよ』

 映像が切り替わる。

 飛行機の貨物室が映し出され、明らかに乗務員には見えない男がカメラの前で透明な袋に入った白い粉を見せつけている。

 足下にあるキャリーバックに太一は見覚えがあった。

 両親が出張で愛用する鞄だ。

 傷やへこみ具合、何よりタグに記された両親の名前、それが本物であると証明している。

『今向かっている国は禁止薬物に対して非常に厳しい法を持っているそうだ。ただ所持しているだけで外国人だろうと死刑になる国。手荷物検査の際、荷物の中より白い粉が出てきたら、さて……どうなるだろうか?』

 太一の中に怒りと怖気の電流が走る。

 OSG一機投げ飛ばしただけでこれほどまでの報復の行うのか。

 奥歯噛みしめる中、またしても映像が切り替わる。

 医務室の薬品棚が映し出され、看護師と思われる女性が筋弛緩剤と表記された薬物をカメラに見せつけてきた。

『涼木女史はなかなか腕の良い看護師のようだ。患者からは注射が痛くないと好評価のようだが、もし注射する中身が本来使用する薬物ではなく筋肉の動きを弱める薬剤であった場合、どうなるだろうか?』

 筋弛緩剤は事件に使用されたせいで毒物のイメージが一般に先行しているが、正しい用法は全身麻酔時に使用することで手術及び術後の筋肉の収縮を抑えるためのものだ。

 ただし健康的な肉体、及び呼吸器官に異常のある患者に使用すれば筋肉が萎縮し最悪死に至る。

一時期、ニュースで話題になったことから、如何様な薬剤か、太一は知っていた。

「あんた、なにが目的だ! OSGぶっ飛ばした報復にしてはやりすぎだろう!」

 当人ではなく身内から攻めるなど、姑息であり卑怯卑劣だ。

 いや当人でないからこそ、身内を傷つけられた自責の痛みは尋常ではない。

 遠方にいるため、助けに向かいたくても向かえないのが歯痒かった。

『いや、OSGは無関係だ。むしろきみに危害を与えた件について深くお詫びしよう』

 高遠なる男の狙いが読めない。

 モニター越しに謝罪するだけならば何故、太一の身内を出す。


『さて本題に入ろうか』


 心臓が破裂する勢いで鼓動を刻み、冷たい汗が頬を滑り落ちた。


『ミナという魔女をきみの手で殺せ』


 ぞわりと,太一は髪の毛が逆立つほどの怒りが沸き上がった。



 世界は災禍から救われる......少年が魔女を殺せば。

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