第34話 崩れ去る行動原理


 OSGはパワードスーツである。

 ロボットのようにただ乗り込んで操縦するのとはわけが違う。

 言うならば布の服ではなく鋼鉄の服。

 人間が乗るのではなく、着るからこそ身体に合わせて服を採寸するように、OSGには体格を補正するフリーアジャスト機能が搭載されていた。

 05と左肩部装甲に打刻されたOSGに乗り込んだ優衣は、衛星回線から専用のモーションデータをダウンロードする。

 本来、鹵獲による敵運用を防ぐためにOSGには厳重なロックが施されている。

 ただし、それは敵による鹵獲を想定した場合。

 部隊内で操縦士が負傷したことでOSGに空きが生じた場合、非常時の処置として他の操縦士の搭乗を可能とした。

「モーションデータインストール完了、起動コード入力……」

 当然、調整されたOSGではないため、運用するには部隊内で定められた起動コードを入力する必要がある。

 コード認証されると同時に、身体をウェットスーツで締め付けられるような触覚が支配する。

 それは肉体が機体と繋がっていくのを意味していた。

 OSGは待機状態から戦闘形態へと移行していく。

 動力部であるモーターが獣のような唸り声をあげ、各部に電力を伝達する。

「各部可動確認」

 優衣が五指を動かせば遅れもなくOSGもまた同じように動く。

 OSGは人間と遜色のない動きを可能とする。

 操縦士の技量次第では鉄骨を片手で圧し折る握力を持ちながら、ボトルの中に帆船模型を製作する器用さがあった。

「逃げられると、思っているの?」

 衛星回線からターゲットの位置情報を習得する。

 所詮は魔女とその仲間。

 人間の社会に今の今まで紛れ込んでいたようだが、文明の俗世に染まりすぎたようだ。

 側面のサブスクリーンに映る封鎖地域のマップにはターゲットを示す赤い印が移動している。

「くひひ、きひひ……――あげゃげゃげゃげゃ!」

 音が爆発したかのような笑い声がOSGに満ちる。

 既に彼女は感情と理性が爆発していた。

「ただ潰すだけじゃ潰し足りない」

 一〇年前の記憶がリフレインする。

 助けてと叫びながら手を伸ばす妹と弟は無残にも焼き殺された。

 手を伸ばそうとしたこの手は届かず、助けられなかった。

 憎悪と己の無力を抱いたまま親戚に引き取られた。

 幸運はそこからだ。

 かつて親戚は<M.M.>に属していた。

 <M.M.>には魔女を討つ力があった。


 だから求めた。


 仇を討つ力を。


 魔女を殺す力を。


 背中を後押しするのは彼女にOSGの高い操縦適性があったことだ。

 訓練は厳しかったが、妹や弟たちが受けた苦痛と比較してぬるすぎた。

 数々の試験を突破した彼女は年若いながら専用のOSGを与えられるまでになった。

 そして今、仇を討つ瞬間が訪れた。


 憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い 憎い、憎い!

 憎い、憎い、憎い 憎い、憎い、憎い、憎い 憎い、憎い、憎い!

 憎い、憎い 憎い、憎い、コロス、憎い、憎い、憎い 憎い!

 憎い、憎い 憎い、憎い、憎い 憎い、憎い、憎い、憎い 憎い!

 憎い 憎い、憎い、憎い 憎い、憎い、憎い 憎い、憎憎い!憎い!


「潰して、叩いて、皮をはいで、頭をかち割って、最後は火の中に放り込んであげ――あげゃげゃげゃげゃ!」

 如何にして魔女とその仲間に鉄槌を振るうべきか、思考を滾らせる。


 これは復讐だ。


 これは鉄槌だ。


 これは正義だ。


 暴走であろうと正義だからこそ暴走した正義でしかない。

 断じて悪ではない。

 憎悪に塗れようと、これは正しいのだ。

 これこそ、人類全てが魔女に望む正義の行いなのだ。


 復讐の悪鬼と化したOSGは力強い一歩を踏み出すと同時に風となった。


 車一つない道路を一台のオフロードバイクが疾走する。

「なるほど、こいつはハンドルを握るというより腰で乗るんだ」

 街灯に照らされながらバイクのハンドル握る太一は、心音に落ち着きを取り戻してきた。

「なにが腰よ。もう冷や冷やさせないで」

 ヘルメットは防災と名のつくものを被っていようと運転免許はない。

「もうね、私を無免許運転で怖がらせた罰として、太一には将来、バイクの運転免許を習得してもらいます」

 声はどこか嬉しそうに弾んでいる。

 右足が悪い未那にとって肌で風を受ける感触は久方ぶりの刺激だからだろう。

「どこか行きたいところあるの?」

「そうね、足のケガに効く温泉とかいいかも」

「混浴とか――痛ってて!」

 太一は背後から無言で右頬を抓られた。

「なら、魔女の件が終わったら温泉行こう。もちろん混浴抜きで」

「戻るのかな、前のような生活に。瑠璃や先輩があんな感じじゃ……」

 未那の声は沈痛に染まる。

 無くしたものは返らないというように、失った日々が戻ることはない。

 魔女となった未那を受け入れてくれる人物が太一以外にいるというのか。

 親友である瑠璃は魔女だと彼女を拒絶した。

 先輩だと慕った優衣は魔女だと彼女を殺しに来た。

「あ、そうだ。舞浜さんで思い出した」

 思い出すように太一は片手で防災ベストのポケットからスマートフォンを取り出しては後ろの未那に渡す。

「受信メールに添付された写真を見て」

「あれ、どういうこと?」

 太一のスマートフォンの認証パスを未那は知っている。

 プライベートの塊であるスマートフォンの認証パスを太一が変更せずにいるのは、見られて恥ずかしいものがないのと、未那なら勝手に見ないという信頼があったからだ。

「舞浜さんから送られてきた一枚目の写真には今なお未那だけが写っていない。けど、二枚目の写真には未那の姿がはっきりと写っている」

「太一、まさか……」

「勘なんだけどなにかあるんだ。舞浜さんが事情を知っている可能性は低いにしろ、僕が魔女の装いを触れれば消すように、未那を元に戻す方法がある」

 暗闇の中で確かな光明を見た。

 ゴールの端すら今なお見えない。

 生存は望み薄く、絶望はなお厚い。

 窮地を一度凌ごうと、次は分からない。

「こんな絶望的な状況だからこそ諦めたら終わり」

 世界が敵になろうと、彼女を守り、元に戻すと誓った。

 内なる自分が強く問いかける。

 お前の行動原理は、正義か? 倫理か?

 いや違うと太一は返す。


「これは僕のわがままだ」


 太一は改めて覚悟を己に説く。

 オフロードバイクが丁字路を通り過ぎた後、曲がり角から一台の車がサイレンを鳴らし赤色灯を光らせて飛び込んできた。

「なっ、ぱ、パトカー!」

 サイドミラーで白黒の車を視認するなり太一は絶句する。

 一定の距離を保ちながらパトカーのスピーカーから声が響く。

『そこのバイク、止まりなさい! 篝太一くん! こちらの指示に従いなさい!』

 こともあろうに名前さえ響かせている。

「な、なんで、た、太一!」

「<M.M.>と警察が連携でもしたんでしょう!」

 オフロードバイクの速度を上げる。

 頬に流れる汗を走行風が拭う。

 魔女を追うのは専門の<M.M.>だからこそ、警察の追跡を失念していた。

 ただ一つだけ疑念がある。

 何故、警察組織が一個人の名前を知っているのか。

 解答は次なるパトカーからの声で判明した。

『きみの保護者からきみを保護するよう届け出が出されている! 今すぐこちらの指示に従い停止しなさい!』

 困惑する太一だが、次なる疑問が汗と共に流れ出る。

 何故、この暗がりで顔も分からぬ人物を正確に言い当てられる。

<M.M.>に属する優衣からオフロードバイクが太一により盗まれたと上に報告し、連携する警察に伝えられた。

 辻褄は合う。

 合うも肌を流れる空気が気に食わない。

「太一、なにかおかしい」

 未那もまた気づいたのか、しきりに後ろを振り返ってはパトカーに注意を払っている。

「そうか、出るタイミングだ!」

 丁字路を横切るなりパトカーは飛び出してきた。

 まるで通るのを待ち構えていたかのようなベストなタイミング。

 防犯カメラなどで進行方向を予測していたのか、それとも現在地をなんらかの方法で把握していたのか、ハンドル握る太一には判断がつかない。

「……警察の特番!」

 思い出せ。記憶を引き出させろ。

 いつ見たか、ではない。なにを見たかを思い出せ。

「このパトカー、距離を詰める気がないのか?」

 先ほどから幾度となく停止を呼びかけるだけで、幅寄せも追い越しも行っていない。

 なによりテレビの特番で見たパトカーは確か、一台では追跡を行っていなかった。

 他の車両と連携していた。

「太一、前!」

 未那の声音は血相を変えたかのように震えている。

 三台の大型バスが道路に進入すれば連なる形で停車する。

 道路を塞ぐ壁となった大型バスの影から何台ものパトカーが一斉に赤色灯を灯らせた。

「準備が良すぎだろう!」

 人一人を保護するには大げさだ。

 脇道にハンドルを切るか、と考えるも中断する。

 とある脇道を通り過ぎた瞬間、物陰に潜む白いバイクを垣間見た。

「白バイまでいる!」

 バイクは小回りが利き、速度もそれなりに出る。

 白バイを運転する警察官は地獄の訓練をクリアした猛者だ。

 手足のように操るための訓練映像を警察の特番で見た記憶があった。

『繰り返す。こちらの指示に従い停止しなさい!』

 道路を塞ぐ大型バスとの距離は徐々に縮まっている。

 押し通ろうにも押し通る隙間などなく、大型バスへの衝突しかない。

 かといって脇道に逃げれば、配置された白バイが追跡する。

(飛び越えるしか……ってどうやって?)

 飛び越えるための踏み台などない。

 洋画のバイクスタントならば心臓爆発の展開なのだが、生憎現実は甘くなかった。

 仮に飛び越えたとしても着地はどうする。

「なんだ、この音?」

 ふと走行音とサイレンに混じってガシャガシャと金属がぶつかりあうような音が近づいている。

 まるで鎧を身に着けた人間が全力走行しているような音に近い。

 音は段々と大きさを増していく。

 サイドミラーが音の発生源を映す。

「お、OSG!」

 OSGがアスファルトの道路を踏み砕かん勢いで急速に接近している。

 現在、速度メーターは一二〇を指している。

 パトカーと並ぶなりOSGは左腕で薙ぎ払った。

『邪魔!』

 右側面からの衝撃にパトカーは風に舞う木の葉のように一瞬で反転、火花を散らしながら電柱に激突した。

「この声、ま――!」

 まさか、と太一の口から飛び出すよりも先に飛び出したのは銃弾だった。

 OSGが右手で構えた銃火器から銃弾が吐き出されている。

「しっかり掴まってて!」

 太一は速度をなお上げ、被弾を避けようとする。

 右に左にとハンドルを切ることで狙いを絞らせない。

 心臓が爆発的に跳ね上がる。

 流れ弾により砕け散ったアスファルトの破片が太一の頬をかすめ、怖気をこみ上げさせる。

「魔女相手ならなんでもしていいのか!」

 非武装の民間人がいようと、協力する警察がいようとお構いなしの発砲。

 魔女がいるから、で許されるなど正しさの暴走だ。

「なんだ?」

 ふと銃撃が唐突に止む。

 サイドミラーに映るOSGが左手でなにかを銃火器に装填している。

「弾切れ、いや、まさか!」

 装填が銃口に寄りすぎた動作を太一は戦争映画で見た記憶があった。

 手に持つ銃火器の下にもう一つ銃口がある。

 よって導き出される答えは一つしかない。

「グレネード弾!」

 手榴弾と同じ威力を持ち、手ではなく投射器を用いて遠くへ飛ばす擲弾。

 映像だけの知識しかない太一は放たれる弾が如何様な種類か知らない。

 確かに言えるのは、魔女と戦う組織がOSGにお優しい対人装備を持つはずがない。

「だったら!」

 大型バスの壁との距離がない中、太一は分の悪い賭けに出る。

「……――今だ!」

 太一はグレネード弾が放たれる寸前、オフロードバイクの前輪にブレーキをかける。

「きゃあああっ!」

 慣性で後輪が浮き上がり、太一にしがみつく未那は悲鳴を上げる。

 急停止によりOSGとの距離は急激に縮まり、浮き上がった後輪が装甲に触れかける。

 放たれたグレネード弾は空気を切り裂きながら太一の頭上を飛び越えた。

 そのまま道路を塞ぐ大型バスの一台に接触、爆発と炎が残りのバスさえ呑み込み、高く突き上げる。

「基本は同じか!」

 分の悪い賭けは成功した。

 太一はオフロードバイクの制御を取り戻し残った慣性で走り出す。

「ど、どういうことよ!」

「あの手のグレネード弾ってのは着弾の接触による起爆と発射後の一定時間で起爆するタイプがあるんだ。どれも共通して万が一、発射時に手元に落ちた場合、爆発しないよう最低有効射程の安全装置があるんだ!」

 加速を取り戻しつつあるオフロードバイクを腰で操りながら太一は爆音に負けぬよう言う。

「それも映画で知ったの! 私もうあんたのこと、わけ分かんなくなってきたわよ!」

 ありったけの声で未那は叫びようにして返す。

 出し尽くしたからこそ、彼女は次なる悲鳴なる声を出せなかった。

「くっ!」

 グレネード弾の着弾により高く舞い上げられた大型バスの残骸が道路に落下。

 落下を横転へと変えて炎に包まれた大型バスが正面から迫る。

 今下手にブレーキをかければ制御を違えて勢いよく横転する。

 大型バスは一台のパトカーに接触、巨体を大きく跳ね上げた。

「なら!」

 アクセルを全開にした太一は飛び込んだ。

 猛進すれば大型バスの横転に巻き込まれる。

 良くて激突、悪くて圧壊だ。

 大型バスはボールのように勢いよくバウンドを繰り返す。

「僕の動きに合わせて!」

 跳ね上がり、大きな隙間が生まれた瞬間を見逃すことなく、太一はクラッチを素早く操作、腰の動きで重心を移動させる。

 オフロードバイクの姿勢は傾き、前後のタイヤで横滑りを起こす。

 野球選手がベースにスライディングを決めるように、オフロードバイクは滑りながらバウンドを繰り返す大型バスの隙間を通過した。

「できた!」

 達成感に酔うことなく、太一はすぐさま姿勢制御を試みる。

 二度、三度と激しく揺さぶられるもオフロードバイは垂直にタイヤを路面に食い込ませていた。

「でも、太一、後ろ!」

 爆発により右往左往する警察を振り切るも、追跡者は健在だった。

 大型バス残骸と激突するも紙切れのように吹き飛ばす。

 真っ二つとなった炎がOSGに陰影を作る。

 その姿はまるで――鬼だ。

「優衣先輩……なんで!」

 悔恨の声を太一は絞り出す。

 身内への甘さが生んだ結果なのか。

 敵は倒せる時に倒すのが戦場における鉄則。

 逃した敵が味方を、自分自身を殺すかもしれない。


 OSGに乗って現れた優衣のように――


 この瞬間、OSGは救うのではなく、殺すための兵器だとする現実が太一の行動原理を脆くも崩し去った。

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