第46話 大衆が求める結果

 俺は悪くない。

 何一つ悪くない。

 ちょっと夢中になっただけなんだ。

 ちょっと目を離しただけなんだ。

 単位や成績だって問題なかった。

 将来はお父さんのような医者になると、魔女に傷つけられた人たちを治療したいと、小さい頃から頑張ってきた。

 勉強に勉強を重ね、国内で最難関の医学部に合格した。

 将来必須な医療免許だって模試では優に合格基準を突破している。

 このまま親の跡を継ぎ、ゆくゆくは院長になるのだと思った。

 周囲から期待の眼差しを向けられようと重圧だと感じない。

 困ったことがあれば何でも相談しなさいと誰もが支えてくれた。

 医者となった将来、この人たちを支えたいとさえ思った。


 けれども、あの事故が全てを台無しにした。


 友人から誘われたソーシャルゲームは、今まで勉強一辺倒だった俺に刺激が強すぎた。

 気づけば何十万と課金に注ぎ込むほどのめり込み、プレイヤー誰もがその名を知る上位ランカーになっていた。

 今日もまた自転車こぎながら遊んでいるうちに、そこにいた人間たちにぶつかってしまう。

 ぶつかってきたのはそっちじゃないか。

 人通りの多い駅前で集まっているほうが悪いだろう。

 痛い、痛いとか呻いているけど、痛いのは俺だ。

 折角、好調に進んでいたのに邪魔するな。

 お陰で先に進めない。

 だから、すぐ新しい機種を買いに行こうとしたら、男が一人しがみついてきた。

 逃げるな、と。

 凡庸を絵に描いたようなガキときた。

 しがみついて離さないから、スマートフォンでぶん殴ってやった。

 顔が血だらけになろうと離さない。しぶとい。

 頭かち割ってやろうかと思った矢先、俺はすぐ側の交番から来た警察官に押さえられた。

 地獄はそれからだ。

 俺はわき見運転や傷害で逮捕された。

 親父と一緒に被害者に頭を下げて謝る羽目になった。

 足を返せと泣きじゃくる女もいた。

 やかましかったが、耳障りだと顔と口には出さなかった。

 折角、合格した大学は辞めさせられた。

 親父は多額の賠償金を払い、責任をとって院長を辞めた。

 俺に期待していた誰もが離れていく。

 誰も彼もが俺を腫物扱いし、助けようとしなかった。

 困っているんだぞ! なんでも相談に乗るとか言っていたのは誰だよ!

 後は断崖絶壁を飛び降りるようにして家庭崩壊だ。

 勘当され、家を放り出された俺は派遣でどうにかその日その日の生活を続けている。

 順調に進んでいた俺の人生を壊したのは誰だよ?

 毎日毎日自問する中、死刑が覆されるニュースを見た。

 うらやましい。

 俺もあの時、魔女のせいにすればよかった。


 いや、あの事故はきっと魔女が俺を医者にさせないために仕組んだことなんだ!

 

 魔女が悪い!

 魔女のせいだ!

 魔女さえいなければ、俺は医者になれていたはずなんだ!

 あの事故も今灯京を騒がす魔女の仕業に違いない!

 ぶっ殺せば、俺は医者になれるはずだ! 

 そうだ、なれるんだ!



 次なるカードは何を切る?

 高遠は自問する。

 よもや魔女殺しに魔女を制御する力があったなど初耳だ。

 警察から徴収した検問突破の映像を解析する限り、場を切り抜ける嘘だとは到底思えない。

 こちらを煙に巻くだけの行動力と機材を扱う適応力は隠れ持った資質だとしても、傀儡のように魔女を操るなど前例がない。

「各エージェントは次なる指示があるまで待機、ただし監視は継続。下手なことはするな」

 潜伏中のエージェントに指示を送れば、次なる作戦立案に移る。

 偵察用ドローンを五機、一定の距離に配置して各方面から篝太一の監視を行い、一五キロメートル後方にはOSG部隊を待機させていた。

 魔女を台車に乗せて、ゴロゴロと押し進む姿は運搬に手慣れていると思わせる。

 進行ルート予測は灯京タワー。

 あの塔は復興のシンボル。

 考えられる目的は一つしかない。

「よもや第二の灯京大火を引き起こすつもりか?」

 一〇年前、燃え落ちなかったからこそ今一度燃やす。

 魔女ならばやりかねない。

 一秒でも早く魔女を討ちたくとも、魔女殺しの言葉が枷となり次なる判断を鈍らせる。

 経験が囁いている。

 篝太一なる魔女殺しは切り札をまだ隠し持っている。

「待機中のコクーン各機に告ぐ」

 万が一を想定しての指示を各OSGに送る。

 現状では魔女に抵抗することは可能でも、魔女に決定打を与えられない。

 魔女殺しに魔女を殺させる作戦は失敗した。

 上層部のタカ派の耳にでも入れば、二、三人程度の犠牲は容認しろと発破をかけてくるはずだ。

 エージェントに実行を命じるのは容易かろうと、行動の結果、生じるであろう被害を考えて強行すべきではなかった。

 不幸中の幸いなのは、都外への避難がほぼ完了している点であろう。

「特務大佐、警察から抗議の通信が入っています」

「本部に通信を回して、とびっきりの一二か国語でおもてなししてやれ」

 暇なものだと呆れるしかない。

 魔女殺しに検問を突破されたのは、そちらの失態が招いたことだとか。

 OSGの件に関しては一兵士の招いた結果であるが、検問を突破されたのは警察の責任でしかない。

「警察の動きはどうだ?」

 形の上で協力はしているが、警察の威信をかけてなんらかの行動を独自に起こす可能性がある。

「いえ、各所で検問を張っているのと、時折、火事場泥棒を捕まえたなどで真新しい動きは見受けられません」

 警察無線を傍受したオペレーターが答える。

 特殊急襲部隊の出動を視野に入れていたようだが、軍でも相手にならぬ魔女を急襲するのは得策ではないと警察上層部は出動を取りやめていた。

「ですが、篝太一の無免許運転、検問破りに関して後日、行動を起こすつもりのようです」

「腕のいい弁護士を当ててやれ。魔女からの緊急避難で片づくからな」

 たかだが公僕に魔女殺しを奪われる愚行は犯さない。

 気がかりなのは警察のみ苦情が来る点だ。

 首都を我が物顔で闊歩する魔女に対して首相官邸から何一つ連絡はない。

 静観しているのか、それとも国連加盟国故に<M.M.>の活動を黙認しているのか判断が割れる。

 政治家の抗議は来ているが、現政権と敵対する政党の党員だ。

「まあ、ただの高校生がフォークリフトを操縦できたなど夢にも思わないだろう」

 高遠とてその一人だ。

 侮っていたわけではないが、篝太一なる魔女殺しはこちらの予測を斜め上の行動で上回って見せた。 

 道理を無茶で破るように、常識を破壊する。

 例えるなら、魔女が非常識の規格外なら、常識の規格外だ。

「遅いな……当たり前だが」

 オフロードバイクでもフォークリフトでもない。

 人の手で押す台車の速度は当然、人の歩く速さと変わらない。

 灯京タワーまで三〇分もかからないだろうと、変わらぬ状況は神経に疲労と苛立ちを与えてくる。

「特務大佐、魔女殺しを追跡していたドローンが一機を除いて相次いで撃墜されています」

 オペレーターからの報告に高遠は渋面を作り報告を求める。

「現時点では不明です。ですが記録されたデータによればカメラの死角よりなんらかの物体が衝突したようです」

 魔女ではないのは明白だが、近隣一帯に魔女と魔女殺しの二人以外の反応はない。

 何者かが隠れ潜んでいたのか――よもや他国のエージェントか。

 考えられる事態だ。

 魔女殺しが誰か確定された時点で、<M.M.>本部に報告している。

 常任理事国の立場を利用して情報を取得、魔女殺しを確保するために秘密裏にエージェントを派遣したとしてもなんらおかしくはなかった。

「哨戒中のスカウト06より緊急連絡」

「繋げ」

 次から次に事が起こる。

 苛立つのが人間だが、事ある毎に苛立っていては指揮官など務まらない。

 ドローンが落とされた原因は回収すれば判明すること。

 まずはスカウト06の緊急連絡に耳を傾けた。

『こちらスカウト06、緊急事態発生! 一部の市民が暴徒と化し警察と衝突しています!』

「鎮圧は警察に任せろ。我々の仕事ではない」

『そ、それが警察の一部が暴徒と合流しまして、自ら検問を解き、封鎖地域へ招き入れているのです!』

 職務怠慢の問題ではない。

 暴徒を鎮圧する側が暴徒に墜ちるなど職務放棄も甚だしい。

 魔女災害の被害を一人でも減らすために灯京都外への避難を促し、完了したというのに血迷ったかと吐き捨てる。

「人数は?」

『確認できるだけで五〇人ほど。今後も増える可能性あり。あ、あいつら、トレイラーの荷台で運んでいます!』

 高遠は暴徒が発生した理由を見抜く。


 大衆は魔女が出現した情報よりも、魔女が死んだ結果を求めている。


 SNSでも魔女はどこだと騒ぎ立てる書き込みが目立つ。

 死んだ結果が一向に上がらないからこそ、痺れ切らし自らの手で魔女を殺すために立ち上がった。

 恐らく根幹にあるのは焼き付いた一〇年前の恐怖。

 蛮勇でも勇敢でもなんでもない。

 ただの自殺行為。

 OSGすら持たぬ身では死にに行くようなものだ。

「整備班、物資運搬用ドローンの用意を。対人装備を箱詰めして各コクーンに送り届けろ。待機中のコクーン各機は今より指定するポイントに対人装備を受け取り次第、大至急迎え。警察より暴徒が出た以上、<M.M.>単独で暴徒を鎮圧する!」

 暴徒の予測進行ルートは、灯京タワーにたどり着くと出ている。

 篝太一の言動を鑑みれば暴徒から身を挺して魔女を守りかねない。

『こちら整備班、了解だ。ピザのデリバリーより早く届けてやるよ』

『特務大佐、篝太一と魔女は放置するのですか?』

 整備長の頼もしい応答の後にコクーン02から当然の意見具申が届く。

 彼には行方不明となった01の指揮官代行を命じている。

 03同様、今なお連絡が繋がらない。

 作戦行動中行方不明Missing in actionか、戦死Killed in actionか、敵前逃亡及び脱走の無断離脱Absent Without Leaveか、情報がなさすぎるため判断が行えなかった。

「魔女が篝太一の制御下にあるならば保護はかえって逆効果だ。篝太一を保護するより暴徒鎮圧のほうが手っ取り早い」

 損得を織り交ぜて出した判断だった。

 篝太一は人質作戦を展開した<M.M.>に不信を抱いている。

 OSGの姿を見るなり魔女を操って過剰に防衛する危険性があった。

「いいか、最悪なのはその暴徒に魔女殺しが殺されることだ。魔法を無効する体質と言えどもそれ以外はただの一般人と変わらん。殴られれば死に、撃たれれば死ぬ」

 下手をすれば魔女殺しが魔女の眷属として暴徒に殺される。

 最悪の事態だけは是が非でも避けねばならない。

「魔女殺しは人類が魔女に対抗できる唯一の希望だ。それが人間に殺されるなど合ってはならぬ」

 魔女が現れる度に魔女殺しは必ずや現れた。

 だが、魔女を殺した魔女殺しを確保しようと、氷が溶けて蒸発するようにいつの間にか姿を消している。

 徹底した監視下にある密室内であろうとだ。

 魔女殺しを新たな魔女の切り札として投入できない。


 一体、魔女を殺した魔女殺しはどこへ消えたのか?


 最大の謎であった。

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