第40話 真実-タイカ
バエルより語られるのは灯京大火の真実だった。
「……一〇年前、第二三柱アイムは境界の修復を妨げられただけでなく、隣り合う男を救うべき人たちに殺され混沌を暴走させた」
隣り合う男――とはの疑問が太一の口から出るのを遮るように大地の記憶が流れ込む。
燃え盛る炎の中、泣きじゃくる魔女が動かなくなった男を抱きしめている。
殺されたのだ。
アイムを庇って。
魔女という理由で殺そうとした者を止めるも男の魔女してなぶり殺しにされた。
アイムは男と将来を誓い合っていた。
夢があった。
保育士となり小さき子たちの夢を支えたいという夢が。
男もまた将来、警察官となり町の平和を守りたいと、互いに夢を語り合っては現実にせんと切磋琢磨して勉学を重ねてきた。
男を奪ったのは戦闘経験など皆無の一般市民。
誰もが血縁、縁者、友人を魔女災害で奪われたことなどない。
魔女の姿を見たことも、魔女に襲われたことすらまた。
魔女とは人命奪う悪辣非道な悪魔であると学校や親から教え込まれてきた。
<魔女を見つけたらすぐおまわりさんに知らせましょう>
<悪しき魔女に正義の鉄槌を!>
などと様々な影響を受けた者の誰もが魔女は絶対悪である概念を形成させていた。
魔女は悪だ。
悪だからこそ殺されてしかるべきだ。
よって魔女災害を防ぐ方法があると説く男の言葉に耳を傾ける者はいない。
自分たちの行いは正義であり善。
魔女は殺せ。
魔女を守る男も魔女だから殺せ。
拳で、蹴りで、落ちていた石で、持っていた鉄パイプで――
魔女を守らんと覆いかぶさった男を魔女として殺した。
だがその市民もアイムの怒りに誘発された混沌により灰も残さず焼き尽くされる。
残ったのは怒りだ。
怒りは決して消えぬ炎となり灯京中を焼き尽くした。
そしてアイムもまた男の遺体と共に炎に焼かれて消えた。
「混沌は太極の源。その混沌は魔女と繋がっているからこそ暴走を引き起こすトリガーにもなる」
混沌を陰と陽に分けるには混沌と繋がる必要がある。
竜を追う者は竜となる言葉があるように、混沌を分ける魔女は時として自らが混沌となる。
魔女災害を誘発しているのが事もあろうに平和と平穏を願う人間であった。
救われない。
災害から救おうとしているのに、誰も理解しようとせず、一方的な怖気を抱いて我が身や大切な人を守るために正義の鉄槌を残酷に繰り返す。
それこそが悪意だろうと、抱く理由などなく、自覚する必要もないのが被害と悲劇を拡大させている。
「こんなのってないだろう!」
救われない。救いようがない。気づけば太一は両頬に涙を流していた。
「あなたは優しいのね」
バエルの声に太一は顔を背けて涙を拭う。
男の弱さを見られた気がした。
「男が泣くなんて言わない。誰だって泣くの。泣きたい時に泣かないと誰にも信頼されないわ」
それはまるで母親のような柔らかな優しさであった。
ふとつい最近、太一はその柔らかさをどこかで感じた記憶があった。
「きみは、誰?」
名は知っている。
知っているも魔女でも人でもない、なにかを直感的に感じ取っていた。
「そうね……今風に言えばあなたへのチュートリアルを行うインターフェイス役かな? 主な役目はこの太極の管理だけど。ベリアルが楽しさを求めて現に残ったように、太極に残ることで隣り合う男を導く者」
「寂しく、ないの?」
「たまに遊びに来ているから安心していいわよ」
ベリアルが横から口を挟む。
いつの時代からいるのか、敢えて聞かなかった。
いや――聞けなかった。
「さて、私が伝えることはもうないわ。後はただ彼女を修復点までたどり着かせるだけでいい」
「ま、待ってくれよ。僕はまだあなたに色々と聞きたいことが!」
隣り合うの意味、混沌の発生場所。
そして、未那が何故、魔女として選ばれたのか、解く方法は――
「なんでもかんでも他人に聞こうとしない。自分で行動して見つけ、そして考えなさい。実際、きみはそうして進んできたんでしょう」
バエルの声音は諦観から一転、かすかな希望を含ませていた。
「一人じゃ無理かもしれない。でも二人なら大丈夫よ」
太一の背中を押すバエルの声が、意識をこの世界から引き離していく。
「まあ、後はなにもないからね、楽しく二人を見守らせてもらうわ」
ベリアルは背中を撃たないと言いながら、背骨を撃つ性格の悪魔だ。
振り回された身として、太一は含みがあると警戒を抱かざるを得ない。
「ホントのことなのに、信頼ないわね~」
仰々しく肩をすくめるベリアルであった。
「それとね、なくしたものは返らない。でも 忘れたものは思い出せる。だから今は進んで」
意識が、白化する。
完全に消え失せる寸前、太一は蜃気楼のように歪んだ塔を目撃した。
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