第41話 魔女たる絶望を殺す希望


「太一!」

 目を覚ませば未那の泣き顔が大写しとなる。

 口周りの酸っぱい臭いが意識を呼び覚ます気付け薬となった。

「このバカ!」

 地に倒れ伏す太一は泣き顔の未那に胸を何度も叩かれる。

「OSG相手に無茶なんかして殺されるかと思ったわよ!」

 謝るべきではなかった。

 危険だろうと行動しなければ未那共々魔女として殺されていた。

 未那の装いは魔女のままだ。

 この状況下、男が勃ってしまうのは不謹慎だが、あの装いで堪えろなど生殺しだ。

「未那こそ、ケガは?」

「あんたのお陰でないわよ、バカ!」

 目尻を潤す涙を拭いながら太一を罵倒した。

「なら急いでこの場を離れよう。僕はどのくらい倒れていたの?」

「え、えっと、確か、クレーンのグルグルが止まって引っ張り出した後、かな?」

 ならば時間はあまり経っていないようだ。

 太一は口周りを服の袖で拭う。

 回り回された影響で嘔吐したのだ。

 口の中に酸っぱさは健在であるが幸いにも服は汚れていなかった。

 クレーン車のシートは見なかったことにしたい。

「さっきの戦闘でもう位置がばれているはずだ。増援が来る前に急いで向かおう」

「む、向かうってどこによ!」

 混沌や境界など、留まって説明するには時間が惜しい。

 だから太一は一言で説明した。

「魔女化を解くため灯京タワーに向かう!」

 白と黒の世界で垣間見た歪んだ塔。

 その塔を知らぬ者は都内にはいない。

 姿形は変わろうと建国時より役目を継承し続ける塔。

 空と海を行き来するものの道標であり、大火に晒されようとその身を誇示し続けた復興のシンボルでもある塔の名は――灯京タワー。

「ここの現在地は……」

 すぐさま現在地と目的地の距離を把握するため、太一はスマートフォンのGPSを起動する。

 オフロードバイクで走り続けたこともあってか、現在地は都心に近い。

「……まさか?」

 検索し終えた太一に一つの疑問が貫き走り、スマートフォンを凝視する。

 そして、バイト先で見た(見せられた)スパイ映画を思い出した。

「そういう、ことか」

 当初は優衣が<M.M.>に太一の情報を提供していたと思っていた。

 けれども、<M.M.>は国連に属する軍だ。

 隊を組まずして単独で魔女討ちに出撃するには危険すぎる。

「どういうことよ、太一?」

 未那の問いかけが届かぬほど太一は考察に深く没頭していた。

 ワンマンアーミーなど映画の話。

 優衣の矛盾と狂気の言動が確証を確信に至らせる。

「もしも~し、タイチ~」

 何故、<M.M.>が現在地に現れたのか。

 何故、警察が万全な待ち伏せを行えたのか。

 答えは手の中にあった。

「現在の釈迦の掌だ」

 将棋の駒が盤上から出られぬように。

 釈迦の掌から猿が出られなかったように。

 OSGを撃退しようと、<M.M.>から逃げ続けようと、篝太一は最初から現代の叡智に囚われていた。


 スマートフォンという多機能機器に。


「た・い・ち~?」

 考察から我に返った太一は、ほの暗い笑顔の未那に頬を抓られた。


「コクーン01、03の機体反応消失!」

「コクーン08の応答未だありません!」

 高遠は眉根をつり上げオペレーターに更なる情報収集の指示を出す。

 展開中のコクーン各機の中でコクーン01と03の機体反応が消失した。

 なんらかの非常事態が起こったと考えるのが妥当だ。

 コクーン08に撃退された可能性が過るも、OSGには友軍誤射フレンドリーファイアを防ぐためのシステムが組み込まれている。

 複雑に入り組んだシステムを一介の操縦士が解除できるはずがなく、仮に解除しようならば、安全装置としてOSGは機能停止する。

「特務大佐、国会議員が直接の面会を求めています」

「作戦行動中だ。追い返せ」

 警察発砲に対する抗議だろう。

 かの国連軍所属の<M.M.>が協力関係である警察に発砲した。

 意図か、事故か――パトカーに記録されたドライブレコーダーでは前者であることから、鬼の首を取ったかのように抗議に現れている。

 一部情報では<M.M.>から指揮権を譲渡される形で国防軍を動かそうとする流れもあるそうだ。

「票狙いのパフォーマー共めが!」

<M.M.>は国際連盟より派遣された対魔女部隊だ。

 魔女殲滅の使命において、国連に属する国は<M.M.>の活動を阻害してはならず、その活動を黙認せねばならぬと国連憲章にて定められている。

 仮に指揮権を譲渡する事態が起こりうるとしても、常任理事国の全会一致の採決が必要となる。

 だが発砲による不測の事態を<M.M.>本部に報告しようと、作戦を続行せよとの電文が送信されたのみだ。

「よし、コクーン01と03の反応が最後に――」

 調査指示を出しかけた高遠はオペレーターの緊迫した声に阻害された。

「コクーン08の反応を確認! まっすぐこちらに向かっています!」

 如何なる状況下であろうとオペレーターには冷静に感情を処理し情報を分析することが求められる。

 配属されたオペレーターは誰一人とて、それ相応の能力を持つのだが驚き方が尋常ではない。

「北北西の方向から直進しています!」

 一瞬、オペレーターの報告に疑念を抱いた。

 北北西にはマンションが立ち並ぶ住宅街がある。

 OSGに単独飛行の性能などあるはずもない。

 マンションがあろうとなかろうとまっすぐ突っ切っている。

「このままでは――」

 オペレーターが報告しかけた時、外より凄まじい衝突音が響き渡る。

「こ、コクーン、08……に、二〇〇メートル圏内に反応を、確認、しました」

 消防署から喧噪が噴き出してくる。

 司令室の外を警護する兵から緊急通信が届いた。

『特務大佐、お、OSGが、と、飛んできました!』

「OSGは飛ぶものじゃない。落ちてきたんだろうが!」

 高遠は不甲斐ない部下を叱り飛ばすなりトレーラーの外へと飛び出した。

 消防署のガレージに駐車していた消防車のフロント部にOSGが背中を埋め込んでいる。

 ガレージ内にけたたましい警報が鳴り響き、署員の誰もが巣をつつかれた蜂のように慌ただしかった。

「おい、お前、これはどういうことだ! OSGが飛んでくるな――」

「下がらせろ!」

 詰め寄ってきた議員を高遠は押し退ける。

 なお食って掛かろうとするも、兵士により阻まれた。

 抗議の怒鳴り声を上げているが、鳴り響く警報により上書きされる。

「おう、特務大佐さんよ、どうすんだよ、これ!」

 署員の言葉の意味に気づけぬ高遠ではない。

「搭乗者の拘束及び銃器はこちらで扱います。危険ですので下がっていてください!」

 決断は早かった。

 拘束優先。

 なにより露見されては不味い機密など何一つなかったことが決断を早めるきっかけとなる。

 ただOSGの銃器は安全装置が解除されたままだ。

 拘束に抵抗する危険性がある故、安全に配慮して消防署員たちを下がらせる。

「司令室、システムにアクセスしてOSGの全機能をロックしろ。蔵色一曹が抵抗する可能性もある。警備兵は拘束準備、整備班は三班に別れて搭乗者の解放、火器のロック、戦闘記録の解析を急げ!」

 各方面に指示を飛ばす中、高遠はOSGの頭部が塗料で汚れていることに気づき、腐ったチーズ臭に顔をしかめた。

「誰かと戦ったのは間違いないが……」

 全体の装甲に焦げがある。

 OSG全身を包み込むほどの炎で焼かれたのか。

 蔵色一曹が意識を失っていることが功を奏して解放作業は滞りなく終わる。

 そのまま身柄を拘束後、担架で医務室へと運ばれていく。

「特務大佐、見てください!」

 戦闘記録を解析していた整備兵からであった。

 ケーブルで繋がれたタブレット端末にはOSGの戦闘記録が映像として映し出されている。

「誰と戦ったか、わかったのか?」

 整備兵は困惑している。

 論より証拠だと映像を見るも高遠は言葉を失った。

「この少年は、篝太一……それに魔女か!」

 なによりも驚くべきは生身の少年が、現場にある物を使用してOSGに立ち向かう姿だ。

 魔女ならまだしも非常識だ。

 非武装で立ち向かうなど無謀すぎるが、この映像は高遠の疑念を確信へと至らせる。

「燃えていない」

 魔女の放つ炎がOSGを焦がそうと、拘束された篝太一は炎に包まれながらも一切燃えていない。

 熱さに悶えているようだが、それはOSGの腕部装甲より伝わる熱に悶えているだけだ。


 この少年は


 高遠は抱いていた疑念が確信へと変わるなり、胸の奥底より湧き出る興奮を抑えきれず、口端を無意識のまま歪めてしまう。


「展開中のコクーン及び潜伏中のエージェントへ。魔女殺しを発見した。繰り返す、魔女殺しを発見した」


 魔女を殺せる唯一無二の希望。


 魔女の使う魔法を一切受け付けぬ特異体質を持つ男。


 魔女災害を阻止する最大最強の切り札をついに見つけだした。


「魔女殺しは篝太一。繰り返す。魔女殺しは篝太一。これより我が隊は魔女殺しを確保するための作戦を開始する」


 指示を出す中、高遠は別なる思考を働かせていた。

 何故、敵同士である魔女と魔女殺しが仲良く一緒にいるのか。

 その理由がまったく読めずにいた。

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