第42話 篝太一包囲網
篝太一は魔女殺しと認定された。
高遠は<M.M.>極東支部特務大佐として、国際連盟のサーバーにアクセスする。
声紋、指紋、網膜etc…幾多の認証をパスして厳重に管理された機密ファイルを呼び出した。
<特定機密資料M号>
その中の特S級機密事項である。
機密中の機密であり第三者への閲覧及び漏洩は反逆罪が適用されるほど重要なほどだ。
常任理事国の大統領であろうとおいそれと閲覧できぬ代物である。
「ターゲットの位置は?」
篝太一個人を保護名目で確保しようならばいつでも行えた。
どこを移動したのか、現在地は、など涼木千草女史から保護の依頼を受け入れた直後に把握している。
ただ、一般人故、優先順位は低くされていた。
<M.M.>は対魔女部隊であり、なによりも優先されるのは魔女の殲滅だからだ。
完全に覚醒する時が不明だからこそ殲滅は最優先とされる。
今は違う。
篝太一は魔女の魔法を無効化する特殊体質だと判明した。
落ちてきたOGSに記録されたデータ映像は人類に降臨した希望だ。
高遠は特定の宗教を信仰していないが、神が悪魔を討つために天から授けたプレゼントなのだと錯覚してしまう。
「各位、状況を」
<M.M.>作戦司令部は覇気に溢れていた。
いや、ここだけではない。
OSG三機の損失があろうと、劣勢を覆せる希望を見つけたのだから、作戦行動中の部隊の士気はなお高い。
「ターゲットは南西方向、時速五〇キロの速さで移動中!」
篝太一は都心から南下した後、身を潜めるようにして裏通りを移動している。
OSG一機を撃退して油断しているのか、速度はあるも、その動きに警戒する様子はない。
「アルファ小隊はそのまま直進を」
「ベータ小隊は右折し、すぐさま左折を」
「ガンマ小隊は回り込んで待機です」
三人一組の各小隊がオペレーターの指示に従い行動する。
OSGを展開すれば早いも、場所が閉所だけにOSGの機能を充全に活用できない。
よって兵を直に送りこんで拘束するローラー作戦を展開していた。
「それにしても速いな」
移動速度が速すぎることに高遠は一切の不審を抱かなかった。
なにしろ、彼はオフロードバイクを無免許で運転しコクーン08が駆るOSGと逃走劇を繰り広げている。
平凡な高校生がどこで運転技術を会得したのか、経歴を調査しようにも、バイクのバの字もない。
運転技術の出所は、篝太一の拘束後、当人から語らせればよい。
「放置された自転車かバイクを勝手に運転しているのだろう」
オフロードバイクの前例を踏まえて、そう結論付ける。
ただ篝太一個人に抱く感想は一つ。
いたって普通、ごくごく普通。顔の傷を除けばありふれた普通。
普通でありながら、普通を逸脱した行動で窮地を脱し続けている。
それはまるで今ティーンに流行りの、ごくごく普通の少年が別世界や特殊な能力を得て活躍する創作作品に似ている。
能力を持った時点で、普通を逸脱しているのだが、高遠はその面白さを理解できなかった。
作戦行動に相応しくないと思考から切り捨てる。
「なんだと!」
篝太一の新たな動きに高遠は動揺を浮かべる。
「た、対象、壁面を駆け上がって飛び越えた模様!」
「壁の高さ、五メートル」
「アルファ小隊は追跡を続けてください」
「追跡を続けろ。絶対に見失うな!」
現場は路地が入り組んでいる。
土地勘があるのか、篝太一は三小隊の追跡と包囲を優に乗り越えていく。
追跡に気づいたからこそ、逃走に有利な地形に誘い込んだではないのか、と推測が過る。
現に各オペレーターの指示により行動している各小隊は翻弄されている。
「対象はビルの非常階段を移動中! あ、ああ、と、隣のビルに飛び移りました!」
高遠は即座にマップデータを拡大展開。
篝太一は非常階段を駆け上がったと思えば、二メートルはあるビル同士の間を飛び越えた。
運動能力から照らし合わせても非常識だ。
陸上選手ならば優に、四、五メートルは跳べるとしても、非常階段を駆け上がり、そのまま飛び越えるなど恐怖を感じないのか。
隣接するビル同士の幅は二メートルであろうと、ビルの高さは一五メートルを超えている。
魔女のせい――と口にするのは容易くとも、篝太一の体質が否定させる。
「対象はビルを飛び降り、路地に移動を開始」
「ベータ小隊、そのまま直進を……距離、一〇、九……」
回り込んだベータ小隊が死角を突く形で対象と距離を詰めている。
「今です!」
オペレーターは興奮を声に乗せては席から立ちあがってしまう。
モニターには篝太一の反応とベータ小隊の現在地が重なっている。
無事、拘束に成功したようだ。
「ごほんっ!」
高遠はわざとらしく咳ばらいすることで自制を促した。
興奮は理解できるが、オペレーターの役割は収集した情報を解析処理することだ。
現場の兵士に戦場全体を見渡せないからこそ、衛星や、周辺カメラ、無人観測機より収集した情報を整理し、現場に展開する兵士を伝達する。
そうすることが戦場での生存率を上げる結果に繋がる。
興奮や混乱など、感情に振り回されていては正確な情報を伝え損ねる危険性があった。
「す、すいませんでした」
気まずそうな顔でオペレーターの一人は席に座りなおす。
作戦司令部に忍び笑いが漏れた。
「気を取り直せ。本番はこれからだ」
高遠は次なる作戦に行こうせんとする。
篝太一に魔女を殺させなければ魔女の恐怖は終わらない。
「え、え……と、特務、大佐……べ、ベータ小隊長から緊急連絡です」
歓喜から一転、困惑を乗せた声音でオペレーターが報告する。
「通信繋ぎます」
モニターにベータ小隊長の顔が表示される。
『対象を確保したのですが……』
毒杯を飲み干したかのような苦々しい顔ときた。
論より証拠と言わんばかり映像は切り替わる。
『ふぎゅああああああああああああああっ!』
映像には対人拘束ネットに絡まった猫が全身の毛を逆立て、怒りを露わにしていた。
「ね、猫だと?」
見れば、猫の胴体には二台のスマートフォンがサランラップで包まれる形で固定されている。
一台は篝太一のだとすれば、消去法として残りは魔女のだろう。
「猫からスマートフォンを回収。次いでデータの解析を急げ」
してやられたと、無意識のまま高遠は舌打ちをする。
この舌打ちで作戦司令部内に緊張感が溢れ出す。
「いつから気づいていた?」
何処かに潜んだ篝太一に高遠は問いかける。
スマートフォンは電源が落ちようと微弱な電波を常時発している。
故に、内蔵されたGPSを利用して位置情報を容易に把握できるはずだが、篝太一は逆に利用してこちらを翻弄して見せた。
「データ解析完了しました」
スマートフォンは携帯するパソコンである。
ただの携帯電話との認識が強いが、腕のある者がハッキングをかければ安易に乗っ取れる側面があった。
今先ほど、オペレーターの一人が遠隔操作でスマートフォンのロックを解除する。
通信兵が所持する機器を介してスマートフォン内のデータが作戦司令部に送信された。
データの中に<M.M.>宛ての未送信メールを発見。
文はなくとも写真が添付されていることから開封する。
写真には〈バ~カ!〉と記されたプラカードを持った篝太一が中指を立てていた。
「こ、このガキ!」
高遠は思わず感情の制御を忘れてしまった。
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