第14話 燃ゆる家

 ――歩く速さをゆっくりと彼女に合わせながら――


「いや~満腹満腹~♪」

 未那は満足げにお腹を片手でさすっている。

 バイト先の店主、夏杏に無理矢理つきあわされる形であったが、おごりもあってか悪くない。

「今度は太一のおごりで行きましょう」

 このご時世では珍しく七輪に炭火と直火で肉を焼くスタイルの味は格別だ。

 上質のわりに値段がリーズナブルであることから来店者は思いのほか、多かった。

「瑠璃や先輩も誘ってね」

 一瞬困惑する太一だが、懇願する未那の瞳にただ苦笑するしかない。

「先輩はともかく舞浜さんと仲いいね」

「友達だから当然でしょう。瑠璃は私の足を見ても憐れみもしないし同情すらしない。ただ片足が動かないことに理解を示しただけ。後、話が合うってもあるわね」

 接点が未那を介してしかないため、太一は瑠璃なる人間をあまり知らない。

 ただ、少々怒りっぽい未那をなだめすかす姿はどこか花のような品があった。

「残念なことを強いて言うなら一緒に泳げないことかな」

 中学時代、テニス部のレギュラーであった未那の身体能力は高い。

 陸上なら松葉杖を必要とするが、プールなどの水の中では身体的ハンデは緩和される。

 根底には友達と自由に動いて遊びたい願望があるのを太一は知っていた。

「確か、泳げないんだっけ?」

「うん。小さい頃、船から落ちて溺れて以来、泳げないんだって」

 高校での水泳授業において常時見学であったのを太一はふと思い出した。

「泳げないけどスケートとかスキーは滑るのは上手いわよ。寒いところ出身だから小さい頃から慣れ親しんでいたそうよ」

 本好きの文学少女と思えば運動はそれなりの才がある一面を知る。

「あ、瑠璃のことだから太一の料理がいいとか言い出しそうね」

「なんで?」

「ちょっとばかし自慢した」

 にんまりと純粋な笑顔で返された太一は男心を刺激され黙ってしまう。

「よし、太一のおごりは変更。瑠璃や先輩を誘ってお花見行きましょう」

「花見弁当は僕が担当か」

 灯京都内の開花宣言はされていないが、太一は自然と心を弾ませてしまった。

「期待しているわよ」

 女の笑顔は反則だ。

 太一は内で苦笑するも、悪くないと思う自分を肯定していた。


 時刻は既に二一時を過ぎている。

 春休みの最中であろうと未成年であるため警察の厄介はごめん被りたい。

「さてと少し急いで帰りますか」

 腹は重いが足は軽い。

 街灯に照らされた歩道を歩く中、前方から歩行者と対面する。

 足先が街灯に照らされた瞬間、太一の中で既視感が走る。

 照らされ、露わとなった姿は一〇歳にも満たない少女だった。

「こんばんは、お兄さん」

 はにかみながら少女は太一に声をかける。

 逆の場合ならば事案発生。

 戸惑い気味に太一は足を止めてしまい、隣歩く未那が疑問を顔に浮かべて足を止める。

「どっしたの?」

 何しろ春とはいえ夜は肌寒い中、露出度の高い服装をしているからだ。

 燃えたぎる炎のような赤を基調とした露出度の衣服。

 端から見れば子供が無理してレースクィーンのような衣装を着込んでいる。

 けれども目の前の子供はパズルのピースのように当てはまるほど様になっていた。

「くすくすくす、急がないと全部

 立ち止まる太一の横を少女は通り過ぎる。

 すれ違った瞬間、すぐ脇の民家より電灯とは異なる明かりが揺れ動いた。

「えっ!」

 引き寄せられるように顔を向けた瞬間、太一と未那はほぼ同時に把握する。

 民家のカーテンが燃えている。

 人の気配を中より感じた太一は子供の姿を再確認するよりも先に民家へと飛び込んでいた。

「夜分すいません! 誰かいませんか!」

 インターフォンを押そうと、ドアを激しく殴打しようと応答はない。

 ボヤ程度で済めば万々歳だが、本能が違うと鋭敏に語りかけてくる。

 家の裏側へと回り込んだ太一は盆材が並べられた棚を背後に窓から室内をのぞき込む。

「だ、大丈夫ですか!」

 激しく燃える炎が倒れ伏す二人の男女を照らし出していた。

 テーブルの上が激しく燃えては煙を溜めこみ、炎が各所に飛び火している。

「くっそ、鍵かかってる!」

 緊急避難だと太一は庭先にあった植木鉢を一つ掴めば加減なく窓ガラスへと投擲した。

 破砕音が近隣に響き渡る。

 割った窓ガラスのロックを解除、勢いのまま開けば土足のまま室内に踏み込んでいた。

「な、なんて熱さだ!」

 踏み込んだ瞬間、歪んだ炎が太一の肌を照りつける。

 一般に知られる炎は赤いはずが、赤なのに黒と太一の目に一瞬だけ映り込んだ。

「息は、ある!」

 幻影だと片づけるのは後回し、誰よりも救助を優先とさせる。

 倒れているのは老夫婦だ。

 呼吸を確認した太一は消火よりも先にこの二人を家内から出す。

「未那より軽い!」

 当人が聞いたら憤怒しそうだという思考は今の太一にはない。

 先に女性を、次に男性を裏庭へと引きずる形で運び出した。

「た、助かった」

 太一は庭先に尻餅をつきながら胸をなで下ろす。

 燃え始めたばかりだからこそ、逃げ出せる余地があった。

 後少し燃え広がっていれば素人の太一には助け出すことさえできなかっただろう。

「み、未那、119! か、火事! しょ、消防、消防に連絡して!」

 遅れながら庭先に入ってきた未那に太一は早口でまくし立てていた。

「もう終わってるわよ! 住所込みでね!」


 流石はレスキュー隊隊員の娘。

 事態を瞬時に把握してくれたお陰か、対応は迅速だった。

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