第13話 魔女の定義とは魔女である

 魔女狩りにて処刑されたのは虚偽により魔女にでっち上げられた魔法など使えぬ人たちだ。


 厄災起こす本当の魔女が処刑されたとされる歴史書は存在せず、人々の平穏と暮らしを魔法で破壊する、もしくはしたとしか記されていない。

 世界で初めて、とあるならば歴史書に載っていようと世界で最初の魔女災害は、いつ、どこで起こったのか、一切載っていないのだ。


 理不尽と不条理を体現した魔女の正体は如何に?


 何処から現れるのか?


 何故、文明を破壊し続けるのか?


 博士号を取得した夏杏ですら調べきれなかったとなれば謎は深い。

「あ、あの……これは誰にも話していないことなんです」

 未那は声を潜めては夏杏に顔を近づけ囁いた。

「なんだい?」

「一〇年前の灯京大火のことで」

 他人に言うべきではないと今の今まで内に秘めてきた。

 だが相手が夏杏なら信頼して打ち明けることができる予感がした。

 身内の雇い主だとしても、信頼に値する何かが夏杏にはあると直感したからだ。

「あの大火の日、私は燃え盛る火の中を太一に背負われ、父に助けられました」

 あの日の出来事は昨日のように今でも鮮明に覚えている。

 燃え盛る炎の中、幼き身体を酷使して太一は諦めかける未那を背負って歩き続けた。

 太一の諦めない気骨はこの震災に端を発している一方で、安定を求めた目標が砂上の楼閣であった現実を知り、目標を持てなくなった原因でもあった。

「その時にですね、私、見たんです」

「なにを……――って詳しく」

 緩んだ顔から一転した夏杏は表情を鋭利に引き締め、未那へと近づけた。

 互いの吐息がかかるか、かからぬか絶妙な位置で周囲に聞き取られぬよう小声と小耳をたてる。

「魔女の姿です」

「それでよく生き残れたもんだね」

 感心するように夏杏は仰々しく頷いている。

 太一が目撃したかは定かではない。

 今の今まで誰にも話さなかったのは誰かに語ると死ぬ呪いを魔女にかけられたからではなかった。

「ええ、それで、ですね、あの時の魔女、泣いていたんです」

「泣いていた? 燃える人間が面白すぎて泣いた……ってわけじゃなさそうね」

「悲しそうな、顔、でした……何か大切なものを失ったかのような」

 悲痛に染まる顔は今でも覚えている。

 ただ合点がいかないのは、無慈悲な面で人命と平穏を奪う魔女が悲しい顔をした理由だ。

 魔女とは人命奪う悪辣非道な悪魔であると学校や親から教え込まれてきた。

 今でも<魔女を見つけたらすぐおまわりさんに知らせましょう><悪しき魔女に正義の鉄槌を!>など様々なキャンペーンが行われている。

「失った、顔ね……」

 夏杏が顔を不可解だと言わんばかりにしかめる。

 当然だろう。

 魔女は人命を奪う悪しき存在。

 平穏を破壊する人類の敵だ。

 その敵が悲しみの表情を出せるのならば何故、容赦なく人命を奪う。

 己が悲しみを感じられるのならば他人の悲しみも理解できるはずだ。

「ん~期待させておいて悪いが、さすがの私でもわからん」

 打ち明けても後悔はなかった。

 疑問は解けずとも夏杏なる人物に打ち明けたことで胸の内のしこりはとれた気がした。

「魔女が人の姿である理由を私は一時期研究していたけどね、結局、分からずしまいだったんだよ。本来なら残された映像とか写真で身元が割れるんだけど、それもなし」

 近年の通信技術の発達にて情報は悪事千里を走る以上の速さで伝達、拡散されている。

 震災時の救助と物資の要請、己のバカ自慢など善し悪し関係なく広まり、電脳世界の個人情報を守る壁など紙よりも薄く脆い。

 情報を守る法があろうとバカやる人物には戒めにすらならない。

 最後に行き着くのは己の素性を晒され、正義という名の行きすぎた制裁であった。

「そういえば魔女の家族とか聞きませんよね」

 国が情報統制を仮に敷こうと敷く頃には情報は拡散しているはずだ。

 目撃情報や写真、映像には必ずや魔女が出現した形跡は存在する。

 関わらず魔女の出自が一切判明していない。

「一昔と違ってネットがあろうとなかろうと警察は徹底的に調べ上げる。指紋に始まり血痕から繊維の一欠片、果てはタバコの吸い殻と真実につながる証拠はなんであろうと調べ尽くす。入念に足を使って調べ上げ、些細な足跡をすぐ見つけだす。それがいくら調べようと誰なのか分からない。魔女ほど不可解で理不尽な存在はないよ」

 謎が謎を呼び、さらなる謎となる。


 魔女とは何か?


 調べれば調べるほど謎を呼び、分からなくなる。

「結局、魔女ってなんなんですか?」

「それが分かれば研究なんてされてないし、魔女災害なんてのも未然に止められてるよ」

 要はお手上げであるとの諦観が夏杏の声に込められていた。

「その女が現れた場所は必ず災禍に呑み込まれる――これだけは確かに言えるね」

 未那はアイスティーをストローで口に含む。

 混ぜたシロップの甘みが口内で広がり、のどの渇きを癒す。

「本当に、謎、ですね……」

 魔女は確かに存在する。

 一方で魔女の正体は依然不明のまま。

 いや、謎の根幹は一つだ。

「何故、魔女は災害を起こすのか……」

 未那は合点行かぬ声で呟く。

 行動には何かしらの理由と目的がある。

 働くのは生活するため。

 走るのは急いでいるから。

 物を作るのは売るためだから。

 テロリストとて自らの主義主張を破壊行為あるいは暴力行為で認めさせんとする。

 一方で魔女には災害を起こす目的が見えてこない。

 犯行声明なし、予兆もなく突然現れ、その地を災害へと叩き込む。

 嘆き悲しむのならば失われる生命の悲しみと痛みが分かるはずだが、解せなかった。

「もしかしたら、魔女が災害を起こすのは大切なものを奪われた報復かもしれませんね」

 未那は理由に一つの仮説を立てる。

「ふむ、報復か……そういう仮説もあるか」

 仮説へと至らせる要素はある。

 一つ、一〇年前に未那が目撃した魔女は嘆き悲しんでいたこと。

 二つ、奪われたものに対して怒り、奪った者に報復を行うのは当然の感情であること。

「だが、魔女の大切なものとはなんだ?」

 夏杏からの指摘に未那は言いよどむ。

 大切なものなど人それぞれ星の数ほどある。

 魔女が奪われたものを仮説に組みきれなかったのは未那の知識が不足しているせいだ。

「都市一つをまるまる呑み込むほどの災害を起こす魔女が奪われたもの……魔女にとって大切なものは何か、大いに研究しがいがありそうだが……」

 区切った夏杏に未那は引き継ぐように述べる。

「魔女の正体、思考が判明していないため、その仮説は実証できません」

 結局のところ魔女の正体が壁となり振り出しに戻る。

 もし魔女になれるならば手っ取り早いのだが、災害を招く存在に堕ちるなどお断りだ。

 歴史を紐解くことで魔女災害を阻止する目的持つ者が、自ら災害を起こす存在になるなど本末転倒である。

「ところで、ふと疑問に思ったのだが?」

 二杯目のコーヒーを空にした夏杏は解せぬ顔で聞いてきた。


「勤勉少女よ、どうしてきみはあの時、炎の中にいた人物がだと分かったのかい?」


 アイスティーを飲むだけでなく言葉すら未那は止めてしまった。

 グラス内に残った氷が手の平を通じて未那の心の温度を下げる。


 魔女の定義とは魔女であることだ。


 魔女だからこそ魔女であり、人であるからこそ魔女ではない。


 脳内で整理した未那は呼吸するかのように言った。

「魔女だって一目で分かったからですよ」

「私が言いたいのは、どうして一目で分かったのかってこと」

「だって魔女は魔女じゃないですか?」

 誰であろうと魔女は一目見れば魔女だと見分けがつく。

 仮に質の悪いコスプレだとしても一目で偽物と本物を見分けられぬ者はいないだろう。

「確かに魔女は魔女だな………………悪いね、変なこと聞いちゃって」

 別段疑問を抱くことなく未那はグラス内のアイスティーを飲み干した。

 そして、今度は未那が夏杏に問う。

「どうして私のこと、勤勉少女とか呼ぶんですか?」

「なに、ただの第一印象さ」

「なら、太一は?」

「愛称を込めて少年さ」

 太一の顔立ちは凡庸を絵に描いた様であるため的を射ていた。

 もっとも顔にある傷が凡庸さを薄めてもいる。

「あ、勤勉処女のほうがよかった?」

 乙女であることは否定せずとも言い返せば負けだと未那は思った。

「よし、今度から少年を童貞少年と呼ぼう」

「絶対にやめてください!」

 感情の枷が緩いのはまだまだ乙女である証拠でもあった。

「ならば、少年から童貞を奪い取るがいい! 勤勉処女よ」」

「言われなくても――……はっ!」

 乗せられたと気づいた時には遅く、周囲から奇異ある視線を一身に受けてしまう。

「よし、焼肉行くぞ!」

 唐突な提案は未那から羞恥と困惑を蹴り飛ばしていた。



 件名:肉喰うぞ!

 少年、店を閉めて今すぐこの場所に来るように。

 制限時間以内にこないと減給だからね。

 プラスしてきみの幼なじみを肉と油にまみれた煙で燻すからな~!

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