第8話 夢
丁度、ガレージ前へと出た時だった。
「お父さん~!」
消防署に響く活発な娘の声にオレンジの隊員服の学人は振り返った。
「着替えとお弁当持ってきたよ!」
嬉しそうに駆け寄ってきた娘から、弁当箱と着替え一式が入った紙袋を手渡される。
愛娘の顔を見るなり夜勤の疲れが吹き飛んでしまうのは親バカだと自覚する。
「おお、済まないな、って今日は一人で来たのか?」
一八〇センチを越える身長で周囲を見渡した。
普段通りなら妻が同行しているはずだがその姿は見あたらない。
「今日は太一と一緒に来たよ、って太一~! 太一どこよ~!」
ただ娘の呼び声が消防署に木霊する中、ガレージ奥より子供の興奮した声がした。
「わああ、ロボットだ!」
父と娘は顔を見合わせずしてガレージ奥へと進んでいた。
「あ、太一いた! ダメでしょう、勝手に中に入って!」
「未那、凄いよ! あの時のロボットだよ!」
注意する未那を余所に太一の興奮は鎮まる気配はない。
動物園の檻のようなケージには、成人男性よりも二周り大きな宇宙服に似た、白と赤にペイントされたロボットが何体も直立不動の姿勢で収納されていた。
「こらこらダメだろう」
学人は内心困惑しながらも微笑ましい顔だった。
小さき太一の身体を抱き抱えれば、そのまま右肩へと乗せる
この子は世界が広がると肩に乗せるのをなによりも喜ぶ。
まだ小さい故、大人の肩から見える世界は新鮮なのだ。
「ここはおじさん以外にも人が沢山働いているんだ。それに機材とか車の出入りもある。わかるな?」
「……うん、危ないよね」
大人として何を伝えたいのか、子供ながら理解してくれたようだ。
待機中であるとはいえ、いつ出動する事態となるかわからない。
火災現場で燃え盛る火が何一つ燃やさず待ってくれるはずがない。
だからこそ有事の際、現場で迅速な救助を行うためには日々の訓練だけでなく、設備のチェックも怠ってはいけない。
実際、機材チェックをしていた署員の一人が困惑しているときた。
「おれの顔に免じてな」
不承不承の顔であったが伝わったようだ。
その目は批判ではなくしっかり面倒を見るよう釘を指す色相であった。
「ねえ、おじさん、このロボットってあの時、悪い魔女から助けてくれたロボットでしょう! 合体とか変形して、ズババアン! って魔女を倒すんでしょう!」
しょんぼりした顔から一転、男の子は興奮気味に問う。
この年頃なら興奮するのは仕方がないだろう。
子供の成長を促すのはいつだって未知が既知に変わる瞬間だ。
この場合、失望に近い既知であるが。
「ん~残念だが合体と変形はないな」
「え~ないの~っ!」
「もう子供なんだから」
すぐ隣で未那が腰に手を当てて呆れている。
この年頃は誕生日が少し早いだけでお姉さん振りたくなるのは致したかない。
学人は子供たちに微笑ましさを抱きながらケージ内のロボットがなんなのか言った。
「こいつは
「おーばーしぇるぎあ? 鎧?」
通称、OSGであるがアルファベッドはまだ難しいので省いた。
「鎧って、
「そう鎧なんだよ」
「ロボットじゃないのか~」
動かすのは中に入った人間である。
子供だけに凄いエネルギーで動くかと想像するだろうが、残念、電池で動くオモチャと同じように電気で動くと付け加えればやはり落胆する。
落胆する気持ちは分かる。微笑みながら学人は続けた。
「これはみんなを守る鎧なんだ」
「みんなを?」
「そう、この鎧はすんごく頑丈で燃える火の中や凍える雪山、果ては宇宙でも活動できる凄い鎧なんだぞ」
太一の落胆した目に輝きが戻る。
もっともこの署に配備された機動攻殻は
上が灯京大火を契機に防災対策として全国各地に配置を促した。
本来、兵器として誕生したのだが、それを子供たちに告げるのは時期 早々であるため口を噤む。
力は所詮力、使い方で善にも悪にもなる。
人の命を救う職として、この力を人命救助にだけ使うべきだと思うのは親心か、それとも職業病か、学人は答えを口に出せなかった。
「僕も操縦できる?」
「ん~遊園地の身長制限クリアできるかな?」
「あっ……」
非番の日に子供たちを何度か遊園地に連れて行こうと、身長制限のあるアトラクション――ジェットコースターなどには乗ることはできない。
勘の良さは親友に似たようでなによりだ。
余計な説明を付け加えなくていい。
この子は直感的に物事を良い方に導く才覚がある。
ただ今は幼い故に知識と実力が未熟だ。
片方だけではいけない。
成長しようと片方しかなければ将来、対処を見誤るだろう。
「こいつを操縦するには特殊人型重機二種という特別な免許が必要なんだ」
「お父さんはそれ持っているの?」
「もちろん。これがないとみんなを助けられないからな」
「おじさんすごーい!」
学人は肩に乗せた太一の重さを感じ取った。
子供というのは本当に成長が早い。
つい先日まで軽いと思っていたのが今は重く感じている。
これが命の重さだと生まれた娘を抱き抱えた時と同じだと気づく。
「お父さんどうしたの?」
「いや、なんでもない」
娘の顔立ちは妻にどことなく似てきている。
ただ性格はどうも父親に似てきている。
負けず嫌いで諦めず目的に進む姿はどこか若い頃と重ねてしまう。
目的を優先するあまり他が見えなくなる不安がある。
学人が無二の親友や生涯の伴侶を得たように、互いに競い合い、支え合う者がいれば乗り越えられるだろう。
「変なお父さん」
将来、男と見込める子供が肩にいる。
大丈夫だ。
ただどう成長するかはより良き未来に可能性を抱きたい。
「よし、お父さんはそろそろお仕事に戻らせてもらうぞ」
「うん、お仕事がんばってね」
太一を肩より下ろせば学人は子供たちの頭を優しくなでた。
「母さんに弁当ありがとうって伝えておいてくれ」
「……うん、伝えておくね」
携帯電話のメールで伝えるのは容易い。
だがそのお礼はどこか薄っぺらく軽く感じた。
言葉をデータではなく言葉そのもので伝えてこそ温もりを伝えられると思っているからだ。
「太一」
「わかっているって」
子供二人が互いに顔を見合わせては内緒話をしている。
親としてイタズラを仕込んだという顔ではないがどうも腑に落ちない。
「お弁当、残らず食べてよね」
娘のこの一言で学人は父親として、なるほどと気づく。
「お父さんが好き嫌いないのは知っているだろう?」
こみ上げる嬉しさを抑えながら学人は言う。
「絶対、絶対だよ!」
「おう、絶対だ」
「なら、約束っ!」
娘が小指を差し出してきた。学人は自らの小指を絡める。
「ゆびきりげんまん、嘘ついたら魔女の針、千本の~ます!」
「……ん?」
太一は本を枕に寝てしまったと目覚めるなり気づく。
うつ伏せのまま布団の中で本を読んでいたせいか、身体の各所に痛みが走る。
不覚醒の思考の中、太一は身体の各部を軽く動かせば背伸びをした。
「変な夢だったな……でも懐かしかった」
まだ未那の父親が健在だった頃の夢。
ただ視点が学人という不思議な夢であった。
「ああ、そうか、昨日の夜、未那から借りた魔女史学の本を読んで寝てしまったのか……」
秒刻みで眠気なる霧が晴れていく。
そして、借り受けた本の内容を思い出していた。
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