第11話 火種―ウワキー

 常任理事国。

 正式名称は、国際連合安全保障理事会常任理事国。

 世界の平和と魔女に対する人類の安全の維持に重大な責任を持つ主要機関である。

 国際連合の中で事実上の最高意志決定機関。

 その中で五カ国に恒久的な地位が持たされていた。

 一つ、太平洋にある大陸の北半分を統べるヴィランド自由主義合衆国。

 二つ、火ノ元より西、広大な大陸の西半分を統べる人華じんか民主共和国、通称、人華。

 三つ、欧州大陸の北西岸に位置する島を中心に成り立つブリタニヤ連合王国。

 四つ、西欧州大陸に位置する単一主権国家、フランセズ共和国。

 五つ、欧州より東、広大な大陸の北部にあるロマノシア連邦国家。

 二度目の魔女との世界大戦の折り、この五カ国は人類の中核を為して魔女との戦争に勝利する。

 常任理事国の席を与えられたのもこの功績があってこそ。

 今日では、如何にして魔女災害より人命と財産を守るかを使命とし、重大な責務を抱いて世界のために動いていた。


「と、書いてあるけど、本当かしらね~」

 涼木未那は書籍に記載された欄に首をひねる。

 人類の敵として、襲われ、撃たれと災難を味わった身。

 懐疑的になるのは必然である。

 検査入院生活は一〇日が経過した。

 当初は検査検査の連続に辟易していたが、ここ最近の検査は精々、検温程度だ。

 不自由であった右足がある日を境にして自由に動くようになった。

 その日とは、第二次灯京大火の鎮火時間。

 災害現場近くにいたからこそ、検査名目として何度も調べられ続け、異常なしの連続に辟易とした。

 異常がないのなら退院したいのだが、残念にも許可は下りずにいる。

「あ~暇ね~」

 ベッドに仰向けとなった未那は本のページをめくりながら、退屈な猫の尾のように両足を揺らしていた。

 退屈であるが悪くはない。

 うるさい検査と監視カメラに目を瞑れば、三度の食事に、テレビやインターネットは見放題。読みたい本があれば用意してくれる。魔女史学の道を志す身として図書館にない本を読める現状況は大変喜ばしかった。

「あ~太一のご飯が、食・べ・た・い~!」

 読んでいた本を閉じた未那は、身体を反転させてベッドの上で叫ぶ。

 病院の食事は悪くないのだが、やはり舌に合った料理が食べたい。

「あいつは今頃何してんのかしらね~」

 先に退院したことに不満あるも、それは病院側に抱く感情であって、太一に矛先を向けるものではない。

 バイト先にいるか、それとも家にいるか、どちらかだろう。

「はてさて、太一に何作って……ああ、そうか!」

 未那は閃くなりベッドから飛び起きた。

 別段、退院してから自宅で太一が手料理を振る舞う必要はない。

 入院中だからこそ、病院で振る舞えばいい話ではないか。

「まあ許可とかメニューは病院と要相談って事で」

 人の欲望に底はない。

 食べたい欲望を抱くなり、太一にどの手料理を振る舞わせるか、忙しなくメニューが脳裏に浮かんでくる。

 高カロリー? 食べ過ぎて太る? う・る・さ・い!

 未那は元テニスプレイヤーのスポーツ少女。

 運動量、摂取カロリー及び消費カロリーはしっかりと把握している。

 仮に食べ過ぎた場合、運動で消費すればいいだけのこと。

 動くのは好きだ。溌剌と汗の流すのは嫌いではない。

「運動か、ん~」

 未那は声を曇らせながら天井を見上げ、右足首だけを動かした。

 違和感はない。

 リハビリの一環で軽く運動を行えば、走ることも跳ねることも存分に行える。

 ましてや筋肉の衰えもない。

「テニス、か……」

 事故で断たれた夢が今一度再開できるチャンスがある。

 ブランクはあろうと、練習次第では取り戻せる可能性が高い。

 テニスを始めたのはただ単に楽しかったからだ。

 どこに落ちるかわからないボール、如何様なショットを相手は打つのか、その軌道は。

 相手の呼吸を読み、相手より先に動いて、ボールを相手フィールドに叩き込む。

 叩き込んだ爽快さは今でも忘れずにいる。

「昔の仲間が知れば誘うでしょうね」

 不幸な事故により選手生命を断たれた優秀なテニスプレイヤーが復帰する。

 話題性も十分だ。

 昔の仲間だけでなく、顧問やコーチが勧誘に動かぬ道理はないだろう。

「ん~」

 未那は困ったように唇をすぼませる。

 足が不自由だからこそ、行動ではなく知識で魔女災害から人々を救いたい。

 魔女史学を志した動機がテニス再開を渋っていた。

「両方か」

 魔女史学を学び続けるか。

 テニスを再び始めるか。

 二者択一である必要性はない。

 文武両道とあるように、勉学を重ねながら運動で汗を流すのは珍しくもない。

「ああ、そうよね」

 何故、片方だけなのか、悩む理由に未那は合点が行く。

 単純に太一との二人だけの時間がなくなるからだ。

「中学の時みたいにマネージャーは難しいでしょうね」

 昔と異なり、太一はアルバイトをしている。

 アルバイトとマネージャーの掛け持ちは難しいはずだ。

 何より未那としては太一の意思を尊重したかった。

「中学の時は引っ張りこんだみたいなものだし、私には私の道があるように、あいつにはあいつの道があるのよ」

 別々の道を歩むのは当然のこと。

 ただし、道は重なり隣り合うのは必然であった。

「まあともあれテニスを再開するかしないかは、退院してから!」

 未那は大きく頷きながら、打ち切るように両手をポンと叩き鳴らす。

 同時にスマートフォンもまた着信音を鳴らしていた。

 SNSのグループチャットが自動で展開される。


 海音あまね:は~い、ミナミナ、ご機嫌どうかな~?


 クラスメイトで友達の大葉海音おおばあまねからだ。

 彼女は見た目ギャルぽく、とにかく明るい性格でクラス内のムードメーカー的存在。

 楽しければそれでいい楽観主義の面が強いも、クラスの誰もが陰口を叩くのを聞いたことがない。

 学校とクラスは同じでも家は互いに反対方向にあるため、春休みの間は精々SNSでの連絡に留まっていた。


 未那:ご機嫌とかどういうことよ?

 海音:ふむ、ってことはご機嫌は曲がらず真っ直ぐってことね。

 未那:どういうこと?

 海音:ん~ミナミナ、今お家?

 未那:ううん、病院、ちょっと検査で入院してる。

 海音:ってことは篝っちはいないのね。

 未那:何であいつが出てくるのよ?


 論より証拠と言わんばかり張り付けられるはURL。

 いぶかしみむ未那は張られたURLをタッチ。

 心太シャツを着た外国人男性の動画が再生された。


 海音:という訳なのよ。流石は篝っち。あたしだったらどう話せばいいか躊躇する前に逃げ出してたわ。

 未那:あいつらしいわね。

 海音:それでこの話には続きがあるのですよ、未来の奥様。

 未那:だ~れが未来の奥様よ。そんなこと言うと結婚式に招待しないわよ。

 海音:あらあら、怒らないとなると、やはりお二人はそこまで行かれたのですか?

 未那:もう瑠璃みたいにからかわないでよ。

 海音:うふふ、ルリリから、デートしている写真見せてもらったからね、まさかと思ってカマかけたけど大正解だったみたい。

 未那:瑠璃ったら、いつの間に……。

 海音:第二次灯京大火の後かな。スクープとかで写真が送られてきたの。

 未那:敢えて聞くけど、それは海音だけに?

 海音:残念、クラスの女子全員!

 未那:瑠璃、あんたは何てことしてくれたの!


『未那さんをクラスの皆さんで応援せずして何をしますか?』


 デート写真を撮られた時の瑠璃の発言を思い出す。

 親友はとんでもない爆弾をクラスメイトに投下してくれた。

 ただ事実確認の連絡が未那に殺到しないのは、微笑ましく見守る密約がクラス内で結ばれているのか、当事者故に把握できない。


(あの後、魔女化したり、殺されかけたりバイクで逃げたりとてんやわんやだったから、瑠璃に釘刺す機会がなかったのよね)

 検査入院もまた事態把握を遅らせるファクターとなった。

(それに、存在を一度消されたせいで、瑠璃、私を魔女だと認識して突き飛ばしたから、なんかこう……元に戻っても顔を会わせ辛い)

 親友に拒絶されたのはショックだ。

 あちらが突き飛ばしたのは魔女であって、親友ではないとしても、突き飛ばされた側としては、確かな痼りとして残っている。


 海音:それでお礼言いたいから篝っち探しているぽいんだけどさ~。

 未那:今度も動画?


 新たに張られるURLを未那はタッチする。

 動画ではなく、写真であるが、写る二人の人物に未那は表情を凍てつかせ、眉根をひくつかせた。

「誰……コノ、オンナ?」

 写真に写る一人は篝太一当人。

 問題は、太一と手を握りあう見慣れぬ外国人だ。

 目線から盗撮されたのは明白であり、SNSでは善意で居場所を知らせる写真が数多く投稿されている。

 銀髪から火ノ元の人間でないのは明らかでありながら、既視感が未那の脳裏で軋みを上げる。

 いつも会っている。気軽に会話している。仲がいい。

「ど、どういうことよ?」

 自分はこの銀髪女を知っている。

 知らないはずなのに、知っているなど困惑しか浮かばない。

 何よりも太一と嬉しそうに唇を綻ばせて手を繋ぐ姿が、未那から困惑を焼き尽くし怒りをこみ上げさせていく。


 海音:お~い、ミナミナ~?

 未那:教えてくれてありがとうね。

 海音:もしかしてご立腹ですか?

 未那;ええ清々しいほどよ。

 海音:そ、それでどうするの?

 未那:どうするも、こうするもね~うふふ、あははははっ!

 海音:ミナミナ落ち着いて、篝っちに浮気する根性なんてあるわけないじゃないの! あたしがミナミナに教えたのは浮気とかそういうのじゃないの。篝っちのことだから、パスポート見つけたみたいに道案内していると思ったのよ!

 未那:うん、そうよね。けど、あいつ、押されると倍にして押し返す時あるから、気をつけないと……うん、そうね。


 太一のことだ。

 銀髪女に迫れたからこそ、迫ってしまった。

 見ず知らずの女と仲良く手を繋ぐ根性など本来の太一にはない。

 あり得る。起こり得る。

 見た目モデル顔負けの美貌と来た。

 一言でむかつく、二言で許さない。

 浮気か否かは未那が判断することだ。


の奴、人の男盗ろうとしてんじゃないわよ!」


 無意識が未那に本質を走らせる。

 無意識が故に、当人は意味に気づかず、ログのように記憶されることはない。


 未那:ちょっと出かけてくるわ。

 海音:え、今入院してるんでしょ?

 未那:な~に、ちょっと外出するだけよ、ちょっとね。


 浮気か否か、確かめる方法は簡単だ。

 当人を捕まえ、白状させればいい。

 方法?

 手段問わずして、如何にして真実を問おうか。


 浮気する男に逃げ場などないと思い知れ!

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