第32話 後輩を殺す先輩:後編
発砲の残滓が鼻孔を不快に突き、肺に入ったことで太一はむせる。
硝煙でむせるとはこのことだと、出力してくる余計な思考を打ち切った。
「対象の遺体を確認」
マガジン内の銃弾を撃ち尽くした合図として、銃身が後退したまま止まるスライドストップを起こしている。
優衣は手慣れた手で装填されたマガジンを排出すれば、腰元のホルダーから出した予備マガジンを装填した。
カチャと金属のスライド音が室内に木霊する。
「くっ、くうう!」
太一は拘束から解放されようと、額を畳にこすりつけるようにして嗚咽を堪えていた。
「あとで先輩がハグで慰めてあげるから」
かわいそうな後輩だと同情の目線が太一に突き刺さる。
身勝手な同情だと吐露しないのは爆発寸前の感情を抑えているためだ。
「魔女の遺体」
優衣の行動は結果として独断専行となったが、魔女を仕留めることに成功した。
太一の身柄に関しては魔女に囚われた人質として保護したとすれば問題ない。
そういえば、この家に侵入する前、上官からの通信を受信したが電波状態が悪かったのか、よく聞き取れなかった。
誰かを確保しろ、とまで聞き取れたが、誰かまでは分からない。
ともあれ世の中、結果が全てだ。
結果が出なければ大衆は不満を抱き、上から予算は下りることはない。
災害を起こす前に魔女を殺せたのは大金星だと言える。
表彰される可能性が高かろうと、これを契機に装備と人員の拡充を行って欲しいものだ。
そうすればもっと多くの人々を魔女災害から救える確率が上がる。
「魔女よ、お前の流す血は赤いのか?」
皮肉混じりに謡いながら優衣は押し入れの扉をスライドした。
当然、万が一を想定して引き金を即引けるようにしたまま。
「え?」
開かれた押し入れの中には魔女などいなかった。
玩具らしき物が散乱しており、確かに人が押し入った痕跡はある。
あるも、弾痕があるのは収納されていた玩具だけであり、肝心な魔女の姿が見当たらない。
「まさか、魔法で!」
魔女だからこそ辻褄が合う。
今頃、放たれた地にテレポートしたのだろう。
「うおおおおおおおおっ!」
一瞬だけ魔女の喪失に気を取られた。
裂帛の気合いの叫びが背後から響く。
振り返るよりも先に右手の甲に衝撃が走り、拳銃を離してしまう。
バールのようなもので叩かれたと気づいたのは背面から太一のタックルを受けた時だった。
「がっ!」
タックルで倒れた拍子に優衣は押し入れの縁に額を強打する。
視界が白く染まる瞬間、垣間見た。
本来なら壁で仕切られるべき押し入れの奥に人一人が通れるほどの穴が開いていることに。
「小さい頃、いたずらで開けた穴ですよ!」
トンネルごっこ~と言いながら未那と一緒に薄い壁に穴を開けた。
父親二人はわんぱくだと微笑ましく笑い、母親二人は顔色を変えて叱りつけた。
大人になって羞恥心を抱くようになったら息子を笑ってやろうと両親が修復せず、壁紙一枚で塞いでいた。
当然、穴は隣の部屋に通じていたからこそ、未那を逃がすことができた。
「どこまであなたは!」
太一は背後からのしかかる形で優衣の手を力の限り掴み、背面へと捻りあげる。
全体重を背中にかけ、足が暴れようと構わない。
純粋な格闘術を持つ優衣と素人の太一では実力差がありすぎる。
正面から分が悪すぎるからこそ、背後を取る搦め手を使用した。
「殺させないと言ったはずですよ!」
抵抗する女を無理矢理にも力で抑え込む背徳感が太一を蝕もうと気の迷いだと切り捨てる。
組み伏せられた場合でも抵抗する術を優衣が身につけてあるのは当然であり、振り解こうと身体を捻らせ、拘束から脱しようとしている。
素人一人で抑え続ければ自ずと綻びが生まれる。
「どうして、そこまで、なにが、あなたを、駆り立てるの!」
殺すべき魔女を守る理由。
災厄である魔女につく目的。
話の通じぬ相手が決して理解できぬことを問い質してきた。
当然のこと、太一は聞く耳を持たない。
「未那!」
隣の部屋に息を潜めていた未那が部屋に飛び込んできた。
不自由な片足を引きずったまま、手に握るのは縄製の縄跳びだった。
「この魔女が!」
「ごめん、先輩!」
未那は決死の顔で謝罪しつつも、太一が抑える優衣の手に縄跳びを巻き付けていく。
力の限り硬く結び終えるなり太一は抑える手を離し、暴れる両足の拘束に移る。
「ま、まさか!」
「そのまさかですよ!」
力の限り優衣の両足を太一が抑え込む間に、未那が別なる縄跳びで拘束する。
「太一、結び方は!」
「雁字搦めの硬結び!」
ゴルディアスの結び目のように、解くより切った方が早いとされる結び方。
未那がしっちゃかめっちゃかに手を動かし続けては両足が動けぬ形で固定する。
「できた!」
「は、離れろ、汚らわしい魔女が!」
優衣の絶叫に未那の表情が軋む。
一時のことだと忘れたくても、親しい身内だからこそ衝撃は深く、重い。
「未那、どいて……もういいから」
優しく諭しながらショックを隠し切れぬ未那を優衣から遠ざける。
「先輩、悪いけど、しばらく黙っていてもらうよ」
声でも出して助けを呼ばれれば面倒だ。
いや、現に救援を呼んでいてもおかしくはない状況である。
もう一本の縄縄跳びを取り出した太一は優衣の口を塞ぐ猿ぐつわとして使用した。
「んーんーふぐぐー!」
先輩として慕っているだけに太一の中で背徳感が優越感に変わろうとしている。
無抵抗の相手を縛り上げ、自分色に染め上げる。
なんという背信行為。
平時なら変態と罵られても致し方ない。
「あとは、これか」
悶える優衣の身体、ポケットなどを重点的にまさぐる太一はナイフや予備マガジンを取り出した。
「まさか、持って行くの?」
「いや、捨てて行く。危ないだけだよ」
バールのようなものも使い方次第で凶器なのだが、魔女災害警報が出ている以上、避難用具としての所持は認められていた。
問題は落ちている拳銃だが、太一は当然のこと一発も撃ったことがない。
更には映画で分解シーンを観ていようと分解する知識もない。
だが、使えさせぬことはできた。
「これで、いいかな?」
映画で拳銃の仕組みを知っていた太一は、リリーススイッチでマガジンを、次に銃身をスライドさせて装填された銃弾を輩出させる。
押し入れのおもちゃ箱から割れたおもちゃの破片を掴んで、銃口にギチギチと詰める。
銃としての機能、発砲を阻止するためだ。
銃身内部は銃弾を放つために綺麗な円形となっている。
もし、綺麗な円形にほんの少しの出っ張りでもあれば放たれた銃弾は銃口から飛び出すのを阻害されるだけでなく、発砲により生じた火薬の燃焼圧力を逃しきれず、内部から裂ける――つまりは暴発を起こす。
何故、口径も弾頭も分からぬ太一が知っているといえば、単純に、洋画で銃が暴発するシーンを見たからである。
似たようなシーンに残弾尽きた銃を銃口から地面に突き刺すことで、銃身を意図的に詰まらせ、敵に使用されるのを防ぐ自衛目的もあった。
これまた洋画で学んだことであった。
「まさかストレス解消でつきあわされた洋画に助けられるとは」
結果が全てだとしても虚しさは消えることはない。
その手の知識を親しき先輩に向けてしまったのだからなおのこと。
「よし!」
優先事項は何か、太一は己の頬を力強くひっぱたく。
まだ最後の仕上げが残っているからだ。
「未那、動ける?」
「な、なんとか、そ、それで、先輩はどうするの?」
未那の心配そうな目は太一ではなく、太一が抱き抱える優衣であった。
両手両足を縛られた優衣は口元をモゴモゴ動かしている。
言い分は聞かない。
反論も聞かない。
束縛が効いてくれれば良い。
「先輩には悪いですけど、しばらくそのままでいてください」
哨戒中の部隊に発見される危険性を鑑みて、太一は室内へと優衣を放置する。
畳の上を転がる優衣が抗議をあげているようだが無視をした。
「さあ、行こう、未那」
敵は部隊で未那を殺そうとしている。
優衣の場合、独断専行だった雰囲気があろうと、事態に気づく兵が現れてもおかしくはない。
「あんた、大丈夫なの?」
大丈夫、としか太一には答えられない。
いや、答えが一つしかない。
自分のわがままを通す。
そのわがままとは、未那を救うことに他ならないからだ。
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