負け続けたから知ったこと
私を襲った悲劇の原因はヴァンプリがすでに衰退期であったことだろう。どんなゲームも必ず過去になっていく。それは触れた瞬間に電撃が走るほどの衝撃作であっても例外ではない。日々新しいゲームが生み出され進化していく世界においては、何か新しい更新がない限り少しずつプレイヤーは飽き、ゲームから離れていく。私が始めた頃にはすでに最終更新から数年が経ち、熱狂していたプレイヤーも少しずつ減り、対戦サーバーには十数人しか残っていない頃だった。
元々が同人ゲームなのだから人口が多くないのは仕方がない。たとえそれがオンリーイベントの同人誌即売会が開かれるほどの名作であってもだ。一人また一人とプレイヤーが離れた結果、残っていたのは百戦錬磨の勝利を掴み続けてきた猛者ばかりだった。キャラクター全一(全国一位の略。正確な基準が決まっているわけではなく多くの人に支持されたプレイヤーがそう呼ばれることもある)クラスのプレイヤーが揃う中に意気揚々と現れた私はライオンの群れに放り込まれたウサギよりもか弱い存在だっただろう。
結果は惨敗という言葉も似つかわしくないほど散々だった。誇張ではなく千回負けた。記憶が正しければ千二百回負け続けたはずだ。たったの一勝もできずに、だ。手心を加えてくれているのが目に見えてわかるほどでも、目も手も追いつかない。私以上に対戦相手は緊張していただろう。これで彼もまた楽しみを見つける前に去ってしまうのではないか、と。
格闘ゲームブーム最盛期、連日ゲームセンターに長蛇の列ができるほどだった頃は格闘ゲームをプレイするだけで「資格」が求められるほどだった。つまりある程度強くなければ筐体に座ることすらできないまま、そこをシマにしているグループに追い出されるということだ。もちろん私はその頃のゲーム事情を知らないので話に聞いただけなのだが、この話はゲーム好きならば一度は聞いたことがあるだろう。
格ゲー勢は怖い。弱いといじめられて追い出される。灰皿ソニック(ストリートファイターのガイルが使用する飛び道具技ソニックブームのように灰皿を投げる行為。今やったらたぶん出禁)が飛んでくる。そういったイメージが今でも定着している。そんな話を知っていながら敗北が続くと、私は対戦相手の機嫌を損ねているのではないか、時間の無駄だと思われているのではないかという不安が身をついて回るのだ。
実際に格ゲー勢と呼ばれる身になった今、はっきりと言えることは、そんなことはまったく思っていない、ということだ。全体的にプレイヤーが減っている中、新しく始めようという気概のある初心者を格ゲー勢は心待ちにしている。プレイヤーが増えればそれだけプレイスタイルが増える。つまりゲームが楽しくなる。まったく同じ動きをするプレイヤーはいないのだ。必ず個性が出る。その個性と対戦することこそが格闘ゲームの最大の楽しみなのである。
長い連敗が続く中、私はそういった楽しみに少しずつ気がついていった。自分より強い、という事実は変わらないが、対戦相手が変われば得意なことも不得意なことも違う。使用キャラクターが同じでも行動が変わってくる。相手の得意なことに対して防御する手段を用意し、相手が苦手なことにつけこむように技を出す。そういうポイントを少しずつ増やしていった。
勝利、つまり相手の体力を0にしてダウンさせることが格闘ゲームの目的だが、それはたった一度の勝負ではない。お互いに技を繰り出し当てたり当てられたりしながら、何合もの競り合いを行なって、より多くの有利を手に入れた方が最終的には立っているのだ。つまり相手にダメージを与えたということはどんなに小さなものでもその一合においては私の勝利であり、それは素直に誇ってよいものだったのだ。
それに気がついてからは対戦するだけで楽しかった。戦績上では敗北の数しか増えていかないが、相手の体力が半分も削れるようになってくればもうそんなことはどうでもよかった。相手の考えていることを読み、それに対応できる技を繰り出す。もちろん精度は低い。目で見えていない時もあるし、やったと思ったことができていない時もある。コンピュータ相手なら落ち着いてできることも人間相手だと不思議とできなくなってくる。
コンピュータはフェイントなんてかけてこないし、ゲームの処理を利用したテクニックも使ってこない。私が苦手なことを分析して技を出したりはしないし、逆に私のよく使う技に対策をとったりしない。上手いプレイヤーはそういった私自身の癖を読み、見えないところで私の動きを縛っていたのだ。それがわかるとさらに私は格闘ゲームの面白さに惹かれていった。
相手が私を縛るならその行為を今度は私が縛ってやればいい。これを格ゲーでは「人読み」と呼んでいる。相手はこうしてくることが多いからそれに対策を打つ。対策された側はその対策の対策を打つ。これを繰り返していくと同じ相手との対戦でも少しずつ様相が変わってくるのだ。そして読み切った側が一合の攻撃の機会を与えられるのだ。
私は狂ったように同じ人と対戦を続ける日もあった。同じ日に三十連戦も五十連戦もした。対戦相手の十数人でも余るほどだった。全員違う人間がプレイしていてそれぞれにスタイルがまったく違うのだから。そして対戦に没頭し続けていたある日、私の戦績に初めて勝利がカウントされたのだった。
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