初心者狩り、という話

 初心者狩りとはみんなのトラウマである、というのはあまりにも説明不足だが決して間違っていないと思う。そのままの通り経験者が初心者を相手に一方的な展開で勝利することである。これはなにも格闘ゲームに限らずあらゆるゲームやスポーツ、勝敗を決める要素があるものにはつきものである。


 そもそも技術が介入する要素があれば経験や定石といった部分を多く持っている方が有利であることは間違いなく、勝利するのも自然な流れではある。しかしゲームという一種の遊びである以上、片方が不快になる要素は排除すべきというのが格闘ゲーム界での多数派の意見である。


 しかし、これが格闘ゲームという狭いコミュニティになると難しい問題になってくる。ゲーム人口が少なければ当然初心者の数も少ない。格ツクゲーともなれば数ヶ月に一人、新しく始めた初心者が来ればいい方である。そんなときその相手をするのは最低でも中級者、私くらいの実力がある相手ということになる。


 普段は連戦連敗が常の私であるが、さすがにまったくの初心者相手に負けることはない。普段の相手が強すぎるだけなのである。こうなるとどうやって戦えばいいのかわからなくなってしまうのだ。


 手を抜くというのは失礼だし、かといって相手にわからないように手加減するのもやったことがないせいでよくわからない。かといって一方的な展開で勝利を積み重ねればせっかくの新規参入者をみすみす逃してしまう。はじめてのネット対戦で緊張している初心者よりもこちらの方が緊張して手が震えるものである。


 自分の経験上では連敗しても格闘ゲームは楽しめるものだと思ってはいるが、万人がそうとは限らない。何度やっても勝てないから面白くないと思われてはいけないのである。


 こういうときに役に立つのが前に話したサブキャラということになるのだが、いかんせん今度は拙すぎてつまらないと思われても困るのだ。結局私の落としどころはときどき露骨に手を抜きながら残りは普通にやる、というあたりになってくる。チャンスを数度もぎとることができれば楽しさは十分伝わるだろうという願いを込めてのことである。


 それでもこれは傍から見れば立派な初心者狩りであろう。実際その後まったくサーバーに現れなくなるということも少なくない。定着しなかったか、と残念に思いつつまた新しく挑戦する人を待つしかないのだ。


 もう二〇年以上前になる格闘ゲームブーム全盛期であれば、新規プレイヤーなど何人叩きのめしても次から次へと出てくるので、ゲームセンター内では心無いプレイヤーによる初心者狩りが行われていたというが、ブームが過ぎ去った今、暇な時間に少しだけやる、などという感覚ではなかなか楽しめない格闘ゲームを始めようという人はごく少数である。


 先日カラーズパーティーからヴァンガードプリンセスに手を出してくれたプレイヤーがいた。カラパではかなりの実力者であり、私はめったに勝てないような相手である。それでも始めて間もないヴァンプリでは私が圧倒してしまった。そのくらい格闘ゲームは似ているようで様々に異なるシステムを持っているため、格闘ゲーム経験者といっても簡単にはいかないのである。もちろん自力の高さは端々から伝わってきて、私はものの数週間で追い抜かれそうな気がしてならないのだが。


 他の格闘ゲームをプレイしていると最初に負けるのは仕方がない、と割り切っているので気楽に戦っても大丈夫と思いつつ、なかなか気を遣うものである。


 無料ゲームとはいえ知名度の低い格ツクゲームに手を出す人は本当に稀である。初心者と対戦するとき、我々は割れたガラスを素手で触るような繊細な手つきを求められ、また細心の注意を払いつつゲームをしているのだ。初心者が狩られるとき、上級者もまた初心者に狩られているのである。


 乱数による運の要素が少ない格闘ゲームでは他のゲーム以上に初心者との差が明確にゲーム運びに現れてしまう。しかしたとえどこまでいこうともこれはゲームであり、名誉や賞金を賭けて争っているわけではない。それならばどんなときでも楽しむ気持ちだけは忘れないでいたいものだ、と少し昔を懐かしみながら思うのだ。

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