勝利を求めて

 負けているときでも楽しい。そういったのは嘘ではない。しかし一度勝利の味を知ると、二度三度と欲しくなってくるのが、格ゲーマーの悲しい性だろう。では勝てるためにはどうすればいいのか。それは練習である。


 格闘ゲームには乱数が絡まない、という話はしたはずだが、裏を返せば行動が成功すれば必ず相手に勝てる、ということだ。他の対人ゲームではよく起こること。たとえば相手の攻撃が急所に当たったから負けたとか欲しかったカードが山札から引けなかったから負けただとかいうことは格闘ゲームでは起こらない。攻撃が当たるかどうかはゲームの外側、つまり私と相手の腹の中の探り合いだけで起きる戦いなのだ。ではどうして格闘ゲームの強さは変わってくるのだろうか。


 それは幾度か登場しているテクニックの問題ということだ。複雑な操作を絡め、より多くの行動に対策をとれる行動ができれば、一合の競り合いで勝ちやすくなる。相手に最初の攻撃が当たった後、正確にダメージを与えるコンボが繰り出せれば一合の勝利で大きく相手の体力を奪うことができる。そして冷静に相手を分析できれば、より早い段階で相手の癖を読み取り対策に打って出ることができる。


 こういったことが少しずつ積み上がって、その結果私と上位プレイヤーとの間には簡単には埋められない大きな差が出来上がっていくのだ。


 そこまできて、私はようやくどうして格闘ゲームの攻略本やwikiはあんなにも細かく書かれているのかが理解できた。勝利に少しでも近づくために有効なことはあれほど多いのだ、と。もちろんすべてのプレイヤーがあの内容を暗記したりなどしていないだろう。だが、同じキャラクターの同じ技にやられ続けている。そんなときに詳細なデータと見ながら対策を考えるのに、あれほどありがたい情報はないのだ。


 戦う、負ける、情報とにらめっこしながら対策を考える。トライアンドエラーを繰り返す。対策を考えても実行できるとは限らないから練習する。練習できたら挑戦し、あっさりと対策を打たれて負ける。その繰り返しだった。ただ大きな壁にはね返され続けてはいるが、着実に成長しているという実感はあった。少なくとも何もできないまま敗北、ということは急激に少なくなった。そうなる頃にはもう相手がつまらないのではないか、という疑念も消え去っていた。あと一歩というところまで追いつめると、次の対戦では私がまだ知らなかったテクニックを使ってくる。あぁ、また一つこの人に近づいたんだな、という成長が感じられて私は楽しかった。


 対戦回数が増えて終わりが近付いてくると、私がまったく対策できない高難度の技を披露してくれたり、逆に少しも役に立たないテクニックを見せてくれたりもした。チャットでも発言するようになり、そのたびに質問に丁寧に答えてもらい、アドバイスをもらった。私はすっかりヴァンプリの魅力に取りつかれ、強くなっていった。


 今でも私の勝率はせいぜい二割といったところだろう。最上位のプレイヤー相手なら一割にも満たない。それでも対戦が嫌になったことはまったくなかった。執筆に追われ格闘ゲームから離れることはあっても、案外身に着けた動きは手が覚えているものだ。久しぶりに対戦してもそこまで勝率が落ちるということもない。私より後から始めたプレイヤーがすっかり私より強くなっていた、ということはよくあるのだが。


 この強くなった、と感じられる喜びも格闘ゲームの醍醐味だろう。敗北の中にも強くなったという感覚はいくらでも発見できる。とりわけ私は対空攻撃が好きだ。格闘ゲームにおいてはジャンプして相手の頭上を狙うことができる。リターンが大きく、隙あらば狙っていきたい行動でもある。そしてその対策として地上から上方向へ攻撃を繰り出し、相手を撃ち落とすのだ。対空攻撃で相手を落とすたびに私は内心「隙があると思ったか。見えてるぜ」とほくそ笑むのだ。三回対空が成功しても一度ジャンプ攻撃が通ればダメージでは逆転されてしまうこともある。しかし回数だけなら私の勝ちだ、などと勝手に思っていれば気分はまったく悪くならない。それに相手が対空を嫌がって地上から攻めてくるだけでも、怖がっているな、と優越感を抱くことができる。逆に対空を読んで特殊ガードされたり、うまく不意を突いてジャンプ攻撃を食らってしまうと、今のは上手かったな、と心の中で拍手する。


 格闘ゲームには対戦中の様々な場面で勝利を感じることができ、また相手の対策の上手さに感心することも出来る。ただこれはすべて勝利を目標に練習してきたからに他ならない。まったく何もわからないまま、ただ勝利という部分だけを見ていてはきっと理解できなかっただろう。格闘ゲームの魅力と面白さは勝利ではなく、勝利を求めるところにあるのかもしれないと敗北を積み重ねながら私は思うのだ。

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