月曜日「ウィークエンドロンド」4
彼女が中座して私達が取り残された。
ポチは相変わらず頭を働かせているのかどうかもわからない顔をしている。
「大変お待たせいたしました」
柏木先輩あらため同学年の柏木さんが、数枚の紙を持って戻ってきた。
「あなた方にやっていただきたいのはある事案に対する調査および報告書の作成です」
どこかでコピーしてきたようだ。
私の手元に二枚ある。
「意見箱に入れられたすべての投書について一応執行部は報告書を書かなければいけません。『お客様の声』と同じようなものと思っていただいて良いでしょう」
視線を落とし一枚目の紙を見る。
上の枠には『概要』とあり、丸文字で『調べてください』と書いてあった。
下には『詳細』とあるが読み始める前に彼女が息を吸うのが聞こえたので顔を上げる。
「今回あなた方にはこの投書にあった『幽霊騒ぎ』について報告書を書いていただきます」
「えらくライトノベルっぽい展開じゃないか」
すかさずポチが苦笑気味に突っ込む。
「私も同感です。 おそらくはいたずらの類だと思われるのですが決まりは決まりですので」
なんだか残念そうに柏木さんが言う。
「現在執行部は来月に行われる生徒総会の準備に追われています。そうでなければ私が報告書を作成するのでしょうが、私もすでに準備の一員として組み込まれてしまっているのです」
「本当は参加したかった?」
ポチのとりあえず聞きたいことは聞いてしまおう、というスタンスは正直ありがたい。
見習いたくはあまりないけど。
「そんなことは、決して、まったく、微塵もありません」
うん、確実にやりたかったんだろうな。
「これが、さっきの人が言っていた、縄張りを荒らしまくっているとかいう?」
「実際にはこの投書とごく一部で噂になっている程度です。物理的な被害も出ていないようですし、部員のほとんどが興味も示していません」
「じゃあ、なぜあの人はあんなことを言っていたの?」
芝居がかった先輩はかなりの問題であるかのように言っていたが、実はそうでもないらしい。
「あの人、御堂先輩は、そういう人だからです」
もっとも理不尽かつ、もっともわかりやすい解説だった。
「加えていえば、発端があの人の担当である吹奏楽団で始まったこともあるのでしょう」
あの先輩の役職は局統括なのだろう。
「しかし、それは理由をつけるための理由であって、全体の一割も占めないのでしょう。今後はそういう人だ、で接してください。みんながそうしています」
仮にも先輩である人に対する評価にしては、辛口だ。
「報告書の形式は自由でかまいません。調べました、というのがわかればそれで十分でしょう。締め切りは来週の月曜で、よろしいでしょうか?」
「今日を入れて八日、か。解決とかは?」
「幽霊騒ぎに解決が存在するかどうかに帰結すると思いますが、名目上報告書として提出すればそれでよいでしょう。それによって不利益をこうむる生徒は皆無でしょうから」
彼女はポチを見て同意を求める。
会話の流れからポチが主で私が副だと判断したのだろう。
「僕はわかった」
「私も」
釈然としないが、しかし追随するしかないのが今の私、というわけだ。
「ではお願いいたします。投書は匿名なのですが、目撃者のうち一名はこちらで把握しておりますので明日の昼休みまでには話ができるようアポイントメントを取っておきます」
「もう一枚は?」
投書を読み終わったのか、ポチが二枚目を見ていた。
私も投書をめくる。
二枚目には、A4用紙の真ん中に、
『生徒活動会規則第三条第四項第一号および生徒会執行部内規第二十二条第三項により、
上記期間、報告書作成のため調査活動中であることを証明する』
と書かれていた。
その上に、今日から土曜日までの期間が記されていて、用紙の一番下には、有明三智という名前の印字と、生徒会執行部長、という赤い判子が押されていた。
有明三智は、ありあけみち、と読む。
入学式でも挨拶をした、生徒会執行部の現部長だ。
「お守りのようなものです。他の部室へ行った際に不審に思われたり咎められたりした場合に見せてください。そこの部員が一名以上立ち会うことを条件に局を含めた部室に入ることができます。一年生はまだ顔が売れていませんので持っていると便利でしょう」
この紙が、他の部室の立ち入り許可証になるのか。
「では明日以降何かあれば私のところへ来てください。教室か、放課後はここにいます」
「うん、じゃあアドレスを教えておくよ。明日の昼にはその目撃者という人に会いたいし」
「あ、私もお願い」
ポチがケータイを取り出したのに遅れて、私もポケットからケータイを出す。
柏木さんは、両肩を後ろに引き、驚いた表情をしたあと、うつむいて、両手をごしごしとスカートにすりつけている。
「……私、男の人とアドレスを交換するのは初めてです」
「ああ、それは光栄だね」
さっきの行動は、照れていたからなのか。
そして申し合わせたかのように、互いのケータイごしに見つめ合う二人。
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