エピローグ「うそつきはうたうたいのはじまり」

エピローグ「うそつきはうたうたいのはじまり」



 札幌には昼過ぎに到着した。

 

 彼女の自称『幽霊事件』が一応の幕を閉じて翌日。

 適当な報告書には事件性なし、との記述があった。

 御堂先輩を犯人と報告したところで誰にもメリットはないからだ。

 

 それから僕たちは執行部に正式に入部することになった。

 おおむね予定通りである。

 

 一ノ瀬先輩はあれから音沙汰もない。

 今更深い付き合いがあるわけでもないし、これからも特に連絡をとりたいとは思わない。

 接する機会がなければ、何より幸いである。

 

 しかし幽霊の片棒を担がされるとは、先輩らしいというか、わかってやっているから厄介だよな。

 僕に嫌がらせをするためだけにあの短い時間で幽霊騒ぎを模倣するなんて思いついて実行するんだから、優秀ではあるんだけど、あの能力をもっと世界平和のために使ってくれないだろうか。

 これじゃ僕が巻き込んだのか巻き込まれたのかわからないので、彼女には少し申し訳ない気持ちだ。

 

 あれからなんやかんや、それらを省略した上で僕らは一緒にライブに行くため長距離バスに乗ってきた。

 しいていえば一時間半バスに閉じ込められても我慢できる程度の間柄にはなったということだ。

 

 これは進歩、進化といってもいい。

 鈍感になった、という見方もある。

 

 悪くなった血流をどうにかスムーズにするように、一歩一歩靴底の振動を確かめて歩く。

 やっぱり動かない方が安定するな、とどうでもいい感想を持つ。

 

 到着後すぐに彼女は大きな背伸びをし平然と荷物を僕に持たせ、断りもなくそこにしか道がないように前へ進んでいく。

 見なよ、傍若無人、失礼千万はこの目の前にあるぞ。

 ライブまで時間があったので、僕らは地下街を散策したあと雑誌に載っていたスープカレーの店で遅めの昼食を取った。

 粘性の高いカレーが好きな僕としては不満がなきにしもあらず、ただ彼女が辛さでしかめっ面をしながら全力で頬張っていたのを見られたのでよしとしよう。

 

 まあ、悪くはないな。

 悪くはない、ってことは、とても良いってことだ。

 

 ライブ会場には開場ぎりぎりに到着した。

 案外カジュアルな服装の人が多い。

 期待はずれというか、結構残念である。

 うなだれたふりをしつつ、視線を地上五十センチメートル付近に固定しておこう。

 

「ちょっとロッカー行ってくるから」


 彼女は僕から荷物を奪い、両手に抱えて会場外のロッカーへ走っていく。

 その後ろ姿をぼんやりと眺めているとケータイが振動した。

 彼女がまだ戻りそうにもないことを確認する。

 

『ひさしぶり』


 懐かしさや親しみがこもった男性の声だった。

 久しぶりとはいうものの、数週間前にも話している。

 会ったのは数か月前になる。

 

『元気だった?』

「うん」


 彼の名前は、賀茂武人。

 つまり、彼女の『お兄ちゃん』である。

 この一週間で彼女から『お兄ちゃん』の話を幾度となく聞かされていた。

 そのたび知らないふりで流してきたが、それについてはまったくの嘘である。

 

 僕は彼が元執行部であることも知っている。

 

『どう?』

「何が?」

『可愛いでしょ』

「誰が?」

『うちの杏』

「ノーコメント」


 僕が思うに電話の彼は彼女が思うような人間ではない。

 きっと、僕も彼女が思うような僕ではないだろう。

 それはうれしいような残念なような、曖昧でいくつかの感情が交差し糸を結んでいるかのような感覚だ。

 それが解けることはまだ期待していない。

 

『杏はどう?』

「気づいてはいないはず」


 僕は彼の依頼で彼女の側にいる。

 交差点で出会ったのも彼女を監視していたときに一人で道路に突っ込んだからで、執行部の部員の名前を知っているのは事前に調べていたからだ。

 

『君は?』

「相変わらず」

『うん、本当、君はまるで僕のようだよ』

「正直、それは心外だ」


 こちらの心の声を読みとったかのような言葉に軽く毒づく。

 この人、心配性なだけで悪い人じゃないんだよな。

 絶対に、良い人でもないけど。

 

「あ、戻ってきた」


 荷物を詰め終えた彼女が、軽い足取りでこちらに向かってくる。

 

『そう、じゃあ切ろう。杏のこと、お願いね。もちろん……』

「わかってるよ、そういう契約だからね」


 彼はまだ何か言いたそうにしていたけれど、それだけ言って、通話を終える。

 

 彼女の周りは嘘に満ち溢れている。

 彼女は僕を信じていると言ってはくれたが僕はまだ彼女に大きな嘘をついている。

 裏切っている、と言われれば認めるしかない。

 それでも、できれば彼女にはそのままであって欲しい、と願うのは身勝手な自己満足に過ぎないのだろう。

 

「もう開場するって」

「うん、行こう」


 最高に素敵な笑顔は、僕の胸の内側を優しく締め付ける。

 

 でも、これは覚悟していたことだ。

 痛くなんかない。

 

 もし彼女が僕のすべてを知ったら、どう思うのだろう。

 

 罵倒するだろうか。

 同情するだろうか。

 

 そして、僕はどちらを望むのだろうか。

 

 まあ、いいか。

 どうせこれは僕の物語ではないのだ。

 彼女の、彼女による、彼女のための物語なのだから。

 強くて弱くて、普通で特別な女の子の、物語。

 さあ行こう、音楽が鳴っている。

 



――such a beautiful girl like you.

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