土曜日「万能ガールは恋をする」4



 食後に私達は電車に乗った。

 駅で時刻表を見たけれど、やはり通学に使うにはちょっと本数が少なすぎる。

 ドーム状の駅はまだできてからそれほど経っていないらしく、狭いながらも小奇麗な待合室まであった。

 IC式ではないのは流石田舎といっていいだろう。

 

 電車は一両編成で、乗客もまばらだった。

 港をぐるりと回るような路線で、バスと同様に左側には常に寒々とした海が見える。

 学校の最寄りの駅に着き、そこから十分ほど大通りを直線に歩いて正門をくぐった。

 中央階段を上り、四階を目指す。

 途中二階で一度止まり、ポチが幽霊を釣り上げるときについた傷を丁寧に削っておいた。

 元々そこかしこに傷がついているのだから、これで万が一にも誰かに不審がられることもない。

 それから四階へ行きドアの前に立つ。

 ノックをして、返答を確認したあとドアを開けた。

 

 生徒会執行部。

 ここが最後の場所だ。

 部屋には、柏木さんと御堂先輩がいた。

 二人ともテーブルに並べられた書類をホチキスで留める作業をしていた。

 

「お久しぶりです」

「いらっしゃいませ」


 返してくれたのは柏木さんだ。

 御堂先輩は黙ってガチガチと書類の束を作っている。

 

 ポチから昨日の夜に柏木さんに連絡を取ってもらった。

 生徒総会に向けて二人でしなければいけない処理があるから部室にいる、ということだったので、午後に行くことを伝えておいた。

 

「座りますか?」

「いいえ、まずは話をしてからにします」


 柏木さんの勧めを断りその場に立つ。

 ポチは私の左側、視線を送れば見える範囲にいる。

 

 まず、簡単に高橋先輩の音楽室の件と、橘先輩の芝生の件の概要を伝える。

 一ノ瀬先輩とポチのケースは伝えていない。

 これは今のところ報告書にも載らない事件になる。

 私が何も言わなければ、どこにも存在しないのだ。

 

 弓道部員が見たものは、放送局、園芸部、生物部、弓道部が関わっている。

 それは偶然の連鎖で生じたものであり、月村さんの友達がたまたま見ていたから、橘先輩がたまたまその場に立っていたから起こった。

 芝生に残った粉はすでに園芸部が撤去している、ということも伝えておいた。

 肥料なのだから、多少残ったところで害になることもないだろう。

 

 音楽室のケースは、吹奏楽局、物理部、天文部、放送局が関わっていた。

 すでにプラネタリウムは故障し持ち帰られたのだから、同じことが起こることもないだろう。

 

「それでは、すべて偶然だった、ということですか?」


 柏木さんが念を押すように聞く。

 事件性がないので安堵をしているのかもしれない。

 

「いいえ」


 強く私が答える。

 

「正確には、すべては偶然、ですが、偶然を作ろうとした人がいます」


 柏木さんが私の言葉に、よくわからない、という顔で頭を小さく揺らした。

 

「私たちは、それが偶然であることを証明するために、一つ一つ、出来事の発端をさかのぼって行きました」


 それこそ逆わらしべ長者のようでもある。

 木曜日の早い段階でポチは可能性の一つとして幾人かの人に話を聞いていたのだという。

 答えがわかっていたわけではないうえに、私の機嫌があまりよろしく見えなかったために、確信が持てるまで言わなかったらしい。

 

「そして、ただ一つの結論にたどり着きました」


 昨日保健室で手当てをされながら、ポチは『たぶんだけど』と前置きをして話し始めた。

 

 それから考えを確認するために手分けをして残りの人物とコンタクトを取った。

 幸い二件ともに関わっていた橘先輩が放送室に残っていたため、糸を辿るように話を聞くことは難しくはなかった。

 部活動中の人は部を訪ね、それ以外はメールなどで連絡を取った。

 

 結果、物事が収束していくように、曖昧に見えた複数の証明が一気に一つに繋がっていくように、一箇所に集中していることに気がつく。

 

「行きつく先は生徒会執行部です」


 つまりは、ここだ。

 

「どういうことですか?」

「もっとはっきりと言えば、御堂先輩、あなたです」


 放送局に緊急放送のための調査をするように頼んだのは執行部だ。

 園芸部に肥料購入費の追加申請を、生物部との共同購入ならと許可したのも執行部だ。

 

「それは、私たちが執行部なのですから当たり前なのではないでしょうか?」


 反論するのも無理はない。

 柏木さんの言う通り、絶大な権力はなくても各部の予算執行を管理し、学校行事を適切に運営するための組織が執行部なのだから。

 

「そうかもしれません。でも、偶然にしては出来すぎている」


 そう、これは、偶然が続きすぎているからおかしいのだ。

 

「御堂先輩、質問です。執行部に入る前に別な部活に入っていましたよね。どこですか?」

「物理部だ」


 先輩は戸惑うことなく答える。

 

「では、プラネタリウムのスイッチ部分を製作した方を知っていますね?」

「それは私だ」


 すでに調べたのであえて聞いている。

 動揺するかもしれないと期待していた。

 結果は、無表情のままためらう様子もなかった。

 

「それでは、放送局の橘先輩が音楽室下の広場で作業をしているとき、スイッチが起動することがありえる、ということを知っていましたか?」


 これには先輩は答えなかった。

 代わりに、柏木さんがポチに質問をする。

 

「あなたも同じ考えですか?」

「可能性としては一番高いと思う。次に高いのは、執行部全員がグルだっていうもの。次は、『本当に偶然が重なっただけ』。でもたぶん最後のはありえない。彼女の言うように、こういうものを偶然や奇跡で片づけてしまっては、僕らは発展しない」


 僕ら、がポチと私を指しているのかはわからない。

 彼のことだから人類自体を指していてもおかしくはない。

 

「もし、執行部で行われた会議で、議事録を作っているのであれば、それを見せてほしいな? 巧妙に先輩が発言しているかもしれないから」


 ポチの発言は柏木さんに向けたものだったけれど、御堂先輩が目でどうぞ、と棚の一部を指す。

 軽くお辞儀をして、ポチが棚から議事録を取り出し、ぺらぺらとめくっている。

 

「でも、そんなに上手くいくものなのでしょうか?」


 柏木さんが言う。

 

「私にはやはり偶然にしか思えません。たとえ、藤元さんの仰る通り、始まりが執行部、御堂先輩だったとしても、そんなに都合よく行くとは思えないのです」


 私もポチの考えを聞いたときに、同じことを思った。

 例えば、音楽室の件を例に挙げたとしても、ざっと数えただけでも五人以上の関わりの薄い人たちが偶然のような行動をしなければいけない。

 その中の一人でも想定したものとは違う行動をしてしまったら、ちょっと時間をずらしてしまったら、それだけで事件なんて起こりようもないのだ。

 そんな細い糸のような可能性に頼るだろうか。

 言いがかりと言われても仕方ない。

 

 私の疑問に対するポチの回答は、実にシンプルなものだった。

 

「上手くいったものだけが今回報告されている、それだけです」


 それはまるで、たくさんのドミノ倒しのようだ。

 

 御堂先輩は、複数のドミノ倒しをし、最後まで途切れずに倒れ切ったものが、観測者である私たちの目の前にまるで偶然の産物であるかのように現れたのだ。

 

「報告されていないものがきっともっとたくさんあったのでしょう。そもそも仕掛けが機能しなかったものだって、それ以上にあったはずです」


 私たちが見たのは最後のドミノまできちんと倒れてしかも観測者がいたケースだけだ。

 それ以外は途中で止まってしまうか、最後まで行ったとしても誰も見ていないまま消えてしまったのだろう。

 厳密なものではなく人間の関わることだからそれこそ偶然が左右する。

 

「だから、誰も、『誰かが意図的に起こした』と思わなかったのです。誰もあなたが首謀者だと知らないまま、それぞれの役割をこなすことで、この『幽霊騒ぎ』を作り上げてしまった。どうでしょう、違いますか?」


 言い切ったところで、呼吸を整える。

 証明にもなっていない。

 違うと言い張られてしまえば、それまでだ。

 じっと目の前にいる二人を見つめる。

 柏木さんは、御堂先輩を斜めに見ていた。

 御堂先輩は目をそらさない。

 

 しん、と静まる教室。

 

 このまま、何秒待てばよいのだろうか。

 空気に耐えきれなくなってきたが、ポチに助けを求めたりはしない。

 こぶしに力を込めて、御堂先輩の言葉を待つ。

 

 さて、どうやって、先輩は反論してくるだろうか。

 

 一度、先輩が振り返り、柏木さんに何か視線で合図のようなものを送る。

 柏木さんはこくん、と頷いた。

 先輩がこちらに向き直って表情を変えず口を開く。

 

「仕方ない。ここで観念しよう」


 私の予想に反して、先輩が自白する。

 

「では、認めるんですね?」

「そうだ、私が、この一連の事象の計画者だ」


 ポチ程度には色々聞いてくるのかと思っていた。

 簡単に認めるのは想定外だった。

 

「聞くだけ無駄なのかもしれませんが、あえて聞きます。どうしてこんなことを?」

「言うだけ無駄だと思うが意味などない。いや違うな、意味を追求するほど集中していたわけではなく、偶然の起こりえる状態を作り出したらどうなるか、という実験だ」


 前半は私のオウム返し。

 後半は、先輩の動機だ。

 ここが御堂先輩と一ノ瀬先輩のはっきりと違う点だ。

 一ノ瀬先輩は実利を重んじ、自身のネットワークを乱されるのを嫌った。

 一方の御堂先輩は、『やってみたらどうなるのか』という単純な疑問を解消しようとした、それだけなのだ。

 

「バタフライ効果、というのを知っているかね?」


 先輩は問いかける。

 

「言葉だけは」


 昔どこかで聞いたことがあったような気がする。

 とはいえ、そんなことを話しそうなのはお兄ちゃんくらいなものだ。

 

「『ブラジルでの蝶の羽ばたきが、テキサスの竜巻を引き起こす』ですか」

「そうだ」


 一方で起こった小さな出来事が、めぐりめぐって全く違う場所で大きな出来事を引き起こす要因となりうる、といった意味だったと思う。

 将来は予測不能だという意味合いで使われることもある言葉だったはずだ。

 先輩はそれを地で行ったことになる。

 ただ今回は最初から結果に沿うような、でもそうと思われない小さな出来事を用意した、ということだ。

 

「どちらかといえば、『風が吹けば桶屋が儲かる』に近いような気がします」


 ポチが追加でコメントする。

 

「今回の計画に、どれだけの人が関わったのですか?」

「そうだな、大小合わせて百人くらいかな」


 迷いもなく、先輩が言う。

 横目でポチを見たが、特に表情は変えていなかった。

 

 今回、先輩の影響下で動いている生徒は、多く見積もっても五十人は超えないと思っていた。

 それが私の考えた範囲での答えだったし、ポチもそれについては否定をしなかった。

 しかしそれをあっさりと上回る数を、まるで玄関で靴を履き替えるくらいに当たり前に動かしてのけていたのだ。

 

「もちろん、柏木さん、あなたもですね。あなたはユートに執行部に過去の同様の記録はない、と言った。でも私は報告書は処分しないと知っています。先輩の単独犯で柏木さんが無関係なら、嘘をつく必要はなかったわけですよね」

「はい。ごめんなさい」


 素直に謝る柏木さん。

 こうして対面してみるとしおらしくも見えるが、彼女こそ情報を取捨選択して与えることで私たちを誘導していた人物に他ならない。

 

「まあ、楽しかったし、謝る必要はないよ」

「いつばれるかドキドキでした。ドキドキしていたのはそれだけじゃないですけど」


 そうまでして柏木さんの肩を持つか。

 しかも最後の部分は聞き捨てならない気がする。

 

「昨日のは、柏木さんが?」


 柏木さんがふるふると首を振る。

 

「じゃあ、先輩が?」

「怪我をさせてしまったことは済まないと思っている」

「僕らも、その計画の一員だったわけですね」

「いかにも」


 ポチの質問に、軽やかに返す先輩。

 

 結果的に、私たちが調査をする過程で噂が広まったことも事実に違いない。

 単なる噂ならまだしも執行部が調査をするほどの出来事という印象を与える目論見に先輩は成功した。

 その上、一ノ瀬先輩とポチによって、更なる幽霊騒ぎさえ起こしたのだ。

 

 ひょっとしたら、御堂先輩は模倣者が出ることすら予想していたのではなかったのか。

 

「なぜ私たちが?」

「行く先々で事件に遭遇する探偵役は、その存在がある意味事件の首謀者と言っても過言ではないのではないだろうか」

「答えになっていません」

「答えてないのさ。なぜなら君たちは、探偵役を演じたに過ぎないからだ。『なぜ』は無価値だ。君たちがいなければ柏木君を、あるいは新聞局を、放送局を担ぎ出していただけだ」


 先輩にとってはすべてが計画通り、筋書き通りの流れだったわけだ。

 結果的に柏木さんは仕掛け人に、一ノ瀬先輩は模倣者になり、橘先輩は被害者となった。

 誰が、ということも先輩には意味がなかった。

 

 ちらりと柏木さんを見る。

 柏木さんはどの段階から関わっていただろうか。

 月曜日に、私たちに会ったときからだろうか。

 そのあとだろうか。

 そしてそのことをポチは知っていたのか、知っていたとしたらいつからなのか。

 

「私たちが、今この場所にいることも、先輩の思うとおりですか?」


 一瞬の逡巡ののち、先輩が口を開く。

 

「考えていなかった」

「いなかった? 結末を、ですか?」

「ああ。すでに終わっていたからな」


 つまり、私たちが結論を出すかどうか、ここに至るかどうかは、瑣末なことだったのだ。

 スパイスの一種類でもないどころか盛り付けの器の色ほどの価値もないことだったらしい。

 

「目的は無くても、結果優秀な執行部員が二人増えた。これは副次的だが成果と言ってもいい」


 そうだろう、と言いたげに先輩は私とポチを交互に見る。

 私はポチと顔を見合わせて苦笑いを交わした。

 

「ところで」


 先輩が、そんなどうでもいいことはさしおいて、というふうにポチのほうを向く。

 それが重要なのか、犯人の最後はそう言わなければいけないとでも思っているのか、わざとらしく、重く、わずかに不安げな感情を混ぜてポチに尋ねる。

 

「君は、どこで気がついたんだね。君はもっと早くに気がついていたのだろう?」

「気がついた、そう呼べるかはわかりませんが、ありえない話ではない、と思ったのは、投書が理路整然としすぎていた時点からでした」

「それだけ、なのですか?」


 聞いたのは柏木さんだ。

 信じられない、という顔でポチを見ている。

 

「はい」

「じゃあ、最初から疑っていたってこと?」

「可能性は考慮していた。可能性は、高くても二パーセントもなくて、思いついた数十パターンのうちの一つでしかなかったから言う必要はないかと思っていた」


 すらすら、と暗記しているかのように述べる。

 

「推理に必要なものが書かれすぎていました。まるで一定方向に誘導するように、です。そんなに指向性の高い文章を書ける人間は少ない。全貌を最初から知っている推理作家くらいでしょう。もし、先輩が読み手のことを考えずに、散らかった文章を書いたのであれば、僕は疑いもしなかったはずです」

「そうか、以後気をつける」

「僕からもいいですか? 二つ確認したいことがあります」


 ポチが右手を顔の横に持ってきて、人差し指と中指を立てる。

 

「あの投書の字は、あなたの字ですか?」

「そうだ」


 どう見ても女の子、といった丸っこい文字だった。

 それが素なのか、誰かの筆跡を真似てかはわからない。

 もし前者だとしたら結構意外だと思う。

 

「わかりました」


 それ以上をポチは聞かない。

 

「もう一つはなにかな?」

「昨日の件ですが」

「あれは本当に済まないと思っている。まさか飛び込むとは思わなかった」


 素直に謝る先輩に、ポチはそうではない、と首を振った。

 

「いえ、あの前に、僕らが視聴覚室の前で見た黒いものですが」


 でも、正確には、僕ら、ではなく、僕が、の方がいいだろう。

 なぜなら私は見えなかったからだ。

 視力の問題かもしれないしタイミングや角度の問題だったかもしれない。

 ポチには時間がなくて言っていなかったのだけど、ポチが言ったような影は見えなかった。

 

「僕らが知っている以上に幽霊騒ぎはあり、先輩が仕掛けた中で動かなかったものもいくらでもあるでしょう。でも、僕らが見聞きしたものの中で昨日のあれだけが納得できない」


 先輩が柏木さんを見る。

 柏木さんもかわいらしく首を傾げただけだった。

 

「何の話だね? その時分は最後の仕込みをしていた。最後くらいは実行者の一人であっても構わないと思ったのだ。それが裏目に出たかもしれないが、今となってはどうでもよいだろう。しかし、私の知る範囲では動いている人間はいなかったはずだが。もちろん、影響しきれないどこかで何かが起こっていても不思議はないがね、もう収束しはじめていた。新しい種は蒔いていない」


 長々とした説明で、知らない、という先輩。

 先輩が全てを把握していたわけではなく、言い方を変えれば起こりうるかもしれない種を大量に蒔いただけなのだから、知らないこともあるだろう。

 むしろ、結果自体に興味がなかったのだからそれも仕方がない。

 しかし、その上でさえ先輩はポチが見たというものを知らないと断言した。

 

「杏さんも、見たよね?」


 横を向き、ポチが私に同意を求める。

 わからないことを不思議がっているというよりは、わけがわからないという表情だ。

 

「ごめんね。私、見えなかったの」

「いいや、そんなことはない。だって、まだいたんだから」


 必死に否定をするポチ。

 

「でも、見えなかったんだから」

「いや、まてよ、そんな、だとしたら」


 考えに耽るポチは、癖なのか下唇を指で摘む。

 じっと床を見つめて、どこか遠くに行ってしまったみたいだ。

 

「ポチ?」


 覗き込んで見ると、ポチがぽかんと口を開けて立ち尽くしている。

 

「どうしたの?」


 あ、の口をしたままポチは動かない。

 そのままゆっくりと私の方に寄りかかってくる。

 

「ちょっとちょっと!」


 なんとか後ろにまわりこみ、両肩を押さえて、床に激突しないようにする。

 

 さすがポチでも男の子、それなりに重い。

 

「ひょっとして」


 声をかけたが反応はない。

 立ったまま気を失い、重心がぶれて倒れこんできたのだ。

 

 となれば、思い当たる原因は一つしかない。

 あれだけ否定しておいて、ポチ、幽霊が苦手なのか。

 ひょっとして、紫桐さんが私に言った、『大変ね』というのも、私にではなくポチに言ったことだったかもしれない。

 彼女ならポチが苦手なものくらいは知っているだろう。

 

 このままいっそ手を離して廊下に叩きつけられれば目覚めるかもしれない。

 

 この一週間色々とからかわれたような気もするので、それくらいは許容範囲だろうか、と素敵な考えが浮かび上がっている。

 力を失った頭が重みを増して垂れ下がってくる。

 耐え切れなくなり、伸ばした私の腕も折れ曲がってくる。

 これ以上は支えきれない。

 

 ポチの頭と私のおでこはあと十センチ。

 ポチから、寝息とも思える、わずかな呼吸音すら聞こえる。

 そこだけ聞けば、なんとも平和な雰囲気がする。

 

 なんだか、これはこれで面白いかも、と思えてきた。

 この一週間、振り回したり、振り回されたり、お互い忙しかった。

 私は、接触寸前の頭をずらし、ポチの耳元に口を近づける。

 

「ばーか」


 ま、それもまた青春ってやつかもね。

 




――If Spring comes, can Love be far behind?

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