土曜日「万能ガールは恋をする」3
ふーん、と口を真一文字にして、鼻から息を漏らす。
「まあ、こんなもんかな?」
「言い訳は?」
「ない。大体杏の言った通り。一ノ瀬先輩の指示で僕がやった。 二階にいたのが一ノ瀬先輩本人だったかどうかは知らない。可能性はたぶん低いと思う」
ここにきて彼はあっさりと認める。
「私もそう思う。実行犯って感じじゃないよね。それが、一ノ瀬先輩がユートに情報を出す条件だったの?」
「正確には『これから出す指示を誰にもばれることなく遂行する』だったけど。杏のアドレスを教えてくれたらいいよ、とか言ったのかと思ってるんじゃないかと思っていたけど」
「思ってないわよ」
「ああ、そう」
不自然ににこにこして、彼が返す。
ちょっとは思っていたけど改めて考えるとこれは恥ずかしい、結構な自意識過剰だ。
「杏、怒っている?」
「もちろん」
あれでどれだけ私が驚いたか。
仕掛け人は落ち着いていられるかもしれないけれど、当人としてはたまったものではない。
「でも、今は怒ってないよ。どっちかというと、そりゃそうか、って感じ」
「良かったよ、怒ってなくて」
「パフェ二杯ってところ」
「さっきの差し引きでマイナス一杯か、仕方ないな」
「いえ、私が一回奢るから、ユートは二回奢って」
ああ、と彼が小さく笑った。
二人は砂浜よりも高いコンクリートで固められたエリアに腰をかけた。
階段下のすぐそばで、夏にテントなんかも立て掛けるのだろう。
壁には簡易水道が張り巡らされていた。
「簡単に認めてよかったの?」
左に座る彼は、寒そうに自分の体を押さえていた。
二人とも足が地面に届かず、ぶらぶらと不安定に揺らしている。
「ああ、杏の理屈はめちゃくちゃだけど、一応及第点ってところでいいんじゃないかな」
「私を、試していたの?」
「そういうつもりはないけれど、時間稼ぎだったからね。金曜まで話を引き延ばせればそれでよかったんだよ。そのあとで一ノ瀬先輩と情報を交換すればそれで大体解決するはずだった。それなのに、杏は何か木曜から僕を避けるし」
あはは、と流してみた。
「敵をだますならまず味方から?」
「そうとも言える」
よく聞く言葉だけど、だまされる味方にしてみたらわだかまりが残るものだよね、と対象者になって理解する。
「私が一番不思議なのは、それでも一ノ瀬先輩が主犯じゃないってことだよね」
「そうだね。先輩は便乗しただけだし、連続したものだって僕らが行くまでは認識していなかったわけだしね」
いうなれば、模倣犯か。
「それは違うかな。先輩の場合は模倣犯を演じることでメインを釣り上げようとしたんだ」
「それもわからない。何のために?」
一ノ瀬先輩は、完全な実利主義者だと彼は言った。
今なら、私もそれが事実だとわかる。
たとえこの犯人がわかったところで、一体先輩に何のメリットがあるというのだろう。
「そりゃもちろん、自分の網をかき乱されたくなかったからだよ」
わかりきったように、彼が答える。
「自分が張っているはずの網の上から、誰かが別な網を構築しようとしている。それが我慢できるほどではなかったってことだね。だから、その上からさらにもう一枚網を撒こうとした。もっとも、先輩はもうやる気がないみたいだけどね」
先輩にとってみれば、あの段階で自分のやるべきこと、やりたいことは終わっていたのだ。
そこから先がどうなるのか大きな興味はなかった。
いや、もしかしたら残務処理を私たちに押し付けるつもりだったのかもしれない。
それほどまでに徹底してあの場から動きたくなかったのだ。
「『バーナム効果』」
「え?」
「一ノ瀬先輩に何か言われたでしょ?」
「うん……」
急に切り替えて、話し始める。
「血液型性格診断とかと同じ。注意深く聞くと誰にでも当てはまりそうなことを、さも特別であるかのように話されると、人は自分だけにぴったり当てはまることだと錯覚してしまう。それがバーナム効果。もちろん、先輩のことだからコールドリーディング、これは会話の中で身振りや表情や細かい誘導で相手の情報を得ていく方法だけど、それを組み合わせている。別に超能力ってわけじゃない。全部心理学的に説明ができる」
それは詐欺師の手法だ、と彼は付け加えた。
「じゃあ、それにさえ気をつけていればいいの?」
現にそうだとわかっている彼だって、先輩をあからさまに避けようとしていた。
彼は、首を振る。
「いいや、無理だ。少なくとも知っているだけでは。それくらいに先輩が強力に使いこなしているってこと。それが、僕が先輩を詐欺師、って呼ぶ理由。だから僕だってできれば関わりたくない」
確かに、彼の取り乱し方は今まで一度も見たことがないほどだった。
「でも、一ノ瀬先輩は僕を利用して、僕は杏を利用した。結果的に、一ノ瀬先輩は杏を利用したことにもなるし、あるいは逆に見れば、それで今回の件は解決したことにもなる」
そうだ。
彼の言う通り、それだけ考えれば悪い話じゃなかった。
先輩の手のひらで踊らされていただけだとしても。
結果はここにあって、私たちの中では解決したも同然なのだ。
さっきの彼への追及は、確認というか例外規則を一つ潰しておいただけに過ぎない。
最後の本番のための本番。
彼もその程度にしか考えていないだろう。
「もう、そろそろ、ね」
ケータイを広げて、時間を見る。
待ち合わせ、予定をしていた時間が近づいている。
「そうだね、まあ、ご飯を食べる時間はあるよ」
「どこか、美味しいところ、知ってる?」
「ちょっと歩いたところに、美味しいカレーラーメンがある」
「カレーラーメン?」
あまり聞き覚えのない料理だ。
「なんだ、食べたことないのか」
「うん」
「このあたりの名物だよ。名物になった理由はわからない」
「美味しいの?」
「まあ、僕は好きだね」
それなら、悪くはないかも。
「じゃあ、そこにしましょう」
「あいよ」
彼が、大きく背伸びをする。
つられて、私も伸びる。
いつかみたいに、いたずらっぽい顔をして、こちらに手を伸ばす。
「さあ行こうか、名探偵」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます