第四週目「ロッカーと解答とパラシュート花火」4
部室では柏木さんが一人で本を読んでいた。
「どうしたんですか?」
私の表情を見て察した彼女が私達に問いかけてくる。
「ポチが、解けたって」
「え、ほほ、ほんとうですか」
席を立とうとした柏木さんに、ポチがまあまあと制する。
柏木さんがポチを見つめていた。
私も促されて一番近いイスに座る。
ポチだけが机越しに二人の間に立っていて、まるでこれから授業をする先生のようだった。
「うん、さっき杏さんの話を聞いてわかった」
柏木さんに、カギがまた一つに戻っていることを伝える。
「それが何か関係あるのですか?」
彼女も私と同じ感想を持ったようだ。
カギが減っていることが解答のヒントになるとは思えなかった。
私は出題側が業を煮やして難易度を下げてきたのかと思っていたくらいだった。
「まさにそれが出題者の望んだ解答方法だったんだ」
「意味が、わかりません」
「そうだな、まずは状況を振り返ってみよう。カギが一つかけられている。僕らは手元にある暗号か、別な暗号でカギの在りかが示されているものだと思い込んでしまった。『カギが足りない』と札に書かれてあったわけだからね」
「うん、でも、それは見つからなかった」
七夕の短冊にもそれらしいものはなかったし、他のロッカーにもヒントが隠されていないようだった。
「でも違った。本当に『カギが足りなかった』んだ。『カギがない』わけじゃなかったんだよ。だから僕らがすべきことは、何でもいいからカギをもう一つかけることだったんだ」
早口で説明するポチに私と彼女はついていくことがやっとだった。
「カギを、かける?」
「そう」
「そんなことして何になるのポチ?」
カギがかかっているのに、カギをかけてどうしようというのだろう。
「ああ、まったく! 僕は知っていたっていうのに!」
私の疑問に答えず、一人ごつ。
「鍵配送問題を応用するだなんて」
何だかわからないけれど、ポチはかなりのショックを受けているようだ。
「よくわかんない」
「たとえ話をしよう」
ポチが部室の隅まで歩き、部員のためのお菓子箱からサイコロ型のキャラメルを持ってきた。
キャラメルを自分の手のひらに乗せる。
「イメージ。僕は電話やメールやそういう直接的にやり取りできない場所から柏木さんにこの箱を届けたい。中身はそうだな、減らないもの、そう何か大事なことを記した手紙だとしよう。とても秘密で、柏木さん以外には見られたくない」
「は、はい」
イメージしすぎたのか、彼女がおどおどした返事をした。
心なしか嬉しそうだ。
まんざらでもないようにも見えるがそれはたぶん気のせいだろう。
そういうことにしておきたい。
「だけど僕は遠くにいて手渡しすることができない。そこで、配送業者に頼まなければいけないんだけど、はい、配送業者は杏さん」
「うん」
「杏さんは僕と柏木さんのやり取りを良く思っていなく、何が何でも中身を見てやりたい、とする。杏さんは配送業者であり、盗聴者」
「ちょ、ちょっと待って、なんで私が?」
「たとえ話だから」
「そう……」
釈然としない。
悪意がこもった配役じゃないのか。
「もちろん杏さんは自分が盗み見たことがバレるわけにはいかないので、箱を傷つけたり、ましてや盗んだりすることはできない」
「だから、それ、私の必要ある?」
「三人しかいないんだから仕方がないでしょ」
いやいや、ポチと私のやり取りで柏木さんが配送業者でもいいでしょ、と言いかけたが、それはそれで危ない橋を渡ることになりそうなので黙っていることにする。
「僕は杏さんに見られたくないので当然箱にカギをかける。しかしそこで問題が一つある。なんだと思う?」
柏木さんがキャラメルを見ながら答える。
「私は、開けることができない、ですね」
「その通り。僕がかけたカギを開けるためのカギを、ええと、ややこしいから、かける方のカギを『ロック』、あける方のカギを『キー』にしよう、キーを持っていない柏木さんはロックを開けることができない」
「キーを送れば?」
「もちろんそう考える。だけど、僕は柏木さんと連絡を取ることができないから、いつそのキーを送っていいかわからない。送りたくても、キーを送るのも杏さんなんだ。ひょっとしたら杏さんが箱を私物化していて、キーが揃うのを今か今かと待ち構えているかもしれない。卑劣なる盗聴者対策のためいかなる文も外に書くことができないので『箱が届きましたがキーがありません』と柏木さんから伝えてもらうこともできない、もしかしたら、その文は杏さんによって書かれている可能性も考慮しないといけないわけだしね」
表現にいちいち余計なものが混じっていないか。
「じゃあキーを送るために新しい箱の中にキーを入れて別なロックをして……、と箱を増やしても意味がない。キーを安全に運ぼうとすればするほど労力が大きくなってしまう。ここまでは大丈夫かな?」
「はい」
柏木さんが返事をした。
「その古典的な解決方法が一つある。とりあえず、僕は箱にロックをして柏木さんに送る。今回の件で言うならば、二週間前の出題時の状態」
ポチはキャラメルに机の上にあった赤色のカラーテープをつけて、私の前に置いた。
このテープがロックを指しているのだろう。
「なに?」
「配送業者の杏さんは、それを柏木さんに渡す。さあ」
「そういうこと」
私は机にあるキャラメルを斜め前にいる柏木さんまで滑らせる。
「でも、それじゃ柏木さんは開けられないんでしょ?」
「そう、そこで聡明なる受領者である柏木さんは、どうするかと言うと、柏木さん、青いテープを箱に貼って」
「は、はい」
赤の横にあった青のテープを小さくカットして貼り付ける。
「柏木さんは『自分が持っているロックをかける』。はい、それでそれを杏さんに」
「お願いします」
彼女が持ち上げたキャラメルをそっと私に回した。
「カギ、ロックが増えた」
「これが先週の状態。配送業者であり盗聴者である杏さんから見た光景が僕達が先週見た光景そのままだ。そして杏さんはロックが二つに増えていることを不思議に思いながらも、僕に戻す」
ポチの言うように、ロッカーにかけられていた南京錠は増えていた。
「はい」
「どうも。ここで僕のところに赤と青の二つのロックがかけられた箱が戻ってきたわけだ」
「あ、ああ……」
柏木さんが感嘆の声を上げる。
「わかりました」
「一応最後まで説明させてね」
楽しそうに授業を続ける。
「僕は『自分のかけたロックを外す』、こんな風に」
そう言って、ポチは自分が貼った赤のテープを外した。
「そして、再び柏木さんに送り返す」
「わかった……」
ここまでくれば私にもわかる。
「ロックは一つ。それが今の状態。一見同じ状態に戻ったように見えて、決定的に違う点が一つある。見てもわかるように」
「ロックは、柏木さんがかけたもの」
私の目の前にあるキャラメルには青いテープだけが貼られている。
「杏さん正解。それを柏木さんへ」
ロッカーにあって私には同じに見えた二つの南京錠は、実は全く別のものだったのだ。
柏木さんは、私から渡されたキャラメルから、言われずとも青の『柏木さんがかけたロック』を外す。
「これで、無事に盗聴者である杏さんに中身を見られることなく箱は届けられた、というわけ。おしまい」
つまり、誰かが札の意味を適切に理解してもう一つ新しいカギさえかけてくれれば、出題者はそれを確認して自分のカギだけを外して取り去る。
それを二つ目のカギの持ち主が外せばロッカーの中身が手に入る、というわけだ。
「もちろんこれはイメージ上の話であって、実際には更に上手の盗聴者である杏さんが柏木さんのふりをして自分のロックをして僕に送り返してくるとかの抜け道を使う可能性もあるわけだけど、まあそこのところは無視して。少なくとも、今回のケースでは考える必要がないから」
「わかったなら……」
悠長にしていないで急いで行かないと、と言いかけた私に、ポチは首を振る。
「そっか」
その解答に、もはや異論は挟むところなんてない。
でも、そうだ、それが答えだとしたら。
私達の誰も二つ目のカギをかけていない。
「うん、僕らは負けたんだ」
だから、カギをかけた人でない限り、中身は取りだせない。
そして私のケータイが震える。
『ゲームオーバーだ』
というメールを連れて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます