第四週目「ロッカーと解答とパラシュート花火」3
「もう大丈夫?」
五時間目の直前に教室に入った私に桂花が心配そうな顔で聞いてくれた。
「うん、ありがとう」
どちらともつかない曖昧な返事をした。
五、六時間目の連続授業である数学を何とか乗り切り、そのままホームルームになだれ込み、担当の掃除も適当に終わらせる。
心なしか、体が重かった。
今日はもう部室に行かずに帰ってしまおうかと思案していたところで、ポチと紫桐さんが教室の隅で会話をしているのを見かける。
内容までは聞こえてこないけど、ポチはしきりに首を横に振って、何かを否定しているようだった。
二人と目が合いそうな気がして慌てて視線をそらす。
「部室に行く?」
何となく自分の席に座りなおしてぼうっと窓から外の海辺を眺めていると、ポチが話しかけてきた。
顔を上げて彼を見る。
相変わらずの眠たそうな顔だ。
格好良くもなんともない。
「なに? 人の顔をじろじろ見て」
「別に何でもない」
一ノ瀬先輩から言われたことを思い出してしまって伏せたくなるのを我慢する。
「し、紫桐さんは?」
「ん? 委員会があるからって行ったけど?」
どうしてそんなことを聞くの、という顔でポチが答える。
「ああ、そう」
「それで、部室に行くの?」
「うーん、ポチは?」
「杏さんが帰るんなら帰るけど。あんまり無理はしない方がいいと思うし」
「なん、で」
「いやだって、一人で考えても仕方がないし」
「柏木さんがいるじゃない、一人じゃないよ」
「それはそうだけど、三人揃わないのに考えても意味ないでしょ」
「私なんて役に立ってないし」
考えないようにしているのに、余計に意識をしてしまってつっけんどんになってしまう。
「……どうしたの変だよ。あれ、手が汚れているよ」
ポチに指摘されて左手の甲を見る。
土がついているようだった。
ロッカーに行ったときに、どこかに触れてしまったのだろうか。
「ほんとだ」
拭うためにカーディガンのポケットに右手を入れる。
ハンカチを取り出そうとした指が硬質的な塊に当たった。
「なんだろ」
心あたりがなかったので慎重に全体像を把握してから握る。
「それって」
机の上に置いたそれを二人でまじまじと見る。
南京錠だ。
今まで気がつかなかった自分にどうかと思いながら、きっちりと閉まっている南京錠に触れる。
重かったのは心だけではなく、実際に南京錠一つ分だけ体が重かったのだ。
「どうしたのそれ?」
ロッカーにかけられていたのと同タイプのものだろう。
「ああ、うん」
昼休みのことを言うべきかどうか悩みつつ、結局、会話の内容を省いて、一ノ瀬先輩に会ったことだけを告げる。
先輩と二人きりで会うことを快しとしていないポチは渋い顔をしていた。
「まったく杏さんは懲りないね。もうそういうものだと思うようにするよ。それで、カギが杏さんのところに?」
「たぶん、ぶつかった拍子に先輩がこっそり入れたんじゃないかと思うけれど……」
「え、ってことは?」
「そうそう、二つカギがかかっていたのに、また一つになってたんだよね。そのうちの一つだと思うけど、どうして先輩が持ってたんだろう。もしかして、二つのうち一つを開ける方法がわかったから?」
「いや、いや、いや……ああ!」
黙って私の話を聞いていたポチが小声で叫ぶ。
教室に残っていた他のクラスメイトがこちらを見た。
二人で慌てて手を振って、何でもないのポーズをする。
「どうしたの?」
「杏さん、今なんて?」
「え、あ、二つあったカギが一つに戻っていたって」
さっきの言葉を短く言い直す。
「それだ。だから『カギが足りない』だったんだ」
「な、なによ」
「カギを開ける方法」
驚きとしまった、という顔で口を開けている。
「わかったの?」
ポチを覗きこむと、彼はゆっくり咀嚼するようにうなずいている。
「ああ、そうか、こんなことだったんだ。僕はなんて思い違いをしていたんだ……。しかし、そうか、ダメか。ともかく、柏木さんと合流しよう、部室に行くのが手っ取り早いかな」
立ち上がり、カバンを掴む。
「ねえ、教えて、何がわかったの」
ぎりり、と歯を噛み締める音がしそうな顔をポチがした。
「カギを開ける方法は、もう一つカギをかけることだったんだよ」
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