月曜日「ウィークエンドロンド」3
「では、説明いたします」
ゆらりと左右に揺れて彼女は対面に座った。
壁とロッカーに挟まれた空間で、外からは見えない。
打ち合わせなどに使っているのだろう。
わざわざロッカーで隠しているのだから、あまり見られたくない会合にも活躍しそうだ。
隅には洗面台があった。
水道が通っているらしく、数人分のカップと湯沸し用の電気ポット、紅茶とコーヒーのビンが並べてあった。
私たちが向かい合っているテーブルは、教室の机を六つ長方形に並べてくっつけてあるだけの簡素なものだ。
「申し遅れました。私は二年四組の柏木と申します。担当は『庶務』、いわば雑用です」
「私は藤元です、一年七組」
そういえば部屋に入ってから十五分ほどが経ったが、まだ名前も言っていなかった。
「僕は城山口、お城の城に、山口県の山口。同じく一年七組です」
「知っています。全校生徒を把握するのも、『庶務』の仕事の一つですから」
「うそでしょう?」
軽い声で言ったのはポチ。
「どうしてそう思うのですか?」
「一ヶ月で一学年分の人数を覚えるのは普通じゃない」
「私が普通ではない可能性があります」
「そうかもしれないけど」
「ここがそういった組織であるとすれば? 快刀乱麻、実直素直、虎視眈々、奇人変人を有する学校を裏で操る超絶生徒会だとしたら?」
先輩は無表情で言い切った。
「それだったらとても楽しそうなんだけど」
「では、信じていただけましたね?」
「信じてないけど、まあ、別にいいか」
投げやりにポチが返す。
「では説明をはじめます。まずご存知かと思いますが、私たちは単なる生徒会ではありません。単なる執行部という部活です」
私はうなずく。
「この学校の組織にはいくつかの分類があります。まずは『部』。大まかにわけて、体育会と文化会があります。最低五名の部員と、顧問の教師がいることが絶対条件になります。次に『同好会』。同好会は顧問の必要がなく、人数も少数でもかまいません。活動費は出ませんが、申請制で都度空教室を利用することができます。同好会は活動実績報告と、人数、顧問をそろえることで部に昇格する審査を受けることができます。それから『局』です。顧問は必要ですが、最低人数の取り決めはありません。少人数でも潰れない部と考えても差し支えはありません。こうした体制をとっているのは、局が校内運営に関係をしているためです。現在は『吹奏楽団』『新聞局』『放送局』『図書局』『応援団』の五つが存在しています」
「よく息が続くね」
「ありがとうございます。日々の訓練のたまものです」
妙にポチが馴れ馴れしいのが気に障る。
相手は先輩だろうに。
「続けます。最後が『委員会』です。これは各クラスから選出をしていただいています。クラス委員や厚生委員、学祭委員などがあります。連絡事項もあるため選出制をとっています。以上が生徒たちで構成する組織です。ご了解いただけましたか?」
「おおむね」
「そして、生徒会執行部です。先ほど申し上げたとおり、執行部は部扱いのため、他の部と同格です。部活動の一つですから、規則通り他の部に所属することは禁止されています。また人数が五人未満になれば強制的に降格し、同好会になることもありえます。実際に同好会であった時期もあったそうです。執行部の主な活動内容は、部、局、同好会、委員を取りまとめることです。そのための任意の組織だと思ってください」
流暢に喋り、一呼吸だけ置いて先輩が続ける。
「ですから本来的には執行部は生徒の意見調整組織であって、表舞台に出てくることは滅多にありません。我々は上位機関ではないのです。先ほどの同好会の部への昇格審査ですが、建前上は執行部が取り仕切りますが、所属予定の体育会か文化会の総会での承認が必要ですし、執行部はその点では追認しかしていないといっても過言ではありません。所詮そのような組織なのです。漫画のような絶大な権力も持っていなければ、敵対する組織もありません。超能力バトルもなければ、合体ロボットの操縦もしていません。一応意見箱は設置していますが有効活用はされていないでしょう」
「地味な部活だね」
なぜかため口でポチが返す。
「そうです。部活としてこのようなことをやろうとする物好きはあまりいません」
「でも、あなたは物好き?」
「きっと、そうなのでしょうね」
こともなげに先輩は言う。
「執行部員は以下の役職が与えられています。執行部長、副部長、体育会担当、文化会担当、同好会担当、局統括、委員会統括。それ以外の部員は、私のように庶務扱いとなり、それぞれの役職、これは単なる名称の問題で偉いわけでもないのですが、役職を補佐することになります。現在は三年生三人、二年生四人、一年生一人で構成されています」
合計で八人だから、彼女以外はなんらかの役職についているのだろう。
「以上で執行部の説明を終わります。何かご質問はございますか?」
ポチをうかがうと、わずかに下を向いて首を振った。
床を見ているのかと思った。
「ありがとうございます」
「ありがとう。よくわかった」
「こら、先輩でしょ、ため口なんて」
左足でポチの足を蹴る。
「私はかまいません」
「それは良かった。一年四組のカシワギクルミさん」
「……どうして一年生だと?」
片方の眉を吊り上げて、怪訝そうに先輩はポチを見た。
「僕は、かわいい子のことは覚えているから」
「う、う、うそですよね」
うわずった声で、肩をあげて彼女が驚いている。
「うそです」
ポチがきっぱりと言った。
「……そうですよね」
ああ、明らかに落胆している。
案外感情が表に出る人なのかもしれない。
「えーと、そうだな、上履きは確かに二年生のものだけどちょっと大きさがあってない。だから、さっきもつまずかないように歩き方がおかしかった。たぶん窓のところにいた先輩の上履きをはいているんじゃないかな。あそこにあったのは一年生のだった。だから少なくともこの場に一年生が一人はいるってことだ。それにもし、本当に彼女が一年生なら君が庶務ってのはどうなのかな、あとは、そうだね、あの場で君が雑用をしているのもおかしいし、さっきの彼女の物言いも上級生に言うような言い方じゃなかったし」
「よく見てたね」
「まあ、どっちかというと足フェチだし」
今さらっと気持ち悪いこと言った。
さすがにこれは彼女も引くだろう、恐る恐る正面へ目を向けると「生足派ですか? タイツ派ですか?」と、どことなく目を輝かせていた。
「ベストは黒オーバーニーソ」
「なかなかメジャーですね」
「王道と言って欲しいな。初心が重要だ」
「後半には同意です。ですが、昨今の安易なファッションとしてのニーソックスの氾濫にはいささか私も辟易しています」
もうどうにでもなってくれ。
「それで、答えは?」
まさか、ポチが恥ずかしげもなく軌道修正をしてくるとは思わなかった。
彼女も最初の無表情に戻っている。
「正解です。一年四組、柏木くるみ、柏の木に、くるみはひらがなです。さしつかえなければ、名前とクラスがわかったわけを教えていただけませんか?」
「そこは、企業秘密にしておこうかな」
爽やかな顔でポチが答えるが、もはや何を言おうと私の心の中の評価は覆ることはない。
「そうですか、それは残念です」
「でも、かわいい子なのは本当だよ」
「あわわわわ、ありがとうございます。では、もし、一週間経ってもまだ入部をする気でしたら、以後、お見知りおきを」
「こちらこそ、きっと有意義な議論ができそうだ」
思わず固い握手でも交わしそうな勢いだ。
完全に私が付き添いみたいになっている。
「それでは、先ほどのお話なのですが……。ええ、と書類を今お持ちしますね」
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