第一週目「七夕と短冊とロケット花火」6
週末の土曜日。
午後。
ポチならきっと週の始まりは日曜だと言うのだろうけど、私にとって土日はともに週末の仲間で、月曜が週の始まりだと思う。
そんなどうでもいいことを、誰もいない待合室で考えていた。
予約していた時間よりも二十分ほど早く受付を済ませて、私は市内にある総合病院のソファに一人で座っていた。
翌日の金曜になっても、木曜に発見したあの暗号は解けなかった。
ポチと柏木さんに金曜の夜にメールをしてみたけれど、二人とも同じようだった。
とりあえずは週明けにもう一度検討してみる、ということになり、原本はポチが持ち帰り、内容をメモしたものを柏木さんと私が持つことになった。
土曜日だからか、それとも早い時間帯だからか、それとも病院の中でも奥まった場所にある診療科のせいか、ひっそりと静まり返っていた。
病院というイメージを維持するためか、患者に不安感を与えないためか、清潔を絵に描いたようなきれいさで埃一つない空気が私を包み込む。
その空気は決して軽いものではなかった。
完全予約制の土曜日は周りに人はいない。
これも静かな原因だろう。
きっといたとして、和やかなムードになれるわけもないけれど。
「藤元さん、どうぞ」
「はい」
看護師さんに呼ばれて、診察室に入る。
「久しぶり」
「お久しぶりです」
目の前に座っている医師は私のかかりつけだ。
三月にこっちに越してからの先生になる。
久しぶり、といっても定期的な診察できっかり二週間ぶりになる。
年齢はまだ三十代で、私のお兄ちゃんよりは年上になるだろう。
「具合はどう?」
「はい、前よりは、良い、と思います」
「それはよかった。薬はきちんと飲んでる?」
「はい」
当たり障りのない、いつものお決まりの会話が始まる。
先生は私の顔を見ながら、右手で紙にペンを走らせていた。
清潔を具体化した世界で、先生と私だけが浮いているような気がした。
この清潔な空間にいるには私は汚れすぎている、とも思った。
先生は先生で、いつものようにやる気なさげで、少しだけぶっきらぼうで、そして優しい。
それが本来のものではなく、作り物だとしても、相手に安心感を、この先生ならと思わせるだけの装置としての機能は果たしているかのように思える。
「良くなったと思っても、自分で止めたりしないでね」
「はい、わかってます」
「わかっているなら大丈夫」
冗談めいた乾いた声で笑う。
どうもこの人の声は苦手だ。
落ち着いていて、どこにも問題がなくて、安心を誘う声で、それが一層不安になる。
「もう少し様子を見て、落ち着いたら軽いお薬に替えよう」
「はい」
私の中の誰かが頷いている。
「春よりは、大分元気そうだ」
「そう、ですか?」
まるで自分のことのように、嬉しそうに先生が顔をほころばせる。
偽物みたいに。
「こっちの環境が良かったのかな。もう慣れた?」
「はい、たぶん」
「友達はできた?」
「はい、たぶんですけど」
クラスメイトと執行部員の顔が浮かぶ。
優しい声々。
楽しいおしゃべり。
柔らかい空気。
まるで、ぬるま湯の世界。
彼らは、彼女らは友達だろうか。
友達と呼んでもいいのだろうか。
どう思っているのだろう。
どう思われているのだろう。
どう思われたいのだろう。
どう思いたいのだろう。
「あまり難しく考えちゃだめだよ」
「……はい」
世界は回る。
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