最終週「彼女と彼とスターマイン」2
バスに乗ってお祭り会場に着いたのは夕方だった。
花火まであと二時間はある。
都会の花火大会ほどではないにしてもすでに会場は混雑していて、主要な場所ではレジャーシートが敷かれ場所取りがされていた。
まだまだ時間前なので、出店を楽しんでいる人も多い。
ポチに北条先生に会ったことと、彼女の車に乗ることを断ったことを伝えると、彼は本気で胸をなで下ろしているようだった。
しばらくはポチと二人で歩く。
会場は元々広い駐車場のようで十分なスペースがあった。
カップルも友達同士も家族連れも大勢いた。
少し離れたところに、今日のための臨時の駐車場らしきものがあったけれど、そこは満杯のようだった。
入り組んで立ち並ぶ出店では定番のものが並んでいる。
夏祭りに来たのももう何年ぶりだろうか、とぼんやりとした記憶を辿っていた。
残りの執行部の面々はもう少しあとに到着するみたいだ。
私達が一番会場に近いところに住んでいたのもあるだろう。
こんなところをクラスメイトに見られたらなんて思われるだろうか、なんて一瞬よぎったけれど、別に言い訳なんていくらでもあるからいいか、と思い直すことにした。
「さて、どうする?」
「どうしようっか」
歩きなれない下駄をからんと鳴らして、うねうねと蛇行するように移動する。
「大丈夫?」
「うん、久しぶりだったから」
ポチの心配に曖昧な返事をする。
いつものスニーカーはいいよな、と思った。
夏祭り気分を味わうためとはいえ、こんな格好までしなくても良かったんじゃないのかとさえ考えていた。
「杏さん、何か食べる?」
時刻としては夕食になるのだろう。
食べるとしたら、焼きそば、たこ焼き、それにこの街独特のなぜか豚肉なのに焼き鳥と自称する串焼きか。
しかもこの串焼き、肉の間に挟んでいるのは玉ネギだし、つける薬味は辛子だし、一層わけがわからない。
美味しいのがかえって悔しい。
「うーん、やめておく。こういうところで食べるの、ちょっと苦手なの」
どうも出店に限らず、アウトドアで何かを食べるのはなんとなく気が進まない。
こういうところで食べてもしお腹が痛くなったりしたらどうしよう、なんてことまで考えてしまって、それなら食べない方がいいか、と結論づけてしまうのだ。
決して衛生的に不安だからということでもない。
「そう」
「あ、でもリンゴ飴は食べたいかも」
目の前にあるリンゴ飴の出店を発見して呟く。
あれくらいなら気分を味わうのにちょうど良さそうだ。
「小さいのでいい?」
ポチが軽く私の意思を確認して、店に駆け寄り飴を買ってくる。
小ぶりのリンゴが赤で着色した水飴で薄くコーティングされている。
「はい」
「ありがと、いくら?」
飴を受け取ってから巾着袋を揺らす。
「あ、いいよ別に」
「でも」
「まあ、どうせたいしたものじゃないし」
お金を払おうとする私に、まあまあとうやむやにする。
強く言っても変なので、私も諦める。
「だって」
だって、それじゃあ本当にデートみたいだし、という言葉を飲み込む。
そんなこと彼は欠片も思っていないはずだ。
「ああ、そういえば……」
「うん?」
「東京では、あんず飴とかがあるんだよね、杏さん?」
「うん、どっちかというと、店の名前はそっちが普通で、あんずもリンゴもどっちも売っているって感じ」
「ふうん」
彼は私の名前とあんず飴をかけたのだろう。
あっさりとかわした私に、少ししょんぼりしているかもしれない。
ふと、母と一緒に小学生のときに行ったお祭りを思い出す。
あれはどこのお祭りだっただろう。
今のとは違う浴衣を着ていたように覚えている。
当時はまだ人ごみが大丈夫で、母の手を引っ張って、色々と歩いて回った。
そうだ、母があんず飴を買ってくれて、その真っ赤な飴がとてもきれいで、食べてしまうのがもったいなくて、ずっと割り箸を握りしめていた。
左手にあんず飴があって、右手に母の白くて細い手があった。
思い返せばその時から病気はすでに取り返しのつかないところまで進行していたのではないだろうか。
夏なのにその手は妙にひんやりしていた。
「ええと、ごめん、からかったわけじゃないんだ」
私が下を向いてしまったのをみて、ポチがあたふたと謝る。
「ごめん、ちょっと昔のこと、思い出していて」
「うん……」
「大丈夫だから、もう少しだけ」
音が遠くなって、体が小さくなっていく。
しゃり、とリンゴ飴をかじる。
甘酸っぱい。
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