最終週「彼女と彼とスターマイン」3
「中心に当てても落ちないぞ」
声を掛けられて、ポチが引き金を引く指を止める。
柏木さん達と出会うまであと少しありそうだったので、適当に出店を回ることにした。
金魚すくいは持って帰っても仕方がないし、手にまだリンゴ飴もあったので食べ物も避けた。
時間をつぶせそうなところ、というわけで私達は射的屋の前にいた。
三発三百円とはまたぼったくりだなと思いつつも、お祭り価格だしと自分に言い聞かせることにした。
相変わらず言い聞かせることが多い。
まず私が三発を使い切り、何も取れずに終わった。
できるだけ簡単に落ちそうなキャラメルを狙ったにも拘らず、三発とも見事に軌道を外れかすりさえもしなかった。
そのあとポチが挑戦をし、二発目をキャラメルの中心に当てたところだった。
キャラメルがぐらりと一瞬揺れたものの、まるで倒れないことに意地でもあるかのように踏ん張りなおして元の位置に戻ってきていた。
ポチが横に立った影を見る。
一ノ瀬先輩だ。
そしてその横には、絹木先輩がいた。
二人とも浴衣を着ている。
絹木さんは黄色い布地に赤の帯を締め、髪は後ろでまとめ上げられている。
準備に十分時間をかけたと思われるような完璧さだった。
彼女が私達の様子をうかがうように、先輩の後ろから覗きこんでいる。
普段の不健康そうな目元は今日は化粧で隠され、ほんのりと頬が上気しているようにも見えた。
「どうした?」
素っ気なく先輩がポチに聞く。
「いえ、なんとなく」
どう返していいのかわからないのか答えに窮したポチが適当に返す。
なぜここにいるのだろうとか、なぜ私達に話しかけてきたのだろうとか、なぜ二人が一緒にいるのだろうとか、私もポチも聞きたいことはそれぞれにあったはずなのに、二人が自然過ぎて、何も言えなくなってしまっていた。
「何となく、ね」
皮肉っぽく先輩が言い、射的の代金を払う。
コルクを詰め、構える。
「まずは小手調べ」
腕を伸ばし、発射。
コルクは、キャラメルの箱の右をかする。
二発目。
「よし」
右へ逸れることを計算に入れたのか、キャラメルの上端を正確に打ち、パタンと後ろに倒れる。
射的屋のおじさんが景気の良い声を出してキャラメルを先輩に差し出した。
先輩は受け取るやいなや、それを後ろにいた絹木先輩に渡した。
彼女はそれをまるで宝物かのように抱える。
自慢げにするでもなく、先輩は三発目のコルクを強く銃口に詰める。
「そういえばな」
「はい」
「さっきあいつを見たぞ」
「そうですか」
ポチが無表情で相槌を打つ。
あいつ、と言うのはきっと紫桐さんで、たぶん正解だろう。
彼女は彼女でクラスメイトと来ているはずなのだ。
「今年は一緒にいないのか」
「執行部で来ているので」
今年は、を強調した先輩に特に感情も込めずポチが答える。
「執行部、ね」
愉快そうに先輩は私を見る。
「まだ、他の人が来ていないだけですから」
「そういうことにしてやるよ」
これ以上何を言っても取りあってくれそうにないので、私も口をぎゅっと締める。
どう思われても仕方がない。
「正義の味方」
先輩がポチに話しかける。
「誰も彼も助けられると思うなよ」
「わかっています」
「いいや、お前はわかってないね」
「努力をすることは構わないでしょう」
私にはあまり聞かせない強い口調で、不機嫌そうにポチが返した。
「ふん、いずれわかる」
吐き捨てるように、冷たい声で言う。
まるで私の知らないポチの全てを理解していて、その先まではっきりと見通しているかのようだった。
「アリス、どれがいい?」
ふいに、先輩がぼうっと三人を傍観していた絹木先輩に声をかける。
彼女が「あれ」と指差す。
「わかった」
先輩が、彼女が差した方向に銃身を向ける。
最上段にある手のひらほどのテディベアだった。
的にするには大きすぎて、コルクの弾くらいではびくともしそうにない。
目玉として一応置いてあるのか、落とさせるつもりがないのは明らかだった。
「お前はもう高望みするなよ、正義の味方」
弾丸は左の耳元をきれいに捉える。
ぬいぐるみはくるりと半回転してのけぞり、滑るように後ろに落ちていった。
おじさんが手元の鐘を鳴らし、周辺から小さな歓声が上がった。
先輩は元々興味がなかったとでもいわんばかりに、ぞんざいにぬいぐるみを受け取る。
「先輩」
離れようとした先輩にポチが声をかける。
ポチは射的の台を見て、先輩は雑踏を見て、二人は背中合わせになって、お互いの顔は見ていない。
「なんだ?」
「似合ってますけど、校則違反ですからね」
「今日はお祭りだ、それくらいは許されるだろ。それに大事なものを学校に持ち込むほど馬鹿じゃないさ」
「是非そうしてください」
髪で隠れている先輩の左耳で、青白く反射するものが見えた。
「じゃあな」
何故か顔の横でぬいぐるみを揺らして先輩が別れの挨拶をし、絹木さんに視線を送って歩き始めた。
その間、絹木さんは私達をじっと見ていた。
そして一度お辞儀をして先輩についていく。
その意味が何だったのか、お礼なのか挨拶なのかもわからなかった。
結局、私達はこの一ヶ月、彼女とまともに会話をすることはなかったのだ。
残された私達はその場に立ち尽くしてしまった。
先輩がいた場所には次の挑戦者が意気揚々とコルクを詰めようとしていて、射的屋のおじさんは、早く打ってよ、という顔でポチに催促をしていた。
「ねえ、どうして先輩と絹木先輩が一緒にいるの?」
「いや、僕に聞かれても……」
ポチが困惑するのは当然といった顔で眉を寄せる。
私にもわからないし、ポチが答えられるはずもないだろう。
三発目はおもちゃのラッパの上を抜けていった。
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