水曜日「クリームソーダ症候群」4



「うーん」


 さっきから、教室に戻って、うんうん唸っているポチ。

 

 二人で手分けをして二十年分の新聞を読み返してみたけれど、それらしいものはなかった。

 ただ、紛失している年以前は今よりも学校や街の噂などを特集しているいわゆるゴシップ的な記事が多かった。

 

 ポチが何について考えているのか、それは私にもわかる。

 

「一ノ瀬先輩のところに行くつもり?」

「可能なら避けたいけど、ややこしいことになってきたなあ」

「そんなに行きたくないなら、私が行ってこようか?」

「それは本当に止めてくれ」

「どうして」

「どうしてもだよ」


 頑ななポチに会話を打ち切られる。

 意思表明自体が少ないポチがこれほどまでに嫌がる相手も珍しい。

 

「一ノ瀬先輩が持ち出した、ってことは間違いないよね」

「可能性としては一番高い」

「何よ、可能性って」

「場合分けだ、気にしないで。そのあと誰かが持ち出したかもしれないし、リンゴさんが整理をしてから多少の日数がある」


 先輩が本を探しに来たときにすでにそれらがなかったというのも否定できない。

 リンゴさんも持ち出しに注意はしていないと言っていた。

 彼女は本がなくなることは悲しいけれど防止策があるわけじゃない、もし見つかったら返却をしておくよう伝えてねと言った。

 

「可能性としては?」

「かなり低い」


 半分上の空でポチが天井を見ている。

 

「じゃあ、その二年分には何かが書かれてたってこと? 可能性としては、だけど」

「そう、可能性としては」


 ポチは体重そのものをイスに預けてだらりとしている。

 考えているのかどうかもわからない。

 

「でも、幽霊の噂が書かれただけなら、それを読まれて先輩に不都合な点があると思う?」

「いや、ないと思う。想像はつかない。今のところはね」

「今のところ?」

「もしそうならあからさま過ぎる」

「私たちがリンゴさんから聞かなければわからなかったんじゃない?」

「そもそも、図書館に過去のものがあると言ったのは先輩だよ」

「昼休みに確認してみたら、書いてあるのを見つけてしまった、というのは?」

「それが一番妥当な結論だ。非常に作為的なものを感じて誘導されている気さえする」

「でも、犯人じゃないにしても、何かを見つけた、何かを知っている、ということだよね?」

「普通はね」

「普通って……。そこまで言うなら直接聞いた方が早いでしょ」

「そう、結局、情報もない中で推理しあっても、意味はない」


 どこかはぐらかすようで煮え切らないポチに私もイライラしてくる。

 ポチだって先輩に直接聞くしかないことはわかっているのだ。

 そのいら立ちをどうぶつけようか考えていると、ポチがいつの間にか右手の人差し指の節でこつこつ机を一定の間隔で叩いている。

 

「ポチ、何イライラしてんの?」

「してないよ」

「してるでしょ」

「してないって言ってるだろ」


 ポチが体を起こして、私の眼を見る。

 

 沈黙。

 

 教室に、机を叩く音だけがリズミカルに鳴っている。

 

「とりあえず先輩の件については、僕がなんとかしてみよう。できる限りの範囲で」

「どうしても、私に行かせる気はない?」

「そう」


 ここだけは鉄の意志をもってして、意見を変えるつもりはないみたいだ。

 

「何が心配なの?」

「杏さんが心配なの」


 即答される。

 心配されることに悪い気はしないけど、それは過剰というか、少し子ども扱いしすぎだ、という気持ちもある。

 

「大丈夫だと思うんだけど」


 昨日は、それほど危険な人には見えなかった。

 

「そんなことはない」

「そこまで言うなら、どう危険なのか、説明してくれてもいいんじゃない?」

「そうやって、聞きだそうとしてもダメだよ」

「じゃあ、私が行ってくる」


 ポチが落胆を表すように、肩を落として溜息をつく。

 

「そういう自滅的な交渉の仕方、いつか絶対にけがをするよ。これは忠告」

「ああ、そう、そうですね」

「とにかく、何とかするから、今は僕に任せて」

「そうですねー」

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