月曜日「ウィークエンドロンド」1



「ほらポチ、しっかり前見て歩きなさいよ」

「大丈夫、視界は良好」


 左手に持った文庫本で顔を隠しながらポチが器用に歩いている。

 その後ろを時々私が両手で押して弾みをつける。


「そんなことしてたら転ぶよ」


 校舎内四階の板敷きの廊下に私達はいて、目指す先はすぐそこだ。

 左には三年生の教室があり、右は吹き抜けがぽっかりと穴を開けている。


「転ばそうとしているのはそっちだし、そんなに鈍くさくはない。それより、そのあだ名やめて欲しいんだけど」

「いいじゃない、誰も困ってないんだし」

「僕は困ってるよ」


 ポチが文庫本を下ろし、振り返ってこちらを見た。

 眠たそうな目を責めるでもなく私に向ける。

 男の子にしては少し小柄だ。

 学生服に着られている感じもする。


 彼の名前は城山口優斗という。


 小中からの同級生には、シロ、と呼ばれている。

 彼の苗字が言いづらいからだろう。


 シロと呼ぶには少々馴れ馴れしい。

 かといって、苗字で呼ぶのはよそよそしい。

 そこで、せっかくなので私は彼のことを『ポチ』と呼ぶことにした。

 もう一ヶ月前のことである。


「実害があるの?」

「それはないけど」

「じゃあいいってことで」

「横暴だなあ」

「それはそうと、今日が何の日だかわかってる?」


 問いかけに、ん、とポチが右手で自分の唇をつまむ。

 右足の上履きのつま先で床をコツンと叩く。

 白い上履きには青いラインが入っていて、それは私と同じ一年生を表す。

 二年生が赤、三年生が緑だ。

 持ち回りでこの三色が使われているため来年入学した一年生は、現三年生の緑になる。

 上履きだけならまだしも、同じ色がジャージの色になっている。

 青でも十分ダサいことは間違いないが、これが緑じゃなくて本当に良かったと思う。

 

「ああ、そうだね、三桁の素数だ」


 ようやく口を開けたポチが明後日なことを言い出す。

 

「何言っているの?」

「しかも双子素数の片割れだ」

「ばっかじゃないの?」

「君が僕を馬鹿にできるような成績だとは思わなかった」

「だまれだまれだまれだまれ」


 確かに私はポチよりも成績は良くはない。

 しかしそれは誤差の範囲のはずだ。

 

「冗談だよ。それで? 僕には今日が何の日かわからない。わかっているのは退屈な月曜日が終わりそうなことくらいだ」

「今日はね、部活の一次締め切りなの!」

「へえ、そうなんだ。帰宅部希望の僕には関係ないね」


 この学校では一年生の入部には仮の締め切りがある。

 入部自体はいつでもできるようなのだけど、部活動に配分される予算が変わるらしい。

 

「今日からポチも帰宅部じゃなくなるんだけどね」

「なんで?」

「それは、私と一緒に部活に入るから!」


 笑顔で返す私と、きょとんとした間抜け顔のポチが良いコントラストになっている、はずだ。

 ポチは一切笑わず、空いている右手で私を指さす。

 

「おいおいおい、ちょっと待ってくれ。僕が? 君と? ええ、なんだって? 部活に入る? マジかよイカれているぜアンタ! 冗談は顔だけにしてくれよな!」

「何それ?」

「ハリウッド映画あるある」


 いきなりトーンを落として、いたって真面目な表情で解説をしてくれた。

 

「わかりにくい……」

「わかってもらおうとは思っていない。それで、その部活とやらに入るの、僕には拒否権があるわけ?」

「もちろんあるよ」

「そうかそれは良かった。それなら」

「拒否権はあるけど、自由意思によって、優しい優しいポチは、私のために一肌脱いでくれるっていうわけなのよ!」


 遮った私にポチが渋い顔をする。

 

「選択肢は?」

「いやいや入るか、諦めて入るか、の違い」

「結果が変わらないのか……」

「だってポチは私を助けてくれるんでしょ?」


 ポチがぐもぐも口をこもらせる。

 

「それは言ったけどさ」

「はい、じゃあこの話はここまで。さあ着いたわよ」

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