水曜日「クリームソーダ症候群」
白い霧が立ち込めていた。
微かな風が私の肌に吹き付けている。
霧の水滴がしっとりと手と顔を濡らしていて、気温のわりに肌寒いなと思った。
空を見上げてみても太陽は見えなかった。
薄ぼんやりと球状の輪郭が見える。
耳を澄ましても音が聞こえない。
妙に落ち着いている自分に気がつく。
外にいることはわかった。
ただ、それがどこなのかはわからない。
足元は硬い。
土や草ではなく、コンクリートだ。
ああ、と独り言のように、呟く。
いつものだ、これは、いつものだ。
これは夢の中だ。
昔からこういうことはあった。
夢を夢と認識する。
ただ、それが夢だとわかっていても、現実には不可能なことは夢の中でも実行できない。
できることといえば、チャンネルを変えるように夢を見ることを止めることだ。
もう居られないと判断すれば夢を終わらせることができる。
それだけが救いだった。
夢とわかっているのに不快なことを続ける理由はない。
心の中で現状を割り切り、まずはまっすぐに歩き始める。
てくてくと霧の中を前に進む。
急に目の前に真っ白いドアが出てきたので、それを躊躇することなく開ける。
十畳ほどの部屋は、無機質で簡素なつくりだった。
壁にはベッドが置かれ女性が眠っている。
その側には丸イスに座っている女の子が眠る女性の右手を握り、下を向いている。
思い出す必要も考える必要もない。
女の子は私だ。
だからここにいるのは私のお母さん。
過去の私の横に立ち二人を見下ろす。
二人とも、私のことには気がつかないようだ。
私の姿とお母さんを見るに中学校に上がる直前だろう。
だとすれば、二人に残っている時間はきっとあまりない。
視線をお母さんの顔に移す。
病気だということを差し引いても、白い肌がきれいで閉じたまぶたには長めのまつげが乗っている。
顔立ちに似合わず大きく張りのある声は、今は聞けそうにない。
その顔を懐かしげに眺めていると、起きていたのかすっとお母さんの瞳が私の方を向く。
「お母さん?」
声の出ない私の代わりに、三年前の私がお母さんを見て声をかける。
「お母さん、どうしたの?」
無言のまま、静かに昔の私に微笑んで、それから私を見る。
空いている左手をわずかに上げた。
私は思わず身を乗り出しベッド越しに左手を伸ばしてそれを掴もうとする。
その手は空を掴み、そこで暗転した。
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