火曜日「A sleeping spitz」6



 学校から十分ほど歩いたところにある、ファミリーレストランまで無言のまま歩いた。

 吹き抜けで見たものについても何も言わなかった。

 ポチは何かを考えているようではあったけれど、時々思いついたようにうなずくだけだった。

 

 一応執行部の部室を覗いてみたけれど鍵がかかっていた。

 

 ポチはハンバーグセットを注文し、私の前にはストロベリーパフェが置かれている。

 

「これは、私たちへの挑戦だわ」


 甘さと冷たさを同時に味わいながら、スプーンをゆらしてポチへ問いかける。

 

「そう思わない? しかも取り逃がすなんて、なんてふがいない」


 もちろんこれは自分に対してだ。

 あと数秒早ければまだ間に合ったかもしれない。

 

 間に合えば、どうするんだっけ?

 てきぱきとハンバーグを解体して、小さく切り分けてからポチは口に運んでいる。

 

「いや、これは大収穫と言ってもいいと思う」

「どういうこと?」


 ポチがフォークでハンバーグを刺し、一口で押し込む。

 

「うーん、杏さん、幽霊は信じる?」


 幽霊。

 夏になればテレビでも怪談を取り上げるし、オーラだとか守護霊だとかそういう話はいくらでも溢れている。

 人間を脅かすぞっとする話もあるし逆に窮地に陥った人間を助ける心温まる話もある。

 そういう話を見たり聞いたりするのは私は嫌いではない。

 

 だけど、それを信じるとすれば?


「ポチは?」

「まずは、杏さんの意見を聞きたい」

「……私は、いてもいいと思う」


 どちらとも取れる、都合の良い意見だとは自分でも思う。

 怖い話の幽霊はいないほうがいいし、良い話の幽霊はいてくれてもよい。

 我ながらご都合主義的な答えだ。

 

「それは、実に願望的な答えだね」

「そうかも。でも、見たわけでしょ、二人で」

「うん、見た。あれは幽霊かもしれない。といっても幽霊という物体があるとは思っていない。死んだ人間は死んだ人間だ。ただ、幽霊という『現象』は確かにあると思う。今回のケースはたぶんそれだ。しかもかなり確定的になった。一日目としてはそこが大収穫だ」


 ぼんやりしているようで、こういうときだけポチは妙に饒舌で早口になる。

 執行部での柏木さんとの話し合いでもそうだった。

 

「ごめん、よくわからない。現象って?」

「なんていうのかな、今、僕らの前には、ハンバーグと、パフェがあるよね」


 ハンバーグはもう半分以上なくなっているし、パフェは溶けかかっている。

 底に敷き詰められているフレークが水分を吸って軟らかくなっているのをスプーンの先で感じる。

 

「だけど、本当にここにそれらがあるかどうかは、実際のところはわからない、としたら?」

「でもあるんでしょ」

「たぶんね。触れるし食べている。でも、最終的に目の前にハンバーグがある、と判断しているのは目でも指でも口でもなく、脳だ。頭の中で僕はハンバーグを認識している」

「生物の話?」

「まあそうかな。錯覚とか錯視の話もあるし、トリックアートなんかみればわかるけど、脳はそんなに正確じゃなくて、だいたいそんな感じかなという感覚で認識しているんだ」


 つまり、物を見ているのは、目ではなく脳であること。

 脳は時々間違いを起こすこと。

 

「机の上に置いたはずの消しゴムが見つからなくて、しばらくして、ふと気がついたら、あれだけ探したはずの机の上に当たり前のように置いてあった、なんて経験はある?」

「あるある。小人さんが隠したんだ」


 消しゴム、鉛筆、コンタクトケース、こういうものを隠して、慌てふためく人間を見るのが大好きな小人が、世界中のそこかしこにいる。

 もちろん本気で信じているわけはない。

 

「あれなんか、視界に入っているのに脳が認識していない例だよね。幽霊はその反対で、視力で捉えることができないのに、脳が認識しているケースで」

「ちょっと待って、あれがそういう錯覚みたいなものだっていうの?」


 それにしては妙にリアルで立体的だった。

 あれすらも脳の認識ミスだというのだろうか。

 

「いや、違うよ」


 あっさりとポチが否定する。

 

「幽霊というか、魂というか、そういう存在ではない。でも、現に僕らは幽霊を見た。それは幽霊という現象を体感したということだ。まずは、僕らの脳が同時に認識ミスをした可能性はおいておこう。だとしたら、幽霊という現象を再現したものがある。光の加減などの環境的な条件でたまたま起こったか、もしくは、意図的に誰かが起こしたか、だ」

「それは、つまり?」

「今回杏さんはまず何を考えたの? 僕は最初偶然に起こったものかと思った。学校っていうのはだいたい七不思議っていうか、幽霊の噂なんてものはどこでもあるはずだし」


 投書と今の出来事を私たちが無理やり連結しているだけで、ひょっとしたらまったく無関係なことが起こって、投書の影響でたまたま今見たものを幽霊だと思い込んだに過ぎない。

 確かにそういう可能性はある。

 

「でも、今回の僕らので、はっきりした」


 ポチは最後の一切れをフォークで刺す。

 

「騒ぎを起こしている、人間がいるんだよ」

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