金曜日「帰納法的分析(もしくは分散)」2



 放課後になりポチと向き合う。

 周りにクラスメイトは何人かいたものの、各々帰り仕度をしているか、部活の準備をしているようだった。

 

「それで、わかったって?」


 合間の休み時間にも聞いたけど、あとで話すというだけで何も教えてくれなかった。

 

「あくまで、こういうのが可能で、場所に残されていたものからしておそらくこうだったんだろう、という仮想のものだけど」

「前置きが長いのね」

「まあ、間違いないだろうけど」

「それで?」


 せかす私に対して、ポチはやっぱりのんきな顔をしている。

 

「杏さん、去年の学校祭、もちろん来てないよね」

「うん、だって東京にいたし」


 当然だ。

 そもそも北海道に来たことも数回しかなかった。

 お墓参りとか、それくらいだ。

 

「僕は行ったんだけど」


 確か、派手ではないが学校祭は一日だけ一般開放日があると聞いている。

 

「そこで、天文部と物理部が共同で、プラネタリウムを上映していたんだよ。いや、上映というより、展示なんだけど」

「それが、どうしたの?」

「小さい手製のプラネタリウムでさ、結構良くできてたんだよ。指向性の高い光で、それに何より、スイッチが遠隔操作できたんだ」

「ポチって、星が好きなの?」


 だとしたら意外な趣味だ。

 彼はそういったロマンには関係がなさそうな感じがしていた。

 

「どっちかっていうと、機構的な意味でプラネタリウムが好きかな。良く科学館のプラネタリウムを見ていたし今でも行くよ。東京にあるのに比べたらそりゃ小さいだろうけどね」


 私はプラネタリウムなんて見たことがあっただろうか。

 小さい頃に都内のどこかに行ったことがあるような、薄い記憶しかない。

 そもそも星には興味があまりない。

 

「それでこないだ、物理部の友達に聞いてみたんだよ、去年一緒に行ったからね。あのプラネタリウムどうしたんだって。誰も要らないなら、僕がもらおうと思って」

「それで?」

「もうないって。作った人が、当時の恋人にあげちゃったらしい」


 残念そうに、ポチが言う。

 それにしても自作のプラネタリウムを恋人にあげるなんて、なかなかロマンティックな話にも聞こえる。

 

「そうなんだ。でも、それがどうつながるの?」

「うん、その恋人、どこに所属していたと思う?」

「……吹奏楽団?」

「その通り」

「その時三年生だったから、今は卒業している。それでプラネタリウムの行方はわからなくなったんだけど、一つわかるのは、それはしばらく音楽室に置かれていたらしい。もっとも、それほどきちんと作っていたわけじゃないから結構故障していたらしいんだけどね。星が判別できないくらい、光がぼんやりとしてしまう程度には」

「まさか」


 ここまでくれば、ポチの言いたいことはわかる。

 

「僕の予想では」


 ポチはこう言っているのだ。

 音楽室で高橋先輩が見た影は壊れかけたプラネタリウムの明りを見間違えただけだ、と。

 

「でも、高橋先輩は知っているんじゃないの?」

「可能性がないわけではないけど、その時は気がつかなかっただけかもしれない。高橋先輩は二年生だけど、入るのが遅かったって言ってたろ。その卒業した先輩と接点があまりなかったのかもしれない」

「そうだっけ?」


 先輩が言っていたような気もする。

 思わず手帳を開くがその情報は書かれていなかった。

 

「じゃあ、どうやってスイッチをつけたの?」


 ちょうど一人でいるときを狙って、スイッチをつけるなんてことができるのだろうか。

 

「だから、遠隔操作ができるんだよ」


 ポチが、机の上に置かれたラジオを指差す。

 

「中に小さな受信機が入っていて、特定の周波数を受信するとスイッチが起動するようになっている」

「でも、誰が狙ってやったの?」

「狙ってなんかいない。丁度良く、近い電波を発信するものがありさえすればそれでいいんだ。半分壊れているようなものだからね、正確じゃなくてもいい。たとえば、独自の電波を発信して、強弱を変えたり色々と実験をしている人が下の広場にいたりとか」


 ポチが暗に示しているのは、橘先輩のことだ。

 

「そんなことなの?」

「僕は推論を述べただけだよ。まあ、現実的にはこんなところだろうと思うけどね。幽霊が出た、というよりは確率が高い」


 ポチが言っているのは、弓道部員と同じく偶然が重なって生じた現象をたまたま見てしまった人が勘違いした、ということだ。

 もっとも吹奏楽団の高橋先輩は幽霊だとは思っていなかったみたいだけど、話した人が話を大きく広げてしまったのだ。

 

「ただの偶然?」

「だからそうだと朝にも言ったでしょ。恣意的な意見を置いておくとして、そうなるね。純然たる偶然だ。あ、もちろん橘先輩が意図的でないという前提でね」


 可能性を重んじるポチが言うのだから、かなりの確からしさを持っているといっていい。

 少なくともポチはそう思っている。

 彼はちょっと呆れた顔で続けた。

 

「杏さん。僕らは推理小説を読み進めているわけじゃないんだ。ただ現実に起こった話を妥当な方法で説明しているだけだ」

「わかってるよ」


 わかっている。

 現実はドラマティックでもなければ、最初からわかりきったように予想した通り想定の範囲で動いていくことがほとんどだ。

 

「そう、そう思っているなら何も言うことはないけど。杏さん、大丈夫?」

「な、何が」

「顔色が悪いよ」


 身を引いた私に向かってぐっと顔を近づけ、まじまじと見つめてくる。

 心配そうな顔は昨日の夢で見たのと同じだ。

 そして、それは私と最初に会ったときとまったく同じなのだ。

 

「だ、大丈夫だから」

「そう、それならいいんだけど」


 体勢を戻して、私から離れる。

 

「さて、さっきあれだけ推理小説じゃない、とは言ったけど、もちろん、それだけじゃないよ。確信はないけど、面白いことに気がついたんだ」

「何それ?」

「確かに、僕の言った通りなら、音楽室の件は偶然だ。橘先輩の件だって同じ。でもそれはミクロの視点で見るからなんだ。もっとマクロ的な視点から物事を見ることができれば、それらが、全体で一つの群をなしているように見えるはずだったんだ」


 雄弁に語るポチにいらつきながらも、話を聞く。

 

「ちょっと、もったいぶらないでよ」

「そう、あとは、実際に音楽室に行ってくれば……」

「ユウト」


 二人の間を割って、声がする。

 

「あれ芹菜、まだ帰ってなかったの?」


 驚いた顔で、ポチが紫桐さんに聞く。

 

 紫桐さんが、私とポチを交互に見ていた。

 伏し目がちで何かを訴えかける瞳だった。

 

「だって、昨日のこと、まだ終わってないから」


 私に聞こえるとわかっていながら紫桐さんはポチに話す。

 いつもの強気に少し弱々しさが混じったような声だった。

 なんだ昨日のことって。

 思い出すな。

 頭の中で、警告が響く。

 

「ああ、芹菜、プラネタリウムのこと、ありがとう」

「別に、大したことじゃないから」

「え、紫桐さん物理部なの?」

「そうだけど」


 紫桐さんはクラス委員でもあり物理部員でもあるらしい。

 

「だって、『友達』っていうから」

「そうでしょ?」


 ポチが不思議な顔をしている。

 何も間違ったことは言っていない、という顔だ。

 

「じゃあ、隠さなくても」

「なに?」

「いや……」


 一緒に行ったのが紫桐さんなら最初からそう言えばいいだろう。

 わざわざ『友達』なんて表現する方がどうかしている。

 それこそ何か隠し事をしているみたいだ。

 思ってはみたものの、それを声に出すのは紫桐さんの前ではできなかった。

 

「今日は、一緒に帰って」


 聞こえないふりをする。

 ただそれはその分記憶の声を増幅させる。

 聞いていなかったはずの言葉を、そう思い込むことでなかったことにした言葉を、無理やり思い出させる。

 

「いや、でも」


 渋るポチが私を見る。

 

「いいよ」

「え?」


 きょとんとして、ポチの動きが止まる。

 

「今日はもういいよ。ありがとう」

「杏さん、何言ってるの」

「何って? 紫桐さんと帰るんでしょう?」


 できる限り、表情を崩さず、受け答えをする。

 

「じゃあ、私、帰るから、あとはどうぞ」


 立ち上がり、カバンを持ち上げる。

 

 一直線に黒板まで歩き、鋭角に曲がってドアを目指す。

 

「ちょっと、杏さん、まだ話が終わって……」


 後ろからついてこようとするポチに、振り向きざまに叫ぶ。

 

「いいからついてこないで!」

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