最終週「彼女と彼とスターマイン」4



 花火の時間。

 協賛の割れたアナウンス。

 上昇する光の線。

 閃光。

 広がる炎の粒。

 大輪の花。

 遅れて破裂音。

 落下する熱。

 歓声とも驚嘆ともつかない、溜息のような声を漏らす人々。

 

 この場にいる何百人、何千人が、空を見上げていた。

 一瞬だけ現れては消えてなくなる花火を轟音とともに眺める。

 柏木さんを含む執行部の面々とも合流し、橋を右手にのぞむところに立っている。

 

 誰かがブルーシートを持ってきたけれど、座るには面積が足りなかった。

 一時間もないはずだから我慢できるだろう。

 

 右側にいるポチを挟んで、柏木さんがいる。

 柏木さんは落ち着いた紺色の浴衣を着ていた。

 彼女をちらりと盗み見て、私は先週から考えていたことをまたぼんやりと思い直していた。

 もしかしたら、最初から彼女は暗号を用意したのが絹木先輩だと知っていたのではないだろうか。

 

 最初のスライド式の暗号を見つけたのは私だ。

 次の暗号は彼女が机の上に除け、自分の紅茶をこぼすことで見つかった。

 その暗号を最終的に解いたのはポチだったけど、チェスに関係があるという示唆をしたのは柏木さんだ。

 

 彼女が関与していた、という明らかな証拠があったわけではない。

 彼女と絹木先輩に決して弱いとはいえない繋がりがあったこと。

 頭の中で盤面を思い浮かべることができるほどチェスを知っていたにも拘らず、解読までに一週間近くあったこと。

 私達にチェスを勧めるとき、これまでの彼女にしてみればやや強引だったように見えたこと。

 紅茶をこぼしたのだって、そう考えてしまえば怪しい。

 すべてが演技だったのかもしれない。

 

 そして何より、結果的に絹木先輩の思い通り、一ノ瀬先輩が暗号を解いたこと。

 もし柏木さんが関わっていたのであれば、少なくとも二つ目の暗号のときからだ。

 彼女は絹木先輩と共謀して、あるいはお願いされて、今回の暗号ゲームに半分出題者として参加していたのではないだろうか。

 

 辻褄は合うだろう。

 しかし、辻褄が合う、ただそれだけだ。

 私の完全な思い込みだし、証拠があるわけでもない。

 だとしたら、何のために。

 

 絹木先輩の思惑をただ実現するためだけだろうか。

 彼女の言い分はわかる。

 

 一ノ瀬先輩は感情の種類はともかくポチに興味を持っている。

 それがポチと先輩の間にしかわからない出来事であったとしても、だ。

 それを利用することで一ノ瀬先輩を焚き付けることができる、と考えてもおかしくはない。

 

 でも、柏木さんにメリットはあるだろうか。

 絹木先輩から相談を受け、それならば、とただ親切心から手を貸しただけかもしれない。

 早めにチェスの暗号に気がついて、ひょっとしたらと事前にコンタクトを取ったということもありうる。

 

 ここからは、私の単なる邪推に過ぎない。

 

 彼女は、ポチと接点を持つために、ポチとともに行動する理由をつくるために、暗号を解く側に回ったのではないだろうか。

 絹木先輩と近しい立ち位置であることを認識して協同したのかもしれない。

 

 やっぱり彼女は、ポチのことが好きなのではないだろうか。

 本当に、ただの思い過ごしかもしれないけれど。

 結局のところ、ここが引っ掛かって、私は柏木さんにもポチにも自分の考えを伝えることはなかった。

 

「あ」


 花火の明りで左手の前方に見知った顔を見つける。

 クラスメイトの桂花とその横に紫桐さんがいた。

 

 暗がりで確認できないけれど、周りにはあと数人のクラスメイトがいるだろう。

 紫桐さんは皆がそうしているように、空を見上げている。

 いつもの頼りがいのありそうなきりっとした瞳は、今はどこか所在なげで弱々しく見えた。

 

 きっと、そう見えるのは明暗が創り出した幻想で、そう思ってしまう私が心のどこかにいるからだろう。

 彼女達は、ポチからは首を向けない限り見えないだろうな、と思い、何故かほっとしている自分がいた。

 

 彼女はポチのことをどう思っているのだろう。

 クラスメイトと友達の中間地点にいる私は、直接聞く勇気はなかった。

 

 一ノ瀬先輩の言葉を全面的に信用しているわけではない。

 柏木さんの件と同じく、それを質すことは私が彼に特別な想いを持っていると表明することに他ならないからだ。

 そう言い切るには、まだまだ私に決心がついていなかった。

 

 緩く、優しく、柔らかく、劇的な変化もない日常がすっかり気に入ってしまっていた。

 

 アナウンスが流れ、立て続けに大きな打ち上げ花火が上がる。

 どれがどの花火の音なのかも判別できないほどに繰り返す光と音の洪水。

 そして、突然に訪れる静寂。

 

「終わっちゃった」


 プログラムが終了し、パラパラとまばらな拍手が観客から起こった。

 ポチが私を見ず小さな声で、独り言のようにささやく。

 

「終わるから、きれいなものもある」

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