神様は不公平 5/7




 次の朝。詩織は大学のとある研究棟のとある研究室の扉の前に立っていた。張り出されている一枚の紙は、試験の結果。学生全員の名前と順位、そして、単位が取れたかどうかが書かれているのだ。


 詩織は、五十人いる履修生のうち、四十五位。試験を受けていない学生や、単位を取る気がない学生もいる中の四十五位。実質的には最下位と言ってもいいかもしれない。

 詩織の名前の少し上には、赤い線。この線より上の学生は単位が取れたという印だ。詩織は、単位を落とした。

 そして、さらにショッキングな事に、赤い線の少し上に、ホルスの名前があったのだ。


 衝撃で言葉も涙も出ない。なぜこんな不公平なことが……。いや、公平なのかもしれない。授業に出ていようがいまいが、真面目だろうが不真面目だろうが、試験で点数が取れたものに、取れただけの評価が与えられる。先生は公平だ。

 だが、真面目に頑張っていた詩織は点数がとれず、不真面目極まりないホルスが点数も単位も手に入れる、という結果。神様は不公平だ。


 詩織は一人でこの衝撃的事実に耐え、次の授業へと向かって行った。




 *




 悠、阿部君、あり姐の前に、まかないのソースカツ丼が並んだ。「ふう」とため息をついて、席に着く悠。

「お待たせ。さあ召し上がれ」

 二人が食べ始めても、悠は箸を手に取らなかった。何だかお腹がすかない。いや、すいてはいるのだが、食欲がない。昨日の諒君との事、SNSで悪口を言われたことがまだ響いているのだ。


「どうしたんですか?」

 悠の異変に気付いたあり姐。自分も箸を止めた。

「いや、実はね、昨日……」


「お疲れ様でーす」

 悠が話しだそうとした瞬間、扉が勢い良く開き、黛君が入って来た。

「木村さん、昨日はやらかしちゃったらしいですね」

 黛君は笑いながら早速そう言った。諒君のSNSアカウントで見たのか、直接話を聞いたかしているらしい。ただ、悠がやらかした、というのは、事実がねじ曲がって伝わっている可能性が高い。何をどこまで知っているのだろう。


「私は何もやらかしてないよ」

「誘いを断るにしても、断り方ってものがあるじゃないですか。諒、かなり怒ってましたよ」

「怒ったのは私だよ」

「まあいずれにしろ、諒はもう木村さんには会いたくないって言ってましたよ」

 やけに嬉しそうに笑う黛君にイラッときた悠。

「こっちのセリフだよ。私が嫌な思いしたのがそんなに楽しい?」

 黛君は声を出して笑った。

「違いますよ。嬉しいのは昨日、僕は大成功だったんで。篠ちゃんと今日も会う事になってるんです」

 悠、村田さんともう一人の女の子、篠田さん。そのニックネームが篠ちゃんだ。昨日の今日で、もう二度目の約束があるとは。朱木さんはかわいそうだが、黛君は篠田さんにとられてしまうだろう。


「僕、ちょっとコンビニ行ってきます。少ししたら戻って来るんで」

 黛君はそう言って店を出て行った。待っていたかのようにあり姐が言う。


「昨日って合コンですか? 何があったんですか?」

「私、一人の男の子と仲良くなったんだよ。で、カラオケに行って……」


 悠が全て話し終えると、あり姐は眉をひそめていた。


「悠さんがそんな目にあって、黛は女の子と良い感じになるなんて、私納得いきません」

「めぐりあわせだからね……運が悪かったってことだよ」

「何で悠さんが運が悪くて、黛が運がいいんですか」

 思わず「ふっ」と笑う悠。

「まあ、何でと言ってもね……」

「分かってます。でも、それでも納得いきません。私は不公平だと思います」

「不公平……?」

「普段周りの人を大事にしない黛みたいなやつが合コンで得して、悠さんが損するなんて」

 日頃の行いがいい者が、それだけ得をするべき。あり姐らしい考え方だ。もちろん現実はそんなふうにはいかないし、あり姐もそれは分かっている。それでも許せない。そこもあり姐らしい。

「まあ、世の中なんてそんなもんだよ」

「……でも、不公平です」

 あり姐の『不公平』という言葉は、何となく悠の心に響いた。『世の中はそんなもの』と言いつつも、やはり悠も心のどこかでそう感じていたのだ。




 詩織は一日の授業を終え、学食のきつねうどんで小腹を満たしていた。これは、嫌な事やへこむ事があった時によく食べている。甘い揚げと繊細な出汁のつゆが、心に沁みるのだ。

 うどんをすすりながらこれからの事を考える。単位の事は諦めるしかない。うどんは心に沁みるといっても、それだけで満足して嫌な事を忘れる事はできない。どうするべきか。

 簡単だ。いそべえか悠を愚痴に付き合わせればいいのだ。

 悠は仕事中。いそべえは、大学のどこかにいるだろう。詩織はすぐにいそべえに電話をかけた。

「もしもし、私。あのさ、今から……」

「あ、ごめん、今ちょっと立て込んでて……」

 電話に出たいそべえはいつにもなく困り果てたような声だった。

「立て込んでるって何?」

「レオンさんが、大変なことになっちゃって」

『レオン』というのは、滝川さんのあだ名だ。

「滝川先輩? どうしたの」

「ちょっと、こっちに来てくれる? いつもの研究室にいるから」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る