幸せなバレンタイン? 4/6
十三日、バレンタイン前日。悠は浩太の事を考えながら仕事をしていた。
付き合っている時は、高校生という事もあって、お互いいたらない事が多かった。だが、二十五歳になった今、どう成長しているだろう。悠も、高校生当時と比べればもちろん、色々と経験も積み、大人になった。浩太も大人になっているはずだ。
大人と大人の付き合いはどんな風になるだろう。悠には、仕事を始めてから彼氏はできていない。もし浩太と付き合う事になった場合、何をどんな風にすればいいのかよく分からない。
デートはどこに行くのか。それに、悠はオシャレな女らしい服は持っていないし、普段、化粧もろくにしない。地味に気になるのは、お金の事。付き合う事によってどの程度お金を遣うようになるのか。大人同士の付き合いで、記念日のプレゼントは、どれくらいの値段の、どんな物が普通なんだろうか。
デートプランを考えるのは男、という印象があるが、浩太の場合はどうだろう。もし悠が考えるとしたら……どこに行ったらいいのだろう。遊園地は子供っぽいような気がする。美術館や博物館は好みが分かれる。映画なんかは無難かもしれない。でも、毎回映画なんていうのはおかしい。それと、食事はどんなところでするべきか。ファストフードはデートで行くべき店じゃないし、あまり安い店もやはり子供っぽく思われるかもしれない。
そんな今考えなくてもいい事をぐるぐる考えているうちに、夜になり、ついに浩太がやって来たのだった。
「こんにちはー」
挨拶と共にガラガラと扉を引き、入って来た浩太はスーツ姿。仕事の帰りだろう。悠は緊張するあまり、『いらっしゃいませ』のタイミングを逃した。
「えっと……久し、ぶり……」
「久しぶり。悠、変わってないな。適当に座って平気?」
にこりと笑う浩太。どきりと心臓が鳴る悠。
「あ、案内するよ。こっちにどうぞ」
浩太を座敷に案内し、注文を取る。ヒレカツ定食のオーダーを大将に伝え、悠は店内を見渡した。もう、お客はあまりいない。学生のバイトだけで対応できそうだ。
悠は、浩太の元へと向かった。
「お仕事お疲れ様」
悠がそう言うと、浩太はおしぼりで手を拭きながら笑顔を見せた。高校生の頃より優しそうな顔に見える。
「どうも。なんか、奥さんみたいなセリフだな」
「そうかな? 私お店では結構言うよ?」
「へえ。家みたい。それが店の人気の秘訣かな?」
「どうだろうね。お料理が一番の秘訣だと思うけど」
「お前、俺と別れてからどうしてた?」
「ここで働いてたよ。ずっと」
「そっか。俺は、大学出て事務の仕事やってるんだ」
「突然電話くれて、びっくりしたよ。どうしたの?」
「いや、ちょっと最近、昔の事思い出す機会があってさ。お前と話したくなったんだよ」
悠の心臓がまた大きく鼓動し始める。いよいよ核心部分だ。
「話って何なの?」
「実はさ……」
「うん」
「俺……」
なんだか恥ずかしそうな浩太。頭を掻きながらこう言った。
「結婚するんだ」
どっかーん! と悠の中で何かが弾けた。
「明日、婚姻届けを出しに行くんだよ」
「そっ、うなんだ……おめでとう」
バイトの朱木さんがヒレカツ定食を浩太の元に運んできた。二人で「ありがとう」と返事をする。
「うまそうだなー」
「美味しいよ。自慢の一品だから。……結婚の報告にわざわざ来たの?」
味噌汁をすすって「いや」と浩太。
「結婚するって決めたら、昔の彼女の事色々思い出して。もちろん、お前の事も」
「うんうん」
「俺、奥さんを幸せにできるか不安になって。それで俺、今まで付き合って来た女を幸せにしてきたかな? って考えてさ。俺、お前と別れる頃、色々酷い事言ったじゃん」
「まあ、そうだね。私も言ったけど。まだ高校生だったし……」
浩太はヒレカツとご飯を交互に口に運びながら続きを話す。
「でさ、お前がその時の事どう思ってるか気になって、聞きに来たんだ」
結婚、というめでたい出来事を控えた浩太に、悠は笑って見せた。
「もうそんなこと気にしてないよ」
「本当に?」
「うん。七年も経ってるし、お互い様だし」
悠の言葉を聞いた浩太は、今まで一番の笑顔になった。
「よかったー! すごく気になってたんだよ。お前がもしも今でも俺の事悪く思ってたらどうしようって。でもよかった。俺、今まで付き合って来た女、ちゃんと幸せにしてるよな」
「そうだね、きっと……」
幸せにしている……かどうかはよく分からないし、知らないが、なんとも突っ込みづらい。悠はその後も笑顔で浩太の話を聞きながら、相槌を打ったり浩太の欲しい返事を返したりしていた。
最後に、奥さんがどんなに素敵な女性かを力説し、浩太は帰って行った。
何だったんだろう。浩太の目的はある種の自慰行為。自分のマリッジブルーを解消するために、悠の所に来たのだ。特に『ごめん』等の謝罪の言葉もなく、気にしているかどうかを問い、悠から良い返事をもらってほくほくに。悠の近況その他には何も興味を示さず、自分の話をするだけして、帰って行った。
ちなみに、結婚式への招待も、なし。
仕事を終えた後、悠は浩太のために作ったチョコが入った鞄を抱え、惨めな気分をたっぷり味わいながら家へ帰った。
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