幸せなバレンタイン? 5/6




「おっはよーう。昨日は残念だったね。これあげるからさ、元気出して今日も仕事頑張ってね。いいことあるよきっと」

 詩織は悠にできそこないのチョコが入った袋を手渡し、大学へ向かって行った。このチョコは、いそべえにあげるチョコを作る際に失敗したものだろう。かなり形がいびつだったり、割れたりしている。そんなチョコが結構たくさん入っている。


 これが、悠が本日のバレンタインで貰ったチョコ一号だ。



 岡本食堂に出勤。バイトの朱木さん、村田さんもすぐにやって来た。二人とも普段は持っていない紙袋を持っている。


「これ、義理チョコでーす。大将さんも木村さんもどうぞ取ってくださーい」

 村田さんがそう言って紙袋からさらに小さな袋を取り出す。その隣に朱木さんが「こちらもどうぞ」と同じようにチョコの入った袋を並べた。

「ありがとう」と受け取る大将と悠。


 これが、悠が貰ったチョコ二号と三号だ。



 ランチ営業が終わり、悠がまかないを作っていると、阿部君とあり姐がやってきた。

「これ……」

 小声で言いながら阿部君が紙袋をテーブルに置く。まずあり姐がそれを覗き込んだ。

「え、これチョコ?! 阿部君、男の子なのにバレンタインにチョコ作って持ってきたの?!」

「は……」

 はい、という返事を聞いて、あり姐は阿部君の背中をパシンと叩いた。

「阿部君、まめ! ほんっとに偉い。絶対将来女の子にモテる」


 悠はまかないのかつ丼をテーブルに並べながら紙袋に目をやった。

「阿部君、お菓子作るの好きなの?」

「は……」

 恥ずかしそうな阿部君。だが、紙袋からさらに小さな袋を取り出し、悠に渡してくれた。


 これが、悠が貰ったチョコ四号。


「あ、私も持ってきましたよ」

 そう言ってあり姐も袋をテーブルに置いた。中から小さな袋を取り出し、やはり悠に一つ渡してくれた。

「ありがとうー。これ、宮基君へのチョコで失敗したやつ?」

 悠が冗談めかして言うと、あり姐は笑いながら首を横に振った。

「違います。ちゃんと悠さん用に作りました。垣沼さんは失敗したやつを『これは悠にあげようっと』とか言ってましたけど」

「やっぱり! 今朝できそこないのやつたくさんもらったよ」

「貰いました? 言っちゃ悪いですけど、ほんっとにできそこないじゃなかったですか?」

「ほんっとにできそこないだった! ぐちゃぐちゃ!」

「あはは」と二人で笑いあう。


「真田さん、今日は宮基君とデートするの?」

 悠がそう聞くとあり姐は恥ずかしそうに笑いながら「はい」とうなずいた。

「夕飯食べるだけですけど。垣沼さんと美紀も、今日は同じようにデートするみたいです」

「いいなー。羨ましい」

「悠さんには、本命チョコくれそうな男いないんですか?」

「いないいない。それに、変な男から本命チョコ渡されるより、仲良しから義理チョコもらう方が嬉しいよ。ありがとう」

 あり姐から貰った袋を少し開けて中を覗いてみる。詩織がくれたチョコとは比べ物にならないほどきちんと形が整った綺麗なチョコが入っていた。


 これが、悠が貰ったチョコ五号。




 悠達がまかないを食べていると、外から誰かが扉を叩いた。悠がもぐもぐしながら扉を開けると、そこにいたのは、いそべえやあり姐達の大学の先輩、滝川さん。以前、レズビアンの集まりに悠を招待してくれた子だ。

 チョコが入っているらしい箱を持っている。

「悠さん、こんにちは」

「こんにちは。どうしたの?」

「これ、貰ってください」

 そう言って滝川さんは、チョコの箱を悠に手渡した。

「本命です」

 レズビアンの滝川さん。その一言と共に、パチリとウィンクしてきた。「えっ」と動揺する悠。

「いや、私は……」

 戸惑う悠を見て滝川さんは顔を赤くしながら笑った。

「冗談ですよ。作ったんで、あげます。それだけです。あー、これじゃ自己満だなあ……。まあ、よかったら食べてください。それじゃあ!」

 滝川さんはピースの手で敬礼すると、そそくさと自転車に乗って行ってしまった。


 悠が貰ったチョコ六号だ。




 バレンタインの夜の営業。お客さんが増え始めた頃、扉付近から「木村さーん」とダルそうな声が聴こえてきた。

 そこにいたのは、滝川さんつながりで知り合ったあの女子高生、山口理眞さんだった。


「いらっしゃーい。どうぞー」

 悠が笑顔で案内しようとすると、山口さんは「いえ」と手を横に振った。

「客じゃないんです。木村さん、一瞬だけいいですか?」

「何? どうしたの」


 悠がそばに行くと、山口さんは小箱を鞄から引っ張り出した。これはまさか……

「これ、木村さんにあげます」

「え……」

 山口さんは滝川さんと同じくレズビアン。またしても戸惑う悠だったが、山口さんは「あ」と呟き、すぐに言った。

「大丈夫ですよ。そういう意味じゃないんで。どうぞ」


「義理チョコ? 私にわざわざ? ……違うでしょ。誰かにあげようとしたんじゃないの?」

 悠がにやりと笑ってそう言うと、山口さんは照れ笑い。

「よく分かりましたね……。お察しの通り、あげたい人がいたんですけど、勇気がなくて渡せなくて……ちょうど近くまで来てたんで、どうせなら木村さんにあげようかなって」


「今からでも勇気出して渡しに行けないの?」

「いやー!」と首を横に振る山口さん。

「もう無理です。マジでもう無理です。怖すぎて。木村さんにあげるんで、美味しく食べてください」


 悠が貰ったチョコ七号。予想以上にたくさんチョコを貰う一日になってしまった。



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