甘え下手 5/5
ゲームセンターから悠の家へ。テーブルの上に、お皿が並んだ。
「餅だよ! ひたすら餅!」
詩織が嬉しそうにオーブントースターで焼いた餅を皿に盛っていく。それと入れ替えるように新しいお餅をオーブントースターの中へ。すぐに第二弾を焼き始める。三人はお餅と共にテーブルについた。
「神田さん、詩織、何にする?」
「最初は海苔と醤油で!」
「私はあべかわ!」
お餅パーティーだ。切り餅をひたすら食べまくる。海苔と醤油、きなこ、つぶあん、こしあんをつけて、三人ともたっぷり楽しんだ。
「うー、私もう無理」
悠がそう言って箸を置いた。もう七つは食べただろうか。いよかんも「私もです」と箸を置いた。
「美味しかったです」
詩織は一人、十一個目のお餅につぶあんをつけてかぶりついている。
「ぬむあんは、あぬにのなおにがなんになれねいいね」
「え? 何ですか?」
毎度の事ながら口に物が入っている状態で喋る詩織。悠は「うん」と適当に流すが、いよかんは律儀に聞き返している。詩織はぐいっとお餅を飲み込んだ。
「つぶあんは、小豆の香りが感じられていいねって」
「あはは」と笑ういよかん。悠はすっかり砕けてきたいよかんに「ねえ」と話しかけた。
「誘い受けてくれてありがとね」
「ああ……まあ、美紀さんの顔を立てて……」
「本当にそれが理由なの? 神田さんにとって、美紀ちゃんの顔ってそんなに大事?」
再び笑ういよかん。
「全然です」
悠と詩織も笑い始めた。いよかんは「だって」と話を続ける。
「あの人、ネジ飛んでるじゃないですか。今回の事だって、まさか詩織さんにもやらせるなんて思いませんでしたよ。私、いそべえさんの事好きだったのに」
自然な流れで告白。詩織は以前から気付いていたようで、特に何も言わず、笑った。
「美紀さん、色恋沙汰に鋭いから絶対気付いてたはずなのに。普通頼みませんよね。彼女の詩織さんには。それがまさか……正直、美紀さんは苦手です。優しい人なんだろうとは思いますけど」
「でもさ、それなら何で今日来てくれたの?」
詩織が聞くといよかんはちょっと恥ずかしそうに言った。
「正直、一人でお正月って、本当は寂しかったんです。なので、一人よりはマシだと思って。でも、一度断った手前正直には言えなくて、美紀さんの顔をうんたらかんたら、嘘つきました」
「あはは」と笑う詩織。悠は「やっぱり」と、やはり笑顔。
「神田さん、どうして実家に帰らなかったの? お金?」
「いえ……ちょっと、双子の弟に会いたくなくて」
「関係悪いの?」
「悪いっていうか……」
いよかんは迷いながらも話し出した。
「うち、静岡の古い家で、弟は跡取りとしてすごく大事に育てられたんです。双子の姉の私は、女って事もあって、弟程は構ってもらえなくて」
「うんうん」と悠は相槌を打つ。詩織も黙って聞いている。
「それで、弟に嫉妬してたんです。親に構ってほしくて、小さい頃から勉強は頑張ったし家の手伝いもしたし……。それでも弟程大事にしてもらえなくて、ある日爆発して弟と喧嘩したんです。その時、私弟を突き飛ばしたんですけど、弟が倒れて頭打って、気を失って」
「えー」「あらら」と詩織と悠。
「それが色んな意味でトラウマになっちゃって。自分はなんてことしちゃったんだって自己嫌悪とか、泣いて心配する親を見て、私だったらこんなに大事にしてもらえないだろうなとか。私は永久に弟に敵わないんだって。最近辛いことが重なって、昔の事色々思い出したんです。今実家に帰って弟見たら、私辛すぎて壊れちゃいそうって思って、帰れなかったんです」
「友達にはそう言う悩み事、話せないの?」
悠がそう聞くと、いよかんは「無理ですね」と即答した。
「私しんどい時って、すっごく不機嫌になっちゃうんで、友達には避けられちゃうんですよね。それで、私の方も何となく近寄れなくなって。でも、今日は結構楽しかったんで、色々忘れていられました」
「こういうこと話せる友達、一人もいないの?」
「いないですね。今は友達より彼氏が欲しいです」
「池谷!」と詩織が入ってきた。
「だってさ、いよかんちゃんのこと狙ってるらしいじゃん」
「うーん……この際池谷でもいいかなー」
いよかんがそう言うと悠はすぐに「えー」と反対。
「池谷なんてろくなもんじゃないって」
「それは分かってるんですけど、もう寂しくて……まあ、色々問題があるのは分かってますよ。本当に。黛のヤツに私の事ペラペラしゃべったみたいですし」
「えっ!」と悠と詩織。
「じゃあそういえばひょっとして、黛君が真田さんの事知ってたのって、池谷が喋ったからかな……?」
悠に「多分そうだと思います」といよかん。
「あいつ、ある意味天才なんですよ。ありとあらゆる方法で女の子を揺さぶって、自分の方に傾けたり、依存させたり。しかも、彼氏持ちでも。あり姐さんのことも、狙ってましたから」
悠が何となく予想していた通りだ。
「やっぱりそういうヤツじゃん! 最悪だよ! やめときな。そんなヤツ」
「うーん……でも私、今本当に寂しくて」
「関わると余計に寂しい思いさせられることになると思うよ。結果としてね」
「うーん、そうですかねー……」
「絶対そう思う。それより友達に悩み話しなよ」
悠がそう言うと、また「うーん」といよかん。
「友達にはもう、話せないです。散々迷惑かけてるし。『今更何?』って思われちゃいます。……私、詩織さんとかあり姐さんとか、本当に羨ましいんですよ。色々受け止めてくれるいい彼氏がいて。木村さんは彼氏いないんですか?」
「いない。だから寂しさはちょっとだけ分かるよ」
その後は、悠といよかんの過去の話を中心に、女三人、恋バナで盛り上がった。それもお開きになると、悠と詩織はいよかんを駅まで送った。「じゃあね」の前に、悠はいよかんに言った。
「もしよかったら、これからもたまに遊ぼうよ。愚痴とか聞いてあげるよ」
「私も」と詩織。そんな二人の厚意をいよかんはあっさり「無理です」と笑顔で断った。
「私、甘え下手なんで。でも、今日は本当に楽しかったです。それじゃあ、さよなら」
駅の階段を登っていくいよかんを見ながら、悠は一番心配している事を小声でつぶやいた。
「池谷とくっつくなよー」
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