甘え下手 2/5
『F-』
そう書かれて返ってきたレポートを詩織は受け取った。席について中身を見直す。詩織が書いた文章の様々な箇所に赤線が引かれ『?』の文字が書き込まれている。さらに『何が言いたいのかよく分かりません』『授業で扱った内容と食い違います』『これだと論理的に意味不明です』とも。
基本的に授業の課題でいい評価はもらえない詩織だが、ここまで酷いのは久々だった。詩織は授業が終わると携帯を取り出し、いそべえに電話をかけた。
「もしもし。私だけど。今日さ、夕飯一緒に食べたい。……何で? あのさ、それ今日じゃなきゃダメなの? ……何時からなら行ける? ……それ遅すぎるよ。八時。……じゃあ八時半。約束ね」
*
夕方。あり姐と宮ちゃんは公園にやって来ていた。これは、毎週恒例の散歩だ。
「阿部君って、ほんっとにそうなの。声小さいし、顔も普段人に向けないのに、実は人の話よく聞いてて」
「そうなんだ」
「いい子なの。なんであちこちで邪険に扱われてたのか分からない」
公園の池近くにあるテーブルとベンチに、二人は座った。宮ちゃんは座るとリュックを前に抱え、中をまさぐり始め、あり姐は話を続ける。
「絶対、阿部君じゃなくて周りの人が悪い。そうとしか考えられない。どうせきちんと阿部君の事知りもしないで、自分たちの都合よく動かないから邪険に扱ってたんでしょ。そっちの方がずっと問題ある」
「うーん、そうかもねえ」
宮ちゃんが取り出したのは、ポータブルのゲーム機。すぐにスイッチを入れた。
「……何やってんの?」
「え?」
「彼女と二人で話してるのに、ゲーム取り出すとか、ほんっと何考えてんの? 話聞く気ないわけ? 勝手すぎでしょ」
宮ちゃんはゲーマー。それだけならいいのだが、好きなシリーズの新作が出るとそれに夢中になりすぎ、こんなことが起こったりする。
あり姐は立ち上がって歩き始めた。ゲームをしまい、慌てて追いかける宮ちゃん。
「ありさ待って。ごめん」
宮ちゃんの手をあり姐は振り払う。かなり頭に来ているらしい。
「どうせ私の話なんて退屈なんでしょ」
「ごめんって」
「もうどうでもいいから!」
*
夜遅く。悠の家のインターホンが鳴った。現れたのは詩織。いつもは一人で訪ねてくる詩織だが、今日は美紀を連れていた。
「あのさ、ポップコーンとか食べ物買って来たよ。一緒に食べよう」
「はいはい」
悠がグイッと扉を広げる。詩織が入り、続いて美紀が「お邪魔しまーす」と中に入る。二人ともすぐに席に着いた。悠は棚からコップを出す。
「美紀ちゃんも一緒なのって、珍しいね」
「詩織から誘われたんです。悠さんち行こって」
コップにジュースでも注ぐかと思いきや、詩織は日本酒の瓶を取り出した。自分のコップに注ぎながら聞く。
「お酒飲む人ー」
「あたし!」と美紀。悠はお茶を注いで座った。
「さてと、どうして二人で来たの? 何かあった?」
詩織は一口お酒を飲んで、ふん、と鼻でため息。
「今日、授業のレポートが返って来たんだけどさ。それが最低評価でさ」
「それで落ち込んだって事?」
「落ち込んだんだけどさ。その後、いそべえに電話して一緒にご飯食べて……。愚痴りたかったのに、『そのレポート見せて』とか言われてさ、『ここがおかしい』とか『こうした方がいい』とか、津波のようにアドバイスが始まってさ。私そんなにダメか! って、もう色々嫌になってさ。あいつの悪口言いたくなったんだよ」
ぶふっ、とお茶を噴き出しそうになった悠。
「彼氏の悪口言いうために来たって事?」
「うん。だけど悠はどうせあいつの味方するだろうからさ、美紀も誘って」
「急に呼び出されて来ました」
美紀が手を上げる。悠は笑いながら詩織に言った。
「悪口って?」
「だってさ! なくない?! レポート最低評価で落ち込んでる時に、もっとああしろこうしろって! そんなの、転んで泣いてる子どもに『不注意だから転んだんだ』とか、痴漢にあった女の子に『スカートが短いからだ』とかいきなり説教するようなもんだよ! 入り口おかしいでしょ!」
「あー、まあ」と悠が言いかけると「ほら!」と詩織。
「煮え切らない態度! あいつの味方してるじゃん!」
「まだ何も言ってないでしょ!」
美紀が「あはは」と笑う。
「いそべえのヤツ、たまーにそういう勘違いすんだよな。『どうしたらいいか相談されてる』って思ったんだろ。だからアドバイス……」
「でもさ! 私、急にあいつを夕飯に誘ったんだよ? その早急さで何となく分からない? 『何かあったな』って。相談なんかいつだってできるのにさ。今日じゃなくてもいいじゃん。緊急的な助けが必要なんだって読み取らなきゃダメだと思うよ」
「うーん、そかなあ……」
「あー!」
バンバンとテーブルを叩く詩織。
「美紀まであいつの味方してる!」
「別にしてねって! お前怒りすぎだよ!」
詩織は悠と美紀の前で『むっつりスケベ』『隠れ甲斐性なし』等々と散々いそべえの悪口を言った後、ぐでん、と眠ってしまった。
テーブルに突っ伏した詩織の隣でコップのお酒を飲む美紀。「ふう」と一息ついた。
「こいつ、甘え上手ですよねー」
「確かにね」と同意する悠。
「天才的に上手いと思う」
「みんながこいつくらい甘え上手だったらいんですけど」
「いやー、世の中崩壊しちゃうよ」
美紀は軽く笑うと、コップのお酒を飲みほした。
「あの、悠さん、いよかんの事どれくらい知ってます?」
「いよかん……うーん、絵が上手くて、嫌なことがあると超不機嫌になる子だよね?」
「はい。あいつ、甘え下手なんですよ」
「詩織と正反対なんだね」
「実は、あたし、あいつのことちょっ心配で」
何か話しが始まるらしい。悠はイスの角度を変えて美紀と向かい合った。
「心配?」
「あいつ、だいぶ前から絵の方がずっとスランプなんですよ。それに加えて、この前の黛の一件があって、自信もなくしてっぽくて。でも、甘え下手だからひたすら不機嫌になったり人とか物とかに当たったりして、周りん友達とかは距離置いちゃってんです。それで余計に落ち込んで……って悪循環で。あたしが何とかしてやりたいんですけど、あたし、あいつに嫌われてっぽいんですよね」
「そうなんだ」
「あいつ、正月も実家に帰んないらしくて。ホントに誰も助けてやる人いないんで、ちょっ力貸してくれませんか?」
「うーん、私、いよかんちゃんのことそんなによく知らないけど、できる事なんかあるかなあ?」
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