甘え下手 3/5




 いよかんがいつもお昼を食べる、学食のお気に入りの場所。それを美紀から教えてもらった悠と詩織は、昼休みの学食にいた。視線の先には、美紀の言った通りの場所で、一人かつ丼を食べるいよかんの姿が。


「神田さん」

 悠が声をかけると、いよかんは少し驚いた様子で「こんにちは」と返してきた。悠はいよかんの向かいに、詩織は隣に腰かける。

「……何か私に用ですか?」

「うん」と悠は隠さずにすぐに言った。

「美紀ちゃんが、神田さんの事すごく心配しててね」

「はあ」とため息のいよかん。

「あの人の差し金ですか」

「いよかん、お正月にも実家に帰らないって聞いたけど」

 詩織がそう言うといよかんは顔を向けずに「はい」と一言だけ。「それなら」と悠。


「神田さん、一月二日、私達と一緒にちょっと遊ばない?」

「……何をしてですか?」

「神田さんのしたい事」

「したい事なんてないですよ」

「じゃあ私達がコーディネートしておくよ。どう?」

「……お正月は一人で過ごしたいんで」

「そっか。そうだよね」と、あっさり引き下がる悠。食い下がってもダメだと態度で判断したのだ。

「でも、美紀ちゃんはすごく心配してたよ。それは分かってあげて。じゃあね」




 *




「じゃあ、美紀に頼まれたからいよかんの所に行ったの?」

「うん」

 講義棟の一角にある学生用ラウンジ。いそべえが教科書片手に詩織の話を聞いていた。

「いよかんは何だって?」

「お正月は一人で過ごしたいって断られた」

「そっか」

 二人の向かい側には、宮ちゃんもいる。

「まあ、しー坊も悠さんも、いよかんとはそこまで親しくないもんねえ。いよかんからしたら『急に何で』って思うかもねえ……あああああ」

 スマホをいじりながら喋っていた宮ちゃんが突然突っ伏した。詩織が「どうしたの?」と聞くと、宮ちゃんはスマホを見せてきた。写っているのは、あり姐からのメッセージ。


 --- いつまでもごめんごめんうるさい。引きずりすぎでしょ。でもあれはほんっとにない。自分の彼女と話してるのにゲーム取り出すとか、ありえないでしょ。すごく嫌だった。でも私もいつまでも不機嫌すぎた。ごめん。


「かわいい……かわいい」

 そうつぶやいてスマホを眺める宮ちゃん。「へえー」といそべえ。

「あり姐って、宮ちゃん相手には絶対に謝らないと思ってたけど。そんなことないんだね」

「うん。でも、活字を介さないと無理みたいだねえ。直接謝られた事はない」

「あり姐が悪い時も?」詩織が聞くと「うん」と宮ちゃんはうなずいた。

「自分が悪いと思ってる時は、何も言わなくなる。不機嫌になったりとかもするねえ。でも、その後ちょっとだけ優しくなる。そういうところがかわいいんだよねえ」


「不機嫌かあ……。あのさ、いよかんとちょっと似てる?」

 詩織がそう言うと「そうかもね」といそべえ。

「でもあり姐は、宮ちゃん以外に対しては、自分が悪い時は潔く謝るんだよ。宮ちゃんは特別みたい。まあ、ある種の甘えだよね」

「うんうん」と宮ちゃん。

「いよかんは、それをみんなにやっちゃうんだよねえ。だからちょっと敬遠されちゃうところがあって……」


「やっぱり悠とか美紀が言ってた通り、甘え下手なんだねきっと」


「それより宮ちゃん」といそべえ。

「ん?」

「そのメッセージ、勝手に俺達に見せてよかったの?」


「あ……あああああああ怒られる……秘密にして……」


 いそべえと詩織が二人して笑っていると、詩織のスマホが震えた。



 --- 美紀さんの顔を立てて、一月二日、お付き合いします。何時からですか?



 いよかんだ。



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