鏡 5/6 ~詩織の調査~

 授業終了後、詩織はいそべえを呼びつけて、美術棟からある人が出てくるのを待っていた。

「あのさ、連絡しといてくれたの?」

「したした。でもあの子いつも遅くまでいる子だからね」

 詩織は時計を確認した。もう九時を過ぎている。

「あのさ、待ち合わせ時間とかなかったの?」

「なかった。しつこくすると、裏で何言われるか分からないからね。向こうが指定しなかったら、もうひたすら待ってるしかないよ。…あ、出てきた」

 二人の前に待ちに待った女の子が現れた。

「お待たせ。話って美紀の事でしょ?」

 真田ありさ、通称あり姐。彼女は美紀と同じく彫刻研究室にいて、今回の一件を初めから最後まで知っている。

「うん。しー坊が…」

「寒いからどっかお店に行こう。私お腹すいてるの」

 あり姐はそう言いながら二人の返事を聞かずに歩きだした。あり姐は悠並みに背が高く、しゃべるのも歩くのも早くて、その行動、言動には一抹の迷いもない。詩織は何となく威圧感をうけ、黙って従った。



 来たのは安いファミレスだ。ゆっくりしゃべろうと三人ともドリンクバーを注文して、ジュースやお茶を飲んで一息ついた。

「美紀と田端先生は元々、ウマが合わない感じだったの」

 本当に『一息』で、あり姐はしゃべり出した。田端先生は彫刻の先生だ。

「美紀の方はたいして気にしてないみたいなんだけど、先生は事あるごとにあれこれ言ってたの。『よく分かんねえ』とか『変人の自分に酔ってる』みたいな」

「ああ、田端先生言いそう。本人いないところでだよね?」

「あのさ、どんな先生なの?」

 おいてけぼりになりそうな詩織はすかさず聞いた。

「いつも学生とか他の先生の悪口言ってるんだよね。小馬鹿にしたような態度で」

「まあでもね、美紀の事に関しては、先生の言う事も一理あるの。あの子確かに『よく分からない』から」

「あの日は直接美紀に何か言ったんですよね? 先生、なんて言ったんですか?」

 同い年で向こうはタメ口なのに詩織の方は敬語だ。あり姐の雰囲気に委縮しているからなのだが、いそべえはさっきから詩織の様子に気付いていない。鈍感と言う事もあるが、どうやら田端先生の話に熱が入っているようだ。

「うーん、まあね、それは美紀が何作ったか分かっちゃうから、全部は言えない」

「美紀、結局何作ったの? 俺、残骸は見たけど全然分からなかったんだよね」

「いやー、言えない。それはほんっとに、美紀の名誉のために」

「そんなにですか?」

「ほんっとにね、ないよあれは。先生が怒るのも無理ない。美紀は、あたし自身の人格が反映されてるんです的な言い訳してたの。そしたら先生は『こんな安っぽいお前の個人的な自慰行為なんかよそでやれ』みたいな」

「あの人、またそんなひどい言い方したんだ。作品ダメだと思ったとしても、他に言い方あるはずだよね」

「まあね、確かにそうかもしれないけど。でも、私も美紀の味方は出来ない。ほんっとにね、あの作品見せられたら」

 あり姐は結局、それ以上の事を教えてはくれなかった。



                  *



「しー坊も春学期の授業で田端先生に色々言われてたよね」

「あー、そうだったね」

「あの先生はね、学生の事きちんと観察出来ない先生なんだよね」

「うーん、自分なりに観察はしてると思うよきっと」

 いそべえは詩織との帰り道もひたすら田端先生の話をしていた。確かに春学期の授業「図画工作科・造形表現演習」では、課題で作った作品も詩織自身も散々な言われ方をしたのだが、思い出したくない過去だし、重要なのは田端先生ではなく美紀だ。

 ちょっとピントがずれたいそべえの話を軽く聞き流しながら歩いたが、普段冷静に穏やかに話すいそべえがここまで熱を入れるのは、田端先生は普段からそうとうキツイ事を学生に言っているからだろう。


―― 美紀、なんて言われたのかな…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る