神様は不公平 7/7




 横浜中華街。比較的リーズナブルな料理店で、悠、詩織、いそべえ、滝川さんの四人は名物の『あさりそば』をすすっていた。


「あっさりしてて食べやすいね。麺ののど越しも最高」

 詩織はそう言って最後の麺をずずっとすすった。いそべえは隣であさりを口に運ぶ。

「あさりも凄く大粒でおいしいね。新鮮だし」

「スープもショウガがきいてていいな。全部飲み干せそう。どう? 滝川さん」

 悠に聞かれた滝川さんは、もぐもぐしながらうなずいた。

「おいしいです」

 ちょっと元気がないが、笑顔でそう言ってくれる滝川さん。

「この後どうしようか。山下公園にでも行く?」



 悠の提案で山下公園へ。二月というこの季節、潮風は冷たいが、日が照っていて散歩するにはそれなりに心地いい。石畳の道を四人で並んで歩く。足元では、数え切れないほどの海鳥が餌を求めてか歩き回っていた。

 博物館船『氷川丸』の前を通り過ぎる。氷川丸を繋ぎとめている何本もの太い鎖には、やはり海鳥が数え切れないほどとまって羽を休めていた。

「あれカモメかな? それかウミネコ?」

「足とくちばしが赤いから、きっとユリカモメだね」

 詩織の疑問にいそべえが詳しく答える。並んで歩く二人から少し遅れて、悠と滝川さんは歩いていた。


「いいカップルですよね。私もあんな恋人ほしいなあ」

 いそべえを見ながら滝川さん。もちろん、あんな彼氏、ではなく、あんな彼女、だ。

「滝川さん、黒川君みたいなのがタイプ?」

「いやー……私、タイプとか特にないんです」

「ないの? いつも好きになる人のタイプバラバラってこと?」

「バラバラですね。すらっとした王子様みたいな女の子とか、ふわふわした関西弁のカワイイ女の子とか、おしゃべりな元気っ娘とか」

「そうなんだ。いいね。いろんな恋が楽しめそう」

「いろんな恋……」

 滝川さんは軽くうつむいた後、こんな事を言った。

「悠さん、私が告白したの覚えてます?」

 実は滝川さん、悠に惚れて告白をした過去がある。女性を好きにはならない悠が相手だったこともあり、当然何も実らなかった。

「もちろん覚えてるよ。あの時はごめん。傷つけて」

「そんなこと気にしなくていいですよ。それより、今だから言える話があるんです」

「何?」

 悠が聞くと、滝川さんは少し恥ずかしそうに笑った。

「実はあの当時、私少し前に別れた元カノのことまだ好きだったんですよ。それなのに悠さんのことも好きで告白して。私、気が多いんですよ。同時に何人も好きになって、この人ならいけるかも、とか、この人よりこっちの方が、なんて考えちゃうんです。私、悠さんの事まだ素敵だなって思ってますよ」

「え? でも、好きな人がいて告白したんでしょ? それでアウティング……」

「悠さんの事好きで、でも悠さんはビアンじゃないから無理。だからもう片方の好きな子に告白。私って、そんな人間なんです」

 滝川さんは顔を上げて、ため息をついた。

「あのアウティングは、きっと天罰なんですよ。相手に誠実じゃない、一途じゃない私に対する天罰。……神様には隠せないからなあ……」

「まさか」

 まずは一言そう言う悠。

「関係ないよ、そんなの。神様って、そんなに公平じゃないから」

「公平じゃない?」

「悪いことした人に相応の罰を与えたり、いいことした人にご褒美くれたりはしないってこと。実はね、私と詩織も……」



 詩織の単位の話、悠の合コンの話を笑って聞いてくれた滝川さん。『不公平』という言葉にも「なるほど」と理解を示してくれた。

「神様って、不公平なんですね。確かに、努力したって報われるとは限らないからなあ」

「そう。だから、そんなに自分を卑下することないよ。だって……」


「アイス食べる人ー!」

 アイスクリームの自販機の前から、詩織が大声でそう言った。となりでいそべえが財布を引っ張り出している。

「私いらない。寒いから」

 悠はそう返事をする。滝川さんは「ストロベリーがいいなあ」と歩き出す。だが、数歩でとまり、振り返った。


「悠さん、私、悠さんの話聞いてなんだか少しだけ気が楽になりました」

「そう。よかった」と悠は笑顔をむける。


「悠さんがそばにいてくれると、本当に心強いんです。だから……これからもずっと、仲良くしてもらえませんか?」

 ざわ、と悠の心が震えた。正直言って、ほんのりと下心が感じられる。

「うん。友達としてね」

「はい。友達として」

「友達ね」

「はい! あの、今度二人で飲みに行ったり……しません?」

 下心が感じられる。

「うん……いいよ。友達として」

 思わず不自然な文脈で『友達として』と付け加えてしまった悠。だが滝川さんは嬉しそうにリュックを前に抱え、手帳を引っ張り出した。


「いつにします? 私、来週は火曜と水曜なら……」


 好きな人が別にいても、悠とは一緒にいたいし仲良くしていたい滝川さん。そんな彼女の恋も、きちんと成就する日は来るだろう。ひょっとしたら、悠より早いかもしれない。


 ……神様は不公平だから!




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