幸せなバレンタイン? 2/6
チョコ作りハブられショックから冷めやらぬ翌日。悠は開店準備に精を出していた。店内の掃除をし、ソースや醤油等を補充し、テーブルを拭く。一通り終えてふと気付くと、店の隅で、女子学生のバイト二人が何やら真剣な顔で何かを話し合っていた。
「どうしたの? 何かあった?」
悠がそう聞くと、二人のうちの一人、村田さんが嬉しそうに顔をこちらに向けた。
「朱木さん、黛さんにチョコ渡すみたいです!」
もう一人の朱木さんは「ちょっと!」と村田さんの腕を叩く。
「まだ決定じゃないってば! どうしようか迷ってるって言ったでしょ」
「いいじゃん、あげちゃいなよ」と村田さん。
「前からそれとなくアピールしてるんだから、きっといけるよ。木村さん、どう思います?」
村田さんにふられた悠。悠が一番心配なのは朱木さんの恋が破れること……ではなく、破れて岡本食堂にいづらくなって朱木さんがバイトをやめてしまうことだ。
「まだちょっと早いんじゃない? やめといたら?」
「そうですかねー……」
「もっと、確実にいける! って手ごたえをつかんでからにしなよ」
「そうですかねー……」
朱木さんはどちらかというと、背中を押してほしい様子だ。だが、ここで背中を押すわけにはいかない。
「きっと、黛君はまだ朱木さんの気持ちに気付いてないよ。男って鈍感だから。だから、もう少し今まで通りにそれとなく気持ちをアピールし続けて、いける! って手ごたえがあるまでは我慢したほうがいいって」
「……そうですかね……」
すっきり納得はしていない朱木さん。まあ、バイトを辞めさえしなければ、悠からすればあげてもあげなくてもどちらでもいいのだが。バレンタインとはなかなか面倒なイベントだ。
*
朱木さんに思いとどまらせるためにはどうしたらいいか、なんてつまらない事を考えながら一日の仕事を終えた悠。携帯に留守番電話が残っている事に、家に帰ってから気付いた。
詩織だろうか? 文字ではなく電話を使うという事は、緊急の要件かもしれない。詩織の家を訪ねる前に、まずは一応留守番電話のメッセージを確認。すると、それは詩織からではなかった。
「もしもし、黒江浩太です。久しぶり」
ドキッ! と心臓が波打った悠。
「今どうしてる? まだ食堂で働いてるの? 会って話したいことがあるんで、お店の名前教えてください。今日なら夜遅くでも大丈夫なので、電話待ってます」
久しぶりに会いたい、と言ってきた黒江浩太。彼は、高校生の時に別れた悠の元カレだ。高校を卒業してから七年以上、会う事も電話もメールもなかったが、今日突然電話がかかってきた。一体何の用事か、全く見当がつかない。
悠は深呼吸して気持ちを落ち着け、電話をかけた。呼び出し音が鳴り、心臓がバクバク拍動する。
「もしもし、黒江です」
「浩太? 私、木村悠だよ」
「あ、悠! よかった電話してくれて。久しぶり」
「久しぶり。元気だった?」
「元気元気。お前さ、まだ食堂で働いてるの?」
「うん。岡本食堂ってところ。何も変わってないよ」
「実はさ、お前に会って話したいことがあるんだよ。ゆっくり話したいんだけど、店に行ってもいい?」
「お客さんとしてなら、いつでも歓迎だよ。閉店間際なら、お客さんも少なくなるし、話せるけど。……話って何?」
「いや……きちんと会って、顔見て話したいんだ。明日の夜、行くから。その時話すよ」
「じゃあな」と、通話は終了。話の内容は依然として分からないまま。
悠は、すぐに詩織の家を訪ねた。
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