勇気の使い所 6/6




 二週間ほどたったある日。平日、昼営業のラストオーダーの時間が近づいた頃だった。

「こんにちはー」

 ダルそうな声。ベリーショートの女子高校生、山口さんがやってきた。マスクをしている。

「山口さん! こんな時間にどうしたの?」

「風邪ひいて学校休んだんですけど、退屈なんで家抜け出してきました」

「風邪?! 家で寝てな!」

「お昼ここで食べちゃダメですか?」

「うーん、食べたらすぐ帰りな」

 そう言って山口さんを座敷の方へ誘導する。その時だった。店の扉が開き、大きな男が入ってきた。


「サムソン!」


 思わず彼の名前を口にした悠。サムソンの方は、名前を教えていないのに呼ばれたことにかなり驚いたようで「えっ」と固まった。


「あ、ごめんね。実は名前知ってて……えーと、どうぞ」


 サムソンを山口さんの隣の席に案内。頭にニット帽を被っている。怪我を隠しているようだ。

 二人の注文を取り、大将に伝える。ラストオーダーの時間も過ぎ、店内はほとんど客がいなくなった。悠は勇気を出してサムソンの元へと向かった。


「喧嘩、どうなった?」


「え……」とやはり少し驚いた様子のサムソン。しかし話し始めた。

「まだ喧嘩のままっていうか……僕がちょっと、その……やらかしたんで、うやむやになりました」

「やらかしたって?」

「まあ、ちょっと……」

 飛び降りた事だろう。人に言うのは気が引ける、というのも、まあ当然かもしれない。

「そもそもどんな喧嘩だったの?」

「ずっと親に隠してた事があったんですよ。勇気出してそれを打ち明けたんですけど、分かり合えなくて喧嘩……みたいな……」

「ふーん……何隠してたの?」

「それはちょっと……」

「そうだよね。ごめん」

「今日は、僕が親の言い方に頭にきて、また家を出て……それで来ました」


「ねえ君さあ」


 ダルそうな声。山口さんだ。サムソンの頭を指さしている。

「親と喧嘩して怪我したの?」


 少々慌てるサムソン。

「いえ、そういうのじゃないですけど……」


「勇気出して秘密教えたのに、受け入れてもらえないのって辛いよね。私も経験あるよ」

 そう言うと、山口さんは鞄を開け、一枚の紙を取り出した。


「私の秘密。木村さんも見ていいですよ。もう知ってるやつですから」


 体の性 女

 心の性 女

 好きになる性 女


 悠には戦慄が走った。今さっき会ったばかりの知らない相手に、突然のカミングアウト。勇気の使い所を間違えているのではないだろうか?


「私それなんだ。どう? 気持ち悪い?」

「え、いえ……気持ち悪くはないです」

「そっか。私、中学生の時に親に打ち明けたんだ」

「あ、そうなんですか……」


「おい悠!」

 大将に呼ばれた。二人のメニューができ上がっている。悠は慌てて取りに向かった。



 二人はしばらく自分の定食を黙って食べていた。お客は二人しかいなくなり、店内は静かだ。


「あの、すいません」

 呼ばれたかと思ってカウンターから顔を向ける悠。だが、サムソンが呼んだのは悠ではなかった。


「さっきの話の続きなんですけど、秘密打ち明けて……どうなったんですか?」


「ああ……」と山口さん。言えないのではないかという悠の予想に反し、彼女はペラペラと喋り出した。


「お父さんからは『変な本や漫画ばっかり読むからそうなったんだ』みたいに怒鳴られて、お母さんからは『きっといつかよ』とか、変な風に慰められた。私が、詳しく書いてある本とか見せても二人ともちゃんと読んでくれないし、私の話も全然理解してくれないし」


「今は……どんな感じなんですか?」


「んー、別に変わってないっていうか。怒鳴られはしなくなったけど、親は今でも悩んだりしてるみたい。『外では言うな』って言われてたんだけど、高校生になった時まわりのみんなにオープンにして、その時はまた親と喧嘩した。でも私、今は基本毎日ハッピーだよ」


「そうなんですか……」



 先に食べ終えた山口さん。立ち上がった彼女をサムソンが呼び止めた。

「あの、すいません」

 山口さんが無言で振り返ると、サムソンはぺこりと頭を下げた。

「秘密教えてくれて、ありがとうございます。ちょっとだけ元気出ました」


「そう。じゃあね」

 会計を済ませ、お店の外に出た彼女を悠も追い、呼び止めた。


「山口さん! びっくりしたよ。よく、知らない人に話したね!」

 山口さんは何やら照れ笑い。

「いや、どうせもう会わないだろうし、だったら逆にいいかなって」

「勇気いったでしょ」

「あー、そうですね。まあ」


 恐くて大学の敷地に入れなかった山口さんが、知らない人に自分はレズビアンだと突然のカミングアウト。決して誰でもできる事ではないだろう。そして、『元気が出た』と言うサムソン。彼女の勇気は称賛に値する。


「山口さん、勇気あるねー。すごいよ」

「いや、全然ですよ。いつもビビリです」


 山口さんはそう言ってゲホゲホ咳をした後、自転車を駅の方に向け、こぎ出した。

「あれ、ちょっと待って。家そっちじゃないでしょ?」

 キキッと止まった山口さん。

「私、黙って家抜け出して来て……帰っても怒られちゃうんで……一回本屋に……」


「勇気出して帰って寝な!」



 勇気の使い所は難しい。



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