第八話 神様は不公平

神様は不公平 1/7




 大学のとある研究棟のとある扉の前で、詩織は立ち尽くしていた。

「……」

 衝撃で言葉も涙も出ない。一体なぜ、こんな不公平な事が……。



 同じ頃、悠は岡本食堂でまかないのソースカツ丼を前に、箸を止めていた。向かい側にはあり姐。眉をひそめている。

「私は不公平だと思います」



 事の発端は二週間前にさかのぼる。




「ハット卿! 前回のレジュメ持ってる?」

 授業が終わった直後、そう言いながら詩織の隣に座ったのは、詩織と同じ国語科の学生ホルス。彼はこの『現代日本のサブカルチャーにおける文学』を度々サボる。本人によると、彼女がこの時間空きコマで、二人で一緒にいるためにサボっているらしい。


「あるよ。はい」

「サンキュー! すぐコピー取って返すから。出席カードの方は? バレてない?」

 この授業は受講生が多いため、名簿を回して自分の名前に丸を付けて出席を管理する。ごまかしやすいのだ。ホルスがこの授業をサボる理由の一つだろう。ホルスがいないときはいつも、詩織が丸を付けている。

「大丈夫だと思うよきっと」

「そ。じゃあ、コピー取ってくる」

 ホルスは笑顔で走っていった。彼が戻って来るまで、詩織はここで待機。


 ところが、普段は十分もすれば戻って来るホルスが、いつまでたっても戻って来ない。結局三十分待った詩織だったが、ホルスが戻って来ることはなかった。




 *




「はーい、お待たせ」

 悠の作った牛丼が詩織の前に置かれた。詩織は「ありがと」とシャーペンを置き、ノートを閉じた。箸を持って両手をすり合わせる。

「あー、お腹へったあ」

「試験勉強中でも、腹ごしらえはきちんとしないとね。たっぷり食べな」


 夜、詩織は悠の家で試験勉強をしていた。今やっているのは、ホルスと一緒のあの『現代日本のサブカルチャーにおける文学』だ。毎回一枚ずつ配られるレジュメをノートにまとめ直している。ホルスのお陰で一枚抜けているが。


「黒川君と一緒には勉強しないんだね」

 牛丼を食べながらそう聞く悠。詩織はもぐもぐしながらうなずいた。

「あいつは一人で勉強したい派らしいから」

「ふーん……寂しくないの?」

「別にー。会おうと思えば会えるし、試験終わるまでのちょっとの間だし」


「そっか。……あー、いいなあ。彼氏いて」

 悠がそう言いながらぐいっと背もたれにもたれた。悠は最近こうやって、彼氏を羨ましがることが多い。この前のバレンタインでの浩太との一件が、まだこたえているらしい。

 普段ならじっくり話を聞く詩織だが、今は試験の事で頭がいっぱいだ。『現代日本のサブカルチャーにおける文学』は、詩織が去年履修して単位を落とした授業。今年も落とすなどということは、絶対に避けたい。

 詩織は、さっさと牛丼を食べ終えると、試験勉強に戻った。悪いが悠の悩みは後回しだ。




 *




 一週間後。『現代日本のサブカルチャーにおける文学』の試験問題を前に、詩織は頭を抱えていた。問題が予想以上に難しい。

 試験問題は授業で扱った範囲からまんべんなく出ているのだが、基本的な事項は問題になっておらず、先生が授業でちょっとだけ話したことやレジュメにはなく板書でしか書かなかったものなど、かなりマニアックな内容が問題になっている。

 詩織は必死に記憶を手繰り寄せながら問題を解いていたが、ふと手が止まった。一つだけ、基本的な内容を穴埋めする問題があったのだ。ところが。

 全く覚えていない。これは、ホルスに持って行かれたレジュメに書かれている内容に違いない。勉強できなかった部分だ。

 詩織は手に大量の汗をかきはじめた。今年も落としてしまうのだろうか。



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