第五話 勇気の使い所

勇気の使い所 1/6




 悠は飲み屋に来ていた。初めて会う人達とお酒を飲むというのは結構久しぶりだ。この飲み会に誘ってくれたのは、詩織でも、いそべえでも美紀でも宮ちゃんでもあり姐でもない。

「私、女子高だったんだよなあ。だから正直、出会い自体は結構あった。悠さんは女子高でしたっけ?」

 彼女は滝川美佳子。いそべえ達の一年先輩の女子大学生。ペットとしてカメレオンを飼っている事から、みんなからは「レオン」と呼ばれている。少し前から悠も仲良くしている。

 女子高が「出会いの場」であったという事から分かるように、彼女は男より女が好き。つまりレズビアンだ。


「私は共学だったよ。高校生の時には、ビアンの子には合わなかったけど……みんな女子高行くものなの?」

 悠が聞くと、向かいの女の子が「いや」と手を横に振った。

「私も共学でしたよ。それに、彼女できました。まだ付き合ってます」

 今日の飲み会は、レズビアンの学生や大学の卒業生が集まる交流会。滝川さんのつてで、幾つかの大学から十人ほどが集まった。


「まあでも、女子高だと共学より割合高いっていうのはある感じするよね」

 滝川さんが「うんうん」とうなずく。

「だって私も、高校生時代は三年間で六人彼女できたからなあ。全員向こうから告白してきたから、初めからレズビアンだって自覚ある子ばっかりだし。でも大学入ってからは一人しか彼女できなかったもんなあ」

 滝川さんは、誰から見ても美人。それも並大抵の美人さではない。下手なモデルや女優なんかよりよっぽど顔立ちが整っていて、街で出会ったら、男の人はまず間違いなく二度見するだろう。

 そんな女の子がレズビアンで、女子高にいたら、そりゃあモテるはずだ。


 滝川さんが悠を飲み会に誘ってくれたのは、服装が原因だった。夏はいつもジーパンに柄付きのポロシャツ。涼しくなってくるとTシャツの上からもう一着適当にシャツ。寒くなってくるとパーカー、スタジャン。そんな悠に対して、滝川さんは言ったのだ。

「悠さん、ひょっとしたら性自認、若干男よりじゃないですか? 私の知り合いにもそんな感じの子がいて、今度の交流会にも来るんですけど、悠さんも来ません? 自分の知らない自分がいるかもしれませんよ」

 滝川さんにセクシャルマイノリティの基礎知識を教えてもらい、ちょっと参加してみることにしたのだ。そして来てみると、確かにそこには一人、悠とちょっと雰囲気が似た人がいた。


「ねえ、山口さんはビアンなの? パッと見トランスっぽい感じだけど」

 滝川さんの向かいに座るジュースを持った女の子。一人だけ高校生の山口さん。ポロシャツにジーパンで喋り方もちょっとサバサバした感じ。背も高い。悠と違うのは、髪の毛がかなり短いことろと、両耳に二つずつピアスをしているというファッションセンス。『トランス』というのは『トランスジェンダー』の略。性自認と体の性が一致していない人の事。

「私は自分ではビアンって思ってます」

 山口さん、女性としては声も低めだ。

「性自認は女なんだ」

「服と髪は、『メンドくさいし、これでいいや』みたいな。まあ、女の子っぽい恰好は好みじゃないですけど」

「へえ……。悠さんとちょっと似てないですか?」

「うんうん」と悠もうなずく。

「ちょっと似てるかも。私も、いかにも女の子って服装は、自分に似合わない感じする」


 山口さんは自分と同じく雰囲気が少し浮いている悠が気になっていたようで、少し顔をほころばせて話しかけてきた。

「やっぱ木村さんもそういう感じなんですね。小学校で、赤いランドセル嫌じゃなかったですか?」

「あー『黒の方がカッコいいのに』とは思ってた」

「私もそうです! 中高の制服はどうでした?」

「うーん、微妙だな。好きではなかったけど、着るもんなんだなあって感じで、普通に着てたな」

「あー。もしズボンと選べたらどうしてました?」

「絶対ズボン」

「お姫様とか、ウエディングドレスとかに憧れとかありました?」

「全くない。成人式の振袖も、なんかこう、しっくりこなかった」

 滝川さんが「えっ、そうなんですか?」と少し驚いた。

「悠さん、前に『雨に唄えば』のキャシーに憧れてたって言ってませんでした?」

 確かに、憧れていた。彼女は確かに映画のヒロインで、ドレスも着るし、見た目も中身も女性。でも、悠からすると、お姫様とはちょっと違う。

「確かに憧れてた。でもキャシーは、王子様を待ってるお姫様って感じじゃなくて、自分で努力して一生懸命やってたから成功を掴んだって感じだから、そうところに憧れた」


「へえー。ちなみに山口さん、キャシーどう?」

 滝川さんに聞かれると、山口さんは「んー」と言いづらそうに答えた。

「正直私は、全く憧れなかったですね」


 次に話題に上がったのは『カミングアウト』だった。自分がレズビアン、あるいはトランスジェンダー等であることを誰かに告白する事だ。


「私は親に話した時『何となく気付いてた』って言われて、超ビックリしたよ」

「私、まだ親に言ってないんだ」

「勇気いるよねー。どんな反応されるかって考えると。山口さんは?」

 滝川さんに話をふられた山口さん。短い髪の毛を掻きながらさらっと言った。

「私は親にもクラスのみんなにも教えてます」

「え!」「マジ?!」と周りが口々に驚いた。

「クラスのみんなにも?! いじめられたりしなかった?」

「いえ、特には」

「もう親に言ってるの? いつ言った?」

「中学一年の時です」

「結構早い! ここにいる中で一番早いんじゃない?」

「私より早いなあ。山口さん、本当に勇気あるね」

「勇気あるー!」

 みんなから褒めたたえられ、山口さんは笑いながらも少々困惑気味。


 その後も、滝川さんや山口さんだけでなく、何人ものメンバーの話を聞いたり、質問したりとお喋りに華が咲いた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る