一番誰かを想える人 2/7 ~あり姐vsダイコク~

 次の日、試作制作の場にいたのはいそべえではなく、詩織だった。詩織はいそべえが作る試作を見たくて、二人で一緒に来るはずだったのだが、いそべえに急用ができてしまったために詩織一人だけ先に来る事になってしまったのだ。

「しー坊、来てくれてありがとうね。いそべえは何時頃来るって?」

 宮ちゃんはそう言いながら詩織の手元に工作の材料と用具を置いた。

「場合によっては三十分くらい遅れちゃうかもって言ってた。あのさ…私も作らなきゃダメ?」

「あ、いや。もし作りたくなければ。好きにしていいよ」

 工作自体はどちらかと言えば詩織は好きだ。だが、ここは自分以外全員美術専攻。一般的な素人より数段上手い。そこで一般的な素人より数段下手な自分が作っても、レベルの差にみじめな気分になるだけだろう。

 実際、今も部屋の端の方では二人がかりで、全長一メートルを越える巨大なクジラを作っている。

「うわ、ダイコク、オーシャン、すごいねえ。こんな短時間でよくここまで!」

 宮ちゃんも感心している。詩織も作り始めから見ていたが、二人は出来上がりが見えているかのようにスルスルと骨組みを組立てていた。針金を扱うその手さばきは、ただただ驚くばかり。今はそれに白い毛糸を巻きつけている。

 宮ちゃんに褒められて、ダイコクが毛糸を巻く手を止めた。

「あ、はい。ありがとうございます。えっと、オーシャンさんが来て…て、手伝ってくれたんで、あの、思ったより早く、で、できました」

 オーシャンは自分の手元を見つめながらボソッと言った。

「ダイコクが作ってるヤツが面白そうだったから」

「これすごいよ。中にLED入れて光らせるの楽しみだねえ」

 二人の作品もすごいが、詩織からすると他の人が作っている作品も十分すぎるくらいすごい。

 ピンクの毛糸を巻きつけたかわいい小さなサンゴ、黒と黄色の縞模様が見事な熱帯魚。体のひねり具合で、ジャンプしている動きまで表現しているイルカ、骨組みを作るのも難しいであろう大きな口の深海魚、他にも色々だ。やはり詩織とはレベルが違いすぎる。

 キッチンタイマーが鳴り、宮ちゃんが止めて声を上げた。

「はーい終了だよー」

 今日の試作制作は、実際の工作教室と同じ制作時間でおこなった。本番を想定して作るという事だったらしい。

 部屋の明かりを消し、作品を光らせる。針金の骨組みの中から白いLEDライトが色とりどりの毛糸を通して、鮮やかな光で部屋を満たしている。

 宮ちゃんの進行によって、それぞれの学生による作品のプレゼンテーションが始まった。

「はい、菅波からだよ。これサンゴ? かわいいよねえ」

「うん。ライトがLEDで、熱くならないから、LEDを中に入れるというより、LED自体に針金を巻きつけていく、みたいな発想で作りました。はい」

「ちっちゃい作品があると、鑑賞の時に作品を『じっと見る』事のきっかけみたいになるよね」

 あり姐がコメントをしてまわりの学生がうなずく。

「じゃあ次に行くね。広村だよ。これもいいよねえ、熱帯魚。この魚、なんていうんだっけ?」

「これはツノダシのつもり。熱帯魚だけど、日本でも見られるらしいよ。縞模様が奇麗に光るか不安だったけど、私的にはまあ及第点だな。でも黒は使わない方がよかったかも」

「規則的な模様は光り方に特徴が生まれるから、面白いよね」

 あり姐のコメントに再びみんながうなずく。

「はい、次はあり姐だね。イルカは定番だよねえ。絶対作る子いるよ」

「初めはオレンジの毛糸をあえて荒く巻いて、上から黄色でまた荒く巻いてみたの。まざってきれいな色に光ってるでしょ」

 みんながうなずいた。「うんうん」という声も聞こえてくる。

「イルカって、群れのイメージあるでしょ? 何かの群れが作れたら、それも面白いと思ったの。それは作り始めてから気付いたから、今回はやらなかったけど。もっと小さくて簡単なのをたくさん作れば、小魚の群れとか作れるでしょ。あと、さっき触れた色に関してだけど…」

 あり姐の説明は詳細まで丁寧。それに簡潔。でも内容が多い。だから長い。菅波さん、広村さんの二人を合わせるより長い時間を使った後、やっと巨大なクジラの番がまわってきた。

「はい。じゃあダイコクとオーシャンだよ。これ、すごいインパクトだよねえ」

「あ、はい。ありがとうございます。あの、こ、これは、水族館なんで、だ、だから、作品の大小のバリエーションがあったほうが…た、楽しいなって思ったんで、大きい作品作りたくて、あの、それで、作りました。えっと、オーシャンさんが、て、手伝ってくれて…」

「水族館にこんな大きなクジラいないでしょ」

 ダイコクが話し終わる前にあり姐が口をはさんだ。

「いや、で、でも、そこはあの、現実の水族館に、こ、こだわる必要はないと思うんで」

「でも、こんな大きさのクジラ、水族館って言葉のイメージには合わないでしょ」

「それは、で、でも、そもそも水族館って言葉に縛られなくても、だ、だってあの…た、例えば水族館じゃなくて、だ、だから、海って言っちゃえば」

「そこ今から変更するの? クジラが象徴してるように、水族館にいる生き物と海にいる生き物って、微妙にニュアンス違うでしょ」

「あ、あの!」

 ダイコクの声のボリュームが、詩織がドキッとするほどいきなり大きくなった。先輩相手に必死に頑張っている。

「あ、あり姐さんは…こ、子供がクジラ作った時に、それ…そうやって、同じ事言うんですか?」

「小学生こんな大きなクジラ作れないでしょ」

「……で、でも、あの、何人かで協力すれば、それは…だ、だって、で、出来ると思います」

「え、複数人で班を作って工作させるって事?」

「い、いや、そうじゃなくて…………」

「……? ……」

「……あの…………こ、子供が何か作った時に…だ、だから、イメージに合うかとか…そう言う事言うんですかって聞いてるんです」

「言わない。あなたは子供じゃないでしょ」

 誰かが「ふふっ」と笑った。

「いや、だ、だって…き、今日のこれは……だ、だから、本番を想定してって…」

「それは作ってる時でしょ? このプレゼンは子供はやらないんだから、それはへ理屈でしょ。それに、本番を想定してるって事を強く考えるなら、子供が作れないもの作っても意味ない」

 他のも子供じゃ作れないと思うけど。というツッコミが詩織の頭に浮かんできたが、自分は美術専攻ではないし、絶対あり姐には敵わない。いそべえだったら違うかもしれないが、こんな時に限っていない。

 あれ、そういえば宮ちゃんは何をしているんだ? 詩織がそう思ってふと宮ちゃんを見ると、宮ちゃんは笑顔をほんのり滲ませて、チラチラとあり姐とダイコクを見ている。何かを言おうとする様子もない。

「ねえダイコク、これは何を試したくて作ったの?」

 あり姐は「質問」に切り替えた。

「…あの、大きい作品作ったら…そしたら、どうなるかって」

「どうだった?」

「え……あの、大きいから……作った時に…だ、だから、た、達成感があります」

「ライトは?」

「え……」

「LED点灯させて、どう?」

「えっと…ひか、光るクジラだから……だ、だから、すごいと思います」

 また誰かが小さく笑った。

「ダイコク、ちょっとライトの事を考えてなさすぎるでしょ。そこは今回の大事なコンセプトなんだから。どんな作品作ったらLEDが生きて、きれいな光が見えるかな、水族館がきれいな空間になるかなとか、そういう事ちゃんと考えなきゃ」

 ダイコクはあり姐を見つめたまま、口も開かずじっとしている。

「…ねえ、他にはダイコク、どんな事考えてたの?」

 ダイコクはやはり反応する気配がない。

「特に浮かばないの? じゃあ例えば」

「もういいです」

 ダイコクはそう言ってカバンを担ぐと、部屋から出て行ってしまった。

 詩織がどうしたらいいか分からずあたりを見渡すと、菅波さん達三人はお互いクスクス笑い合い、あり姐は鼻でため息をついて片付けを始めている。オーシャンはお尻を机にのっけたまま何も言わずにブラブラ足を振り、宮ちゃんはまだほんのり笑顔で、同じく何も言わない。

「あれ? もう終わっちゃった?」

 その声に詩織が振り向くとそこにはいそべえがいた。何も知らずに、のほほんとした顔でリュックを机に置く。

 ぜーんぶ終わっちゃったよ! と言う代わりに、詩織はいそべえの二の腕を強くはたいた。



 いそべえは結局、後片付けを手伝うだけになってしまった。宮ちゃんは「何もしてないのに悪いよ」と言ってくれたが、いそべえには、自分が遅れている間に一悶着起こった事に、何となく罪悪感があったのだ。

「ダイコクはね、中々口が上手くまわらない子だから」

 そうフォローしているのは、他でもないあり姐だ。テキパキとゴミをまとめていく。

「だから私の方からあれこれ質問したんだけど、それでもあの子にはちょっと難しかったのかな。あの子、ちゃんと考えてる事はあると思うの」

「うんうん」と誰かが相づちを打つ。宮ちゃんでも詩織でも、いそべえでもない。

「だから先輩の私が引き出してあげないといけないけど、自分から放棄されちゃうのはね。でも私が一番気になったのはそれじゃないの」

 あり姐はいくつものテーブルを回って、使った道具を集めていく。

「オーシャンはね、ほんっとに、ないよあれは。考えられない。一緒に作ってたくせに、後輩が一生懸命説明してる間、ずっと黙りこくってたでしょ? 先輩がそんなじゃね、ほんっとダメだよ! ありえない!」

「そうだよね」と誰か。

 オーシャンはもうここにいない。彼はミズプロのメンバーではなく、いそべえと同じように今日だけ招かれただけなので、宮ちゃんが先に返してしまった。

 片付けが全部終わって帰る時になるまでずっと、あり姐は日頃のオーシャンの行いを取り上げて批判を続けていた。

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