言えないことは… 5/12 ~詩織、悠の家で話し込む~
悠は古いスウェットの上に古いパーカーを重ね着して、布団に潜り込んだ。今日は忙しくてクタクタになったが、明日は休みだ。何も気にせず暖かくして眠ろう。
この時期は布団が冷たい。湯たんぽは持っていないし、暖房も電気代がかかるのでつけたくない。しばらく我慢してこうして潜っていれば、布団は暖かくなる。
ところが、布団に潜って三分もしないうちにインターホンが鳴った。もう夜十一時。こんな時間に遠慮なく来るのは詩織に決まっている。
狸寝入りしてしまおうか。そう思ったところで二回目のインターホン。眠いし寒いし、また明日にして。休みだから。とテレパシーを放ったところで三回目。
本当に出なきゃダメなのかなあ? という自問自答と同時に四回目! 悠は布団から出た。
「お仕事お疲れー」
扉を開けると詩織がニコニコで言った。
「どうしたの? 何かあった?」
「とりあえず入っていい?」
詩織は家に入るとすぐにテーブルに腰かけ、持っていたスーパーの袋を置いた。
「これココア。ちょっと高いやつだよ。それとマシュマロ。牛乳とこれ入れてチンすると美味しいんだよ」
淹れてくれという事らしい。つまり、しばらくおしゃべりしたいわけだ。悠はマグカップを二つ出してココアを淹れ、角をはさんで詩織の隣に座った。確かにいい香りのココアだ。仕方ない。話聞きますか。
「今日さ、モデルやったんだよ」
「ああ、そう言ってたね。…え、こんな時間までやってたの?」
「ううん。もっと早く帰ってたけど、まだ悠が帰ってなかったからさ、このココア買いに行って帰ってきて家で寝てた。で、今起きた」
「ああ…」
「いそべえがさあ! またニヤニヤしてさ、もうさ……だってさ、私のお尻見てたんだよ!」
悠は思わず、すすりかけたココアがマグカップから飛び出すくらいの勢いで吹きだした。ティッシュを取って顔を拭く。
チラッと詩織のお尻に目が行ってしまういそべえ。実際に見たことはないが、不思議とハッキリ頭に浮かんでくる。
「チラッと? それともジロジロ見られたの?」
「ジッと見てたっぽい。絵だけどさ」
「『え』? あ、絵に描かれてる詩織のお尻をって事?」
「そうなんだよ! もうさ、すけべえだよ。すけべえのいそべえ! ホントにマジで最悪! きもい!!」
「こらっ! そこまで怒らなくても……それともまさか、お尻の事何か言われたとか?」
「うまいとか言ってさ!」
「絵が上手いって事でしょ?」
「うん!」
―― なーんか、らしくない不自然な怒り方。他に何か嫌な事あったんだろうな。
「絵の出来はどうだったの? 詩織には気に入らなかった?」
「ううん。素敵な絵だったよすごく」
「へえ。いよかんちゃんだっけ。どんな子? 優しかった?」
「うん。割と」
「で、黒川君が絵の事でいよかんちゃんをチヤホヤしてたんだ」
「チヤホヤって言うかさあ~………」
―― なるほどね。それで複雑な気持ちになったのか。
「いよかんちゃんと絵の事話しながら、ニヤニヤしてたの?」
「そう! でさ、来週もう一回やってくれないかって言われてさ。いそべえが大喜びで、興奮しててさ。断れないじゃん。仕方ないから『いいよ』って言ったらさ、またいよかんと二人で大興奮の大喜びだよ」
―― 若干話盛ってるなコイツ。
「まあでも、絵の出来がいいならよかったじゃん」
「まあそうなんだけどさ」
「いよかんちゃん、詩織と一緒の授業あるんでしょ? お喋りとかすれば、すぐ仲良くなれるんじゃない? そうしたら楽しくなるよ」
「あ、そうなんだよ! 授業一緒の子だったんだよ! もうさ、会った時びっくりしてさ」
「えっ?」
悠がそう言うと詩織も「ん?」と言葉が止まった。
「黒川君に事前に教えてもらわなかった?」
「ううん別に。…あれ、そういえば何で知ってるの?」
「黒川君から聞いたんだよ。詩織にあらかじめ教えときなって言っておいたんだけど。忘れちゃったのかな…それとも面倒だったのかな」
詩織の表情が固まった。
―― あ、しまった! 最後のは余計だった…。
「ふーん。まあ別にいいけどさ」
詩織はその後ココアを飲み干すと、すぐに帰っていった。
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