言えないことは… 7/12 ~詩織の夕飯、初 with 池谷~

 三人は池谷君の紹介してくれた「Double J Kitchen」というお店に来ていた。ふわトロオムライスが名物らしい。店内は明るく、イスやテーブル、壁にかけてある絵も、押しつけがましくなく、スマートにオシャレ。インテリア雑貨の専門店みたいな雰囲気もする。

「よっこんな、女ウケよさそな店知ってたな。お前んチャラさ加減が伝わっくるわ」

 美紀はそう言いながら、店員さんが持ってきたメニューを隣の詩織と一緒に開いた。

「ここはあり姐さんに教えてもらいました。『女の子はここに連れてくれば絶対喜ぶ!』とか言って。あの人紋切り型に考えるとこあるじゃないすか。女の子なら誰でも喜ぶらしいですよ、あり姐さんによると。俺は日替わりデザートとのセットが気に入ってるから来るんですけど」

「池谷君さ、一人でこのお店に来るの?」

 詩織が聞くと、池谷君は声を裏返しながらふき出した。

「そんなわけないじゃないですか。今日みたいな時に来るんですよ」

「ハン」と美紀が挑発的にあざ笑った。

「今日みたいん時! つまり女ん先輩におごってもらうとっか! どんだけ女ったらしなんだよ。お前にひっかかるヤツん気ぃ知れないわ」

「ひっかけてるとか言わないでくださいよ。実際、俺彼女いないすよ?」

「あり姐といよかん、あとダイコクと菅波もキープしてんだろ」

「してないすよ! 菅波さんとかもう一月以上会ってないし、ダイコクは彼氏いるじゃないすか」

「どうせダイコクから、彼氏とケンカしたとか、悩みの話聞いてんだろ?」

 池谷君と美紀の話を聞き流しながら、詩織はメニューを選んでいた。


―― 意外にお腹すいてないな。どうしよう。キノコソースのオムライス、これの日替わりスイーツセットと、ツナサラダとスープバーだけでいいや。



 食事はかなりゆったりだった。美紀と池谷君は普通におしゃべりしながらゆっくり食べ、詩織は話を振られた時だけ相手をして、モタモタ食べていた。普段こんなにゆっくり食べる事はないのだが、何となく今日は箸が進まない。詩織が食べ終わる頃には美紀と池谷君のおしゃべりも収まっていた。美紀に至っては…

「しー坊さん、美紀さん大丈夫ですか?」

「うん…ねえ美紀?」

「ん? …んぁ。んん、らもねしら」

 美紀は両手で目をぐりぐり擦りながらそう言った。眠気のせいで首だけでは頭を支えきれず、肘でつっかえ棒をしている。……「らもねしら」って何だ?

「眠い? じゃあさ、そろそろ帰ろうか」

「んん。でも、したろってんよ」

「え?」

 ぐぐっと背伸びをして、やっと美紀はまともに喋り出した。

「差し止め…や違う、なんっけ…あ、そだ詩織。詩織に話あったんけど、また今度でい? 眠くなった」

 詩織は美紀と二人で会計を済ませて、お店の外へ出た。なかなか寒い。実はさっきまで詩織も少し眠くなっていたのだが、寒さですぐに目が覚めた。

「な詩織、次はもっとられしね」

 美紀はそうでもないらしい。右と左で目の開き具合が違う。

「美紀さん大丈夫すか? 俺送ってきますよ」

 池谷君が自転車のハンドルをとろうとすると、美紀が「バチン!」と思いきりその手をひっぱたいた。眠いせいで逆に手加減がない。

「ついっくんな。詩織、ならてってろ」

「え? しー坊さんすか?」

「違う! 詩織んねもっと。こいつまんのれ」

 美紀はそう伝えると自転車を押しながら帰っていった。

「なんすかね…。取りあえずしー坊さん、近くまで送りますよ。多分そういう事だと思うんで」

「え、大丈夫だよ。そんなに遠くないし。それにさ、池谷君自転車じゃないでしょ?」

「でも、そっち方面ですよね?」

 池谷君は詩織の進行方向を指さした。

「俺もそっちなんで。取りあえず適当なとこまで」

 詩織は自転車を押しながら、池谷君と歩き出した。

「美紀さんってホント破天荒ですよね」

「うん。私あの子の事小さい頃から知ってるけど、ずっとあんな感じだよ」

「え、幼馴染なんですか?」

「小学生の頃から。同じクラスだったのは一、二年生の時だけだけど、お母さん同士が仲良しで、家も結構近かったから」

 そうやって二人でおしゃべりをするうちに、結局アパートまで来てしまった。

「池谷君ありがと。じゃあまた今度ね」

「あ、ここなんですか。おごってもらってありがとうございました。じゃお休みなさい」

 池谷君はそう言って手を振ると、さっさと引き返していった。

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