勇気の使い所 3/6
岡本食堂に来るお客は大きく分けて三種類。大学生、地元商店街の常連、サラリーマンのおじさん達だ。それ以外のお客さんはごく少数で、印象に残る。最近たまに来る中学生の集団も、悠の印象に強く残っていた。今日も男の子四人でお喋りしながらご飯を食べている。
「畑中、好きな人いるって言ってたよ」
「え、マジ? 誰?」
「お前、何赤くなってんだよ!」
「赤くなってねえから!」
体つきから見て、たぶん一年生だ。まだあどけなさが残るかわいい男子中学生。そのなかに一人だけ、体が大きくて目を引く子がいた。
「サムソン、部活で畑中と何か話した?」
「いや、俺は女子とからまないから、何も話してない。でも、畑中が好きなのって多分、鈴木じゃね? よく畑中から話しかけてるよ」
サムソンと呼ばれる彼は、身長は百八十を超え、筋肉質な体つき。一見中学生には見えないが、他の子とのやり取りを見る限り、同じ中学一年生らしい。他の子がガヤガヤ喋っている間は黙っていて、誰かに何か聞かれるまでは口を開かない。「気は優しくて力持ち」といった雰囲気だ。
「鈴木かー。でもアイツ超性格悪くね?」
「めっちゃ悪い! これはカンちゃんに頑張ってもらわないと」
「えー、鈴木か……サムソン、ぶっとばしてくんね?」
「しねえよそんなこと」
いかにも中学生男子っぽい大雑把な恋バナだ。彼らはここに来るといつもこんな話か、あるいは……。
「鈴木なんてただの雑魚だから。俺、鈴木と同じ小学校だったけど、移動教室の時まだ生えてなかった!」
「え、それ五年の時?」
「六年六年!」
「でも俺も六年の時にはあんま生えてなかったけど」
「マジ? へえ。あ、でもサムソンは絶対ジャングルだろ」
下品なネタ。今回は○ンゲの話のようだ。サムソン達は大雑把な恋バナと下ネタをしながら食事を楽しんだ後、岡本食堂の学生スタンプカードにスタンプを貰って帰って行った。
*
夕方、悠が表に暖簾をかけていると、駅と反対方向から、黒髪ベリーショートの女子高校生が自転車に乗って現れた。
「木村さーん」
ダルそうな声で悠を呼ぶその女子高校生は、この前の飲み会で会った山口理眞さん。制服姿だがスカートの下にジャージをはいている。悠はテーブルを拭き終えると入り口に向かった。
「山口さん! いらっしゃい」
悠がそう言うと「あ、ごめんなさい」と山口さん。
「客じゃないんです。滝川さん来てませんか?」
「え? いや、来てないけど」
「そうですか。会う約束してたんですけど連絡つかなくて」
「大学にいるんじゃないの?」
「ですよねえ。行かなきゃダメですかねえ」
どういうことだ?
「行かなきゃダメって?」
悠がそう聞くと山口さんは恥ずかしそうに笑った。
「ちょっと、大学入るの怖くて……先にここに来ちゃいました」
「あはは」と笑う悠。
「大丈夫だよ。私部外者だけどしょっちゅう入ってるもん」
「そうなんですか……もし警備員さんに捕まったら……」
「学生さんと会う約束してるんですって言えば?」
山口さんは大きく息を吸って、吐いた。
「行ってきます。お邪魔しました」
「今度はお客さんになってねー」
山口さんは、ダルそうな声質にぶっきらぼうな喋り方。この前の飲み会でも、年上相手に臆せずお喋りをしていたが、大学の敷地に一人で入る勇気はなかったらしい。
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