デッドマンズ・リライズ

 地面を踏み荒らし、鬼たちが押し寄せてきました。

 鬼たちが身に纏っているのは、虎皮パンツではありません。きちんと胸元と首元に防弾シールドが入っており、急所への攻撃を防ぐ仕様の迷彩服です。

「撃て撃て! 近づけるな!」

 腐っても一国の軍隊。兵器の数も種類も潤沢で、銃弾だっていくら撃とうがすぐに補給されます。弾幕が鬼たちの身体を次々と蹂躙していきました。

 しかし、相対するは人間の数倍の膂力を誇る鬼たち。その頑健な肉体は急所を撃ち抜かない限り何発喰らおうとも動き続ける上に、急所はシールドで防護されているのです。

 撃ち込まれた榴弾砲が周囲の鬼たちを巻き込んで爆ぜますが、榴弾砲の殺傷能力は飛散する破片によるものです。鬼の表皮を破って食い込みはすれど、内部までダメージを与えることができません。

 全身に銃弾や金属片を食い込ませつつ、何体かの鬼が塹壕に到達しようとしていました。

 一度辿りつかれてしまえば、兵士たちを守っていた塹壕はむしろ逃げ場をなくす壁となります。狭い溝の中では銃も撃てず、銃剣だって振り回せません。使えるのはナイフぐらいですが、よほど戦い慣れた戦士でなければ、ナイフで鬼に致命傷を与えるのは難しいでしょう。

 それがわかっている兵士たちは、必死の形相で引き鉄を引き続けます。

 塹壕に到達する前に脳天か両足を撃ち抜かれ、鬼たちの死体が積み重なっていきます。それを乗り越えてさらに押し寄せる鬼は、とうとう仲間の死体を担ぎあげて盾にし始めました。兵士たちの突撃銃アサルトライフルに鬼を貫通する威力はありません。

「くそっ……」

 これでは銃弾が届きません。眼前に迫った鬼を前に、もはやこれまでか、と兵士たちが絶望に包まれたとき。

 塹壕に異変が起こったのは、先ほど狼たちによって破られた箇所でした。

「何だ……?」

 土が、もこもこと蠢いています。まるで、土の中で誰かが動いているようです。

「おい、ここ動いてるぞ!」

「さっき狼にやられて土の中に埋まってたやつが息を吹き返したのかもしれん。掘り出してやれ」

 ちょうど手が空いていた弾薬補給係の兵士がスコップを持ち、土を掘り始めました。

「おい、そんな暇があったらお前も銃を……」

 焦って叫んだ兵士は、振り返って愕然とします。

 銃弾の雨から身を守るために鬼たちが盾にした、仲間の死体。いくら鬼でもまだ生きている仲間を盾にはしないでしょうから、それは間違いなく死体のはずでした。それが……。

「鬼が、鬼を襲っているだと?」

 全身を血に染め、虚ろな目を空に向けた鬼が、仲間の首に手を伸ばしてギリギリと締め上げています。戦場に倒れていた鬼たちもゆらりゆらりと起き上がっては、塹壕の反対方向――仲間に向かって歩き出しました。

 それだけではありません。

 炭になった狼たちの死骸のうち、なんとか灰にならずに原型をとどめていたものも動き出しました。簡易死体置き場では、狼に喉を裂かれ、腹を食い破られた兵士たちの屍が一斉に起き上がり、戦場へ向かって歩き出しました。


「ベルデ、大丈夫か?」

「大丈夫だよ! あの鬼を襲っちゃえばいいんだよね?」

「人間は傷つけないようにな」

 上空では、ベルデを背に乗せたホークが旋回していました。

(生と死の境を書き換える魔術……斯様に禍々しき力が、なんと幼い子の手に渡ってしまったものか)


 死体の動きは、決して早くはありません。

 しかし数が多すぎました。これまでの戦闘で死亡した両軍の兵士が同時に蘇って戦場に立っているのです。それが鬼たちに手を伸ばして掴み掛かっているのです。

 鬼たちは緩慢な動きの亡者を振り払い、蹴散らし、なんとか進もうとします。しかし、亡者はいくら殴られようと蹴られようと、死なないのです。動き続けるのです。一度捕まれば、喉を食い破られて死体の仲間入りです。

 今や戦場で、戦おうとする意思を見せているのは動く死体リビングデッドたちだけでした。鬼たちは襲い掛かってくる死んだ戦友たちから逃げ惑い、兵士たちは呆然としてそれを眺めていました。

「何が……何が起こっている?」

 さすがのモモタロウも狼狽します。

 七匹の子ヤギの生き残り、ベルデ。死体を操る彼の能力が発動しているのです。

 狼を殺して回っていた赤ずきんはともかく、つい最近魔女の祝福を受けて死霊魔術師ネクロマンサーとなったベルデの情報が伝わっていないのは無理もないことでした。

「祝福持ちは赤ずきんだけではなかったということか……一本取られたな」

 戦況は完全に逆転していました。

 蘇った鬼が、狼が、兵士たちが、巨大な列を成して戦場を呑み込んでいました。人間の兵士は襲わずに、まだ生きている鬼だけを次々に屠っていきます。

 撃っても斬っても亡者は起き上がります。鬼たちは為すすべもなく次々と呑まれていきました。しかも、それで死んだ鬼は虚ろな目で起き上がり、その葬列に参加するのです。

「困ったな。死体を操るなんてとんでもない祝福があったとは。これでは勝ち目がない」

 どれだけ戦っても、死んだ兵士はすべてあちらの戦力になるのです。殺しても蘇る、殺されたら向こうの仲間になる。これでは、いくら狼や鬼がいても勝ち目はありません。

「おい見張り、どうなってる」

「もう、あの一帯は死んだ者しか残っていません。ゆっくりとこちらに向かってきています。あれと……あれと戦うのですか」

「いや、戦わんよ。もう少し待て」

 そのとき、シルヴァが戻ってきました。

「おおシルヴァ、目印マーカーは設置してくれたか?」

「ああ、終わったとも。モモタロウ、てめえあれはどういうことだ。なんで死体が動く。あんなオカルトがあってたまるか」

「あれはな、おそらく向こうの切り札だ。それにシルヴァ、それを言うなら全身火だるまでずっと生きてるお前だってオカルトさ」

 シルヴァは舌打ちをしました。

「思った通り、損傷が激しい死体は動いていない。死体に手足がなければ、動いたところで攻撃もできんしな」

 モモタロウは望遠鏡で戦場を見遣り、呟きました。

「このままだとこっちは壊滅だ。一番手っ取り早いのは全部灰になるまで燃やしてしまうことだろうな」

「……こうなるのがわかってて俺に目印マーカーを設置させたのか?」

「本当はもっと後で効果的に使おうと思ってたんだがな、こうなっては仕方ない。いきなりで悪いが使ってもらうぞ、お前の切り札」

 シルヴァは牙をカチカチと鳴らしました。

「てめえの言う通りにするのは癪だが、これ以上仲間の死体を汚されるのも我慢ならねえな。使ってやるよ、轟焔禍災メイルストロム

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る