ピーチ・アンド・チェリー
「のう、桃太郎。妾の頼み、聞いてくれぬか」
乙姫は桃太郎の頬に、妖艶な仕草で指を這わせます。
「……内容次第だな」
桃太郎は動じません。
いえ、動じていないふりをするのに全力を尽くしていました。
しかし内心はとんでもなく動揺していました。なにしろ目の前にいる乙姫は、まさに氷肌玉骨という言葉がぴったりの、竜宮城も傾いてしまいそうな美女なのです。それが今、ワン・インチ距離で桃太郎の耳元に口を寄せているのです。
それだけはいけません。童話の主人公として決して踏み越えてはいけない一線があります。桃太郎のリトル桃太郎がレッツ鬼に金棒しようとするのを、桃太郎は必死に堪えていました。
実は桃太郎、ピーチボーイならぬチェリーボーイでした。
山奥で生まれ育ち、戦いに明け暮れていた桃太郎にとって、女性とのお付き合いなど遠い世界の出来事だったのです。女性への免疫がない桃太郎に直撃した乙姫の色気は、ある意味どんな敵よりも脅威となるものでした。
「よいではないか」
乙姫は、桃太郎の耳に息を吹きかけました。
「あひゃん」
桃太郎は変な声を出しました。
「おや、案外初心なのだね。可愛いこと……妾はのう、陸上から可愛い男の子を攫ってきてこうやって手篭めにするのが何よりの楽しみなのじゃ……」
乙姫はそっと桃太郎の手をとって、桃のごとく豊満な自身の胸へと導き……桃太郎の理性はそこで途切れました。
(ただいま画像が乱れています)
乙姫の寝室は、棚もベッドもさすがというべき豪奢な作りでした。いたるところに宝石がはめ込まれ、ベッドの上には大量の布団が積み重なっており、その布団の一番下にはそらまめが一粒置いてありました。
積み重なった布団の上には、生まれたままの姿の桃太郎と織姫がいました。
「……それで、俺への頼みというのは?」
桃太郎は問いかけました。
その横で、脱ぎ散らかしたパンティーを身につけながら乙姫が答えます。
「うむ。陸上に戻ったら、とある男性を探してきてほしいのじゃ」
「とある男性?」
「そうじゃ」
乙姫は寄せて上げるブラのホックを止めながら答えます。
「名前は浦島太郎……かつて妾の心を奪い、この城の王として迎えたのにも関わらず、妾の元から去った男」
「どうしてそいつは、ここからいなくなったんだ?」
「それを聞き出すために探してほしいのじゃよ。おそらく、妾が若い男をこうやって引っ張り込むのに嫌気が差したのじゃと思う」
おそらくというか、明らかにそれが原因だ……と思いましたが、桃太郎は口には出しませんでした。
「それで、見つけ出したらこの玉手箱を彼に渡してほしいのじゃ」
服を身につけた乙姫は、戸棚から手のひらに収まるくらいの箱を取り出して桃太郎に渡しました。美しく装飾されてはいたものの、なんとなく禍々しい雰囲気の箱でした。
「これは?」
乙姫はそれには答えませんでした。
桃太郎は直感的に悟りました。これは、決して開けてはいけない何かであると。
「さて、傷が癒えるまで何日でもここにいてよいぞ。無論、その間は毎日こうやって妾の元に通ってもらうがのう」
ふふふ、と乙姫は微笑みました。
そして、桃太郎は傷が癒えるまで竜宮城で静養して過ごしました。
「もう動けるかの?」
数ヶ月後。
海藻による包帯が効いたのか、先の戦いで受けた傷はすっかり癒えていました。
「ああ。後は鈍った勘を取り戻したいんだが」
「そういうことなら……」
乙姫は手を打ち鳴らし、「警備兵長!」と叫びました。
身体中に傷跡を持った一匹の鮫が、大広間の入り口に姿を現しました。
「お呼びですか、乙姫殿」
「うむ。この若造を鍛えてやるがよい。思いきりやってよいぞ」
「はっ」
警備兵長と呼ばれた鮫は、桃太郎に着いてこいと合図します。
扉を抜け、長い廊下を歩き、城の中庭に出て……桃太郎が案内されたのは、警備兵の詰所でした。
そこには、いかにも強そうな鮫や蛸、太刀魚などがひしめき合っています。警備兵長は、その中にいた警備兵たちを中庭に呼び出しました。
「まずはこいつら全員に勝ってこい。俺からの指導は、その後だ」
警備兵長はそう言って、警備兵たちに叫びます。
「死なない程度にぶちのめしていいぞ!」
警備兵長が去った後、荒くれ者の鮫や蛸たちは桃太郎にガンを飛ばしながらにじり寄ってきました。
「なんだあ? こいつ……」
「見たことあるぜ。乙姫様の賓客ってやつだろ」
「俺らは容赦しねえぜ、怪我しねえうちに帰んな」
荒くれ者たちが桃太郎を睨みつけます。
桃太郎はニヤリと笑いました。
「望むところだ、かかってきな」
「生意気な!」
怒り狂った鮫が一匹襲いかかってきます。桃太郎はそれを滑らかに躱すと、鮫の腹に蹴りを入れました。
「まず一匹」
しかし、蹴られた鮫は平気そうに振り返って桃太郎を睨みつけます。
「……いってえなあ!」
全然効いていません。腹を蹴り込まれたはずの鮫は、ぴんぴんしていました。そして、躱したはずの鮫の鰭は、桃太郎の頬を掠っていました。
なるほど。
桃太郎は納得します。水中で過ごすのに慣れたとはいえ、ここで陸上と同じように戦うのは無理があるようです。
水の抵抗を受けることで移動スピードは格段に落ち、攻撃も威力が弱まってしまいます。この状態で水中に暮らす強者たちを相手取るには、いったいどうしたらいいのでしょう。
圧倒的に不利な状況下だというのに、桃太郎の顔には笑みが浮かんでいました。
(ちょうどいい。……強くなるチャンスだ!)
桃太郎は、鮫たちに向かって突っ込んでいきました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます